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スイカ

産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記⑦

「陣痛は鼻からスイカが出るくらい痛い」ってホント? 痛みの俗説を医学的に検証する

陣痛や出産にまつわる俗説は数多く存在します。

 

その中でも有名なもののひとつが、「陣痛は鼻からスイカが出るくらい痛い」でしょう。私も小学生の頃、担任の先生から初めて聞きました。

この俗説を耳にした時、多くの人は「出産ってそんなに大変なのか」という畏れと同時に、ひとつの疑問を抱いたと思います。

 

「どういうこと???」と。

 

「スイカを鼻から出す?実際にやった人いるの?どうやって陣痛の痛みと比較したの?」と、少年やっきーは当時思いました。

 

あれから数十年が経ち、私が当時抱いたこの感想に名前が付きました。「クソリプ」です。

そういえば、小学校の社会科の授業で「聖徳太子は10人の訴えを同時に聞いた」と習った時も「どういうこと???」と思いました。あの時も「10人同時に聞いたところで対応するのは1人ずつだから大して時短にならないよなぁ」というクソリプが頭に浮かんだことを覚えています。

 

なお、最近の研究では10人同時に聞いた説どころか聖徳太子の実在性すら危ぶまれる事態となり、現在では「厩戸王というモデルのような人物は実在したが、それが理想の聖人像(聖徳太子)と重ね合わされて作られた伝説のようなものだろう」という説が一般的となっているようです。

 

しかし、こういう俗説に正面から向き合ってみると、新たな発見があるものです。

 

たとえば、心理学者のコーワンは、「ヒトが短期記憶として覚えておける『概念の集合』は、一般的に4つ程度まで」と提唱しました。これが現在でも主流の考え方として扱われています。

(N Cowan. “The magical number 4 in short-term memory: a reconsideration of mental storage capacity” Behav Brain Sci. 2001 Feb;24(1):87-114; discussion 114-85.)

 

さらに、複数の問題を同時に解決するいわゆる「マルチタスク」は、意思決定の段階でひとつずつ取り組まざるを得ないため、結局は非効率になってしまうことも示されています。

(J S Rubinstein et al. “Executive control of cognitive processes in task switching” J Exp Psychol Hum Percept Perform. 2001 Aug;27(4):763-97.)

 

もちろん、聖徳太子がこのような認知心理学の常識を吹き飛ばす大天才であった可能性は捨てきれないのですが、結局さほど時短にならないので10人同時に話を聞く意味はないという結論は変わりません。

しかし、この過程で得られた「短期記憶ってけっこう頼りないんだな」とか「マルチタスクって効率悪いのか」という知見は味わい深いものです。

 

ちなみに私はこういう「ネタにマジレス」からしか得られない栄養を摂取する化け物として数年ほど活動しておりますので、こういう話は専門分野でございます。そもそもそういうことばっかり考えるブログを2年間定期更新していたので。

 

というわけで今回は、「陣痛は鼻スイカに相当」という俗説にどこまで妥当性があるのか?陣痛はどのくらいの痛みだと考えられているのか?という話を医学的に深掘りしつつ、その過程で得られる栄養を食い尽くして引き続きcrumiiの事務所内をペタペタと徘徊しようと思います。

視力が弱い代わりに聴覚が敏感なタイプのモンスターなので、そっと横を通れば気付きません。ご安心ください。

VASを使った比較研究

臨床の現場において「痛みの強さ」を数値化するためによく使われる指標のひとつが『VAS』です。

やり方は簡単で、10cmのモノサシのようなものを本人に提示して、

・一番左側が全く痛くない状態

・一番右側が想像しうる最大の痛み

という条件の中で「今どのくらい痛い?」と聞く、といった方法です。

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phto:PIXTA
 

これによって指した場所が左側から何センチの場所にあるかを調べて、痛みを数値化します。

VAS専用の定規も存在はしますが、やろうと思えば10~30cmくらいの適当な定規が一本あればできるというお手軽さに加え、10秒もあれば済むシンプルな検査方法なので、救急などの現場でもよく使われます。

 

これを使って陣痛の痛みの強さを評価した研究はいくつかあり、サンプルサイズや分娩時期にばらつきがあるので評価はいまいち一定していませんが、総じてかなり強めの数字が出ています。

たとえば、無痛分娩の手法ごとの違いを評価した論文だと、麻酔をかける前のVASは9.27~9.30くらい出ています。

(出典:Javad Rahmati et al. "Effectiveness of Spinal Analgesia for Labor Pain Compared with Epidural Analgesia" Anesth Pain Med. 2021 Apr 17;11(2):e113350.)

 

参考までに、ぎっくり腰が6.88ぐらい、(参考)

病院を受診するくらいひどい片頭痛だと8.0くらい、(参考)

「キング・オブ・ペイン」の通称で知られる尿管結石で8.57くらいです。(参考)

陣痛の9.27~9.30という数字がいかに凄まじいかが分かりますね。

マギル痛み質問票(MPQ)を使った比較研究

「陣痛はどのくらい痛いのか」という話題になるとよく出てくるのが『マギル痛み質問票』です。

初産婦さんの陣痛は、手指の切断に近いくらいの痛みである…という表を見たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

痛み スコア

こうした図に使われているマギル痛み質問票(McGill Pain Questionnaire: MPQ)とは、「ずきんずきんする痛み」「うずくような痛み」などで表される痛みの性質別に強さを数値化したものです。

 

ただ、マギル痛み質問票そのものは信頼度が高いのですが、陣痛の痛みの評価として使うのは不正確になりやすく、おすすめできません。

 

というのも、マギル痛み質問票は短縮版(SF-MPQ-2)でさえ22項目の痛みを11段階に分けて自己評価するという、本気で答えると相当な時間と手間が要る評価法です。そのため、神経疾患やリウマチ・筋骨格系の慢性疼痛、がん性疼痛などの「複雑で持続的な痛み」の評価には非常に有用なのですが、陣痛のような「急激かつ波のある疼痛」に使う指標には適しません。    

 

つまり、マギル痛み質問票を出典として「初産婦さんの陣痛は手指の切断くらい痛い」というのは適切とは言えません。この表はパッと見で分かりやすいが故に使われまくっているに過ぎず、信憑性はだいぶ怪しいものがあります。

そもそも前述の表は1984年に行われた調査が元ですし、以降も追試はほぼ行われていません。

尿管結石との比較研究

さて、『VAS』と『マギル痛み質問票』には共通する欠点があります。

それは「陣痛と他の痛みを、同じ人が直接比較したわけではない」ということです。

よって、前述の研究によって得られた数値は参考にはなるのですが、「〇〇よりも△△の痛みの方が強い」という医学的な証明とはなり得ないのです。

 

そんな中、2017年にとある画期的な論文が発表されました。「キング・オブ・ペイン」こと「尿管結石」の痛みに焦点を当てた論文です。

(参考:Saiful Miah et al. "Renal colic and childbirth pain: female experience versus male perception" J Pain Res. 2017 Jul 5;10:1553–1554.)

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罹患者のほとんどが口を揃えて「人生で一番痛かった」「痛みに際限がないことを知った」と語る、痛みの強さにおいて紛れもなく人類最上位の疾患、それが尿管結石です。

この論文では「腎疝痛(≒尿管結石)の痛みはどのくらい強いのか」を調査しているのですが、調査対象者のうち19名は出産経験がある女性でした。

 

その結果ですが、19名のうち12名(63%)は「腎疝痛の方が痛かった」と回答し、

3名(16%)は「腎疝痛と陣痛は同じくらい痛かった」、4名(21%)は「陣痛の方が痛かった」と答えたのです。

 

すなわち、「陣痛」「尿管結石」の両方を経験した女性を対象にした調査では、過半数の人にとっては「尿管結石の方が痛かった」という結果になったのです。

 

これで結論が出た!…と言いたいところですが、この研究にも欠点があります。

そもそも19名というサンプル数の少なさもそうですし、出産時に大量に分泌されるオキシトシンやエンドルフィンといったホルモンには母体愛着の強さとの相関が指摘されています。

(参考:Ari Levine et al. "Oxytocin during pregnancy and early postpartum: individual patterns and maternal-fetal attachment" Peptides. 2007 Jun;28(6):1162-9.)

 

これらのホルモンは「今まさに来ている陣痛を和らげる」ことにはあまり関与しないのですが、「産後の赤ちゃんとの愛着形成」ひいては「産後に陣痛の痛みを忘れさせること」に繋がっている可能性が高いと考えられています。

 

実際に、「陣痛がどれくらい痛かったかは忘れやすい」という事実を示した研究もあるくらいです。

(参考:C A Niven, E E Brodie. "Memory for labor pain: context and quality" Pain. 1996 Feb; 64(2): 387-392.)

 

つまり、「仮に陣痛と尿管結石の両方を経験したとしても、陣痛の記憶は曖昧になりやすいため比較が難しい」というわけです。

まとめ

以上をまとめると、鼻スイカと比較する以前に「既存の医学的な尺度では陣痛の痛みを正確に表せない」という、医療メディアへの寄稿文にあるまじき何の結論も出ていない結論になってしまいました。

これでは曲がりなりにもプロのライターの記事としてだいぶマズいものがありますし、宋先生に次会った時、VASで8.0くらいの痛みで殴られそうな気がするのでもう少しだけ補足しておきましょう。

 

実のところ、「鼻スイカくらい」という俗説が出産経験者の方々の間で、出産体験談の一環として出ること自体は否定しません。

 

しかしながら、約半数が帝王切開分娩となっているポーランドで出された論文によると、そうしたネガティブな出産の体験談に触れることによって不安感が増強し、経腟分娩への恐怖と帝王切開率の上昇につながっている可能性が指摘されています。

(参考:Anna Michalik, Maja Ludko. “The association between the emotional tone of birth stories and pregnancy-related anxiety: a dyadic study in Poland” )

 

さらに一歩進んだ研究として、「未妊娠女性に対して経腟分娩の怖い体験談を読ませると帝王切開を希望する傾向が増える」という結果を示したデータもあります。なんちゅう研究だ。

(参考:Yvette D Miller, Marion Danoy-Mone. “Reproducing fear: the effect of birth stories on nulligravid women's birth preferences” BMC Pregnancy Childbirth. 2021 Jun 28;21(1):451.)

 

というわけで、鼻スイカに限らず陣痛は様々な表現がなされてきましたが、安易な比喩は不安の増長という観点からは慎重に考えなければなりませんし、そもそも陣痛は比喩や数値化自体が難しいことが医学的に立証されてきたのです。

 

よって、この手の俗説は話半分くらいで受け止めるのが良いでしょう。

これに限らず、妊娠・出産にまつわる俗説は多く存在しますが、こんな感じのスタンスでお過ごしいただくのがおすすめです。

 

産婦人科医やっきー

この記事の執筆医師

産婦人科医やっきー先生

産婦人科

日本産科婦人科学会専門医。専門は女性ヘルスケア、産婦人科一般。臨床の傍ら、漫画の描写を通じて産婦人科の知識をわかりやすく発信するスタイルでブログやニュースレターなどの情報発信を行う。SNSにおいても産婦人科医療に関するフォロワーの質問への回答や医学解説を積極的に投稿。代表サイトは、妊婦健診の暇つぶしブログ『産婦人科医が漫画を読む』、雑記帳『医学の話を全くしないnote』、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』など。2025年8月には初の単著を発売予定。

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