
【徹底解説】「マタ旅」は本当にNG? 妊娠中の旅行リスクと安全に楽しむためのポイント【産婦人科医監修】
インターネット上では「マタ旅」が炎上することもあり、「妊婦さんが旅行するなんて非常識」「絶対NG!」と断定されるケースも見かけます。でも本当に、すべてがダメなのでしょうか。妊娠中は体調や赤ちゃんの成長に不安を抱きやすい時期でもあり、ちょっとしたお出かけの計画でも迷ってしまう方は多いと思います。
大前提として、マタ旅を完全に禁止する権限は医師にはありません。妊婦さんやご家族の個別の事情もありますし、海外で分娩をされる方もいます。基礎疾患やその他のリスクを抱える人の中には、毎回健診で遠くの大病院に通院している人だっています。それに今後、分娩施設が減少して集約化されていく将来、近場に産婦人科がなくなる可能性も大いにあり、「自宅付近から離れなければ良い」という極論だけでは解決しないのです。
この記事では、そんな個別の事情を踏まえつつ、マタ旅に対する議論が起きる理由やリスク、自己判断のもとで、リスクを減らしながら旅行をする方へのポイントを解説します。
妊娠中の過ごし方を見直すきっかけとして、ぜひ参考にしてみてください。
1. 「マタ旅」とは?
マタ旅の定義
「マタ旅」とは、「マタニティ(妊娠)+旅行」を組み合わせた造語で、妊娠中(マタニティ期間)に行う旅行の総称です。国内旅行や海外旅行、近場の日帰り旅行など、妊娠中にどこかへ出かけることを広く指します。航空会社の搭乗制限などを調べると、何週まで飛行機に乗れるかなどの情報が出てきます。これらを踏まえて、安全に旅行を計画して、無事に終えている妊婦さんは少なくありません。
2. マタ旅がたびたび炎上する理由とその背景
リスクを軽視していると思われがち
インターネット上の批判を見ていると、「妊娠中のリスクを軽視している」という指摘がよく見られます。妊娠は病気ではありませんが、赤ちゃんの成長や母体の健康を第一に考えなければならない特別な時期。
例えば、妊娠高血圧症候群(※1) や常位胎盤早期剥離(※2) などの合併症は、思いがけず突然に発症・悪化することがあります。また、妊娠後期には早産の可能性も高まるため、遠方へ出かけること自体がリスクと考えられるのです。
(※1) 妊娠高血圧症候群
妊娠20週以降に高血圧やタンパク尿が出現する病気。母体や胎児への負担が大きく、重症化すると母子ともにリスクが高まる。
(※2) 胎盤早期剥離(たいばんそうきはくり)
胎児に酸素や栄養を送る胎盤が、出産前に子宮壁からはがれてしまう状態。出血や胎児の酸素不足などの緊急事態を引き起こす。
現地の医療リソースを圧迫してしまうという問題
これは医療従事者によくある意見ですが、かかりつけ以外の妊婦さんの緊急症例を受けてしまうと、ただでさえ少なくなっている医療リソースを、その妊婦さんに割くことになってしまいます。これが早産など本当の緊急事態になると、入院やNICUの準備、小児科との連携、分娩室やオペ室の準備など、非常に多くの調整と人員配置が必要になります。
そして、産科の緊急時というのは、ほとんどの病院で「最優先事項」として扱われますので、場合によっては、他の診療科の患者さんの治療をやむなく後回しにするといったことにもつながります。
千葉県にある巨大テーマパーク(察しの良い方はお分かりだと思いますが)の近くにある総合病院が発表した有名な論文があります。産科を救急受診した旅行中の妊婦さんのうち、多くは軽症例であったものの、妊娠23週で分娩に至った例や、常位胎盤早期剥離といった重症例も存在しており、危険とまでは言わないけれど、きちんとリスクを説明する必要がある、というものです。
心配事や急な体調不良は、基本的に「かかりつけ医」に相談してほしい、というのが多くの医療従事者の気持ちなのです。
SNSやメディアでの情報拡散の特性
SNSでは、一度話題に上り始めると「危険」「非常識」といった否定的な表現が強調されがちです。また、危険性を指摘する情報だけでなく、「実際にマタ旅したけど問題なかった」という成功例が過剰に広まるケースもあり、両極端な意見が対立して、その姿がフォーカスされがちなのです。
妊娠中の体調は個人差が大きいので、一部の妊婦さんの成功体験が、必ずしもみんなに当てはまるわけではありませんし、その逆も然りです。
3. マタ旅を控えるべきと言われるのはなぜ?
急な体調変化や入院の可能性
妊娠中はホルモンバランスや血液量の増加により、普段と違う症状が出やすくなります。例えば、妊娠経過が順調だったとしても、突然、胎盤早期剥離などの緊急事態が起こる可能性はゼロではありません。何かあったときに、すぐにかかりつけ医や専門病院を受診できない環境にいると、お母さんや赤ちゃんの健康に影響が出るリスクが高まります。
産婦人科や救急対応が限られる地域・海外でのリスク
離島や小さな地方都市では、そもそも産婦人科がない、もしくは少ない地域もあります。そのため、緊急時に診てもらえる病院に辿り着くまでに時間を要する可能性があります。
海外旅行になると、さらに大きなリスクが伴います。海外旅行保険では、一般的に妊娠・出産のトラブルは補償の対象外とされることが多く、保険が使えないために旅先での受診に高額な医療費を請求されることがあります。また、外国語での受診は言葉の壁によるストレスも大きく、妊娠中の心身には大きな負担です。また、医療レベルも日本と同等のところは少ないですし、日本なら助かるはずが、助からないこともありえます。
予想外の出産タイミング
妊娠後期や臨月になると「いつ生まれてもおかしくない」という状態です。個人差はありますが、一般的には正期産と呼ばれる妊娠37週から41週の間での出産が多いとされていますが、日本で22週から36週までの間に出産する「早産」の割合は5.7%です。つまり、17人に1人くらい。クラスに2、3人いる計算になります。もし旅行先で突然の陣痛や破水が起こった場合、現地での出産を余儀なくされるだけでなく、赤ちゃんへの医療対応の問題も深刻になります。
意外と表に出ていないのは、不運にも旅先での出産になってしまった場合、ご家族が大いに巻き込まれてしまうことです。かかりつけや近場の病院であればともかく、新幹線や飛行機でしか行けない場所にお母さんや赤ちゃんだけ入院となると、パートナーや上のお子さんも手軽に会いに行ったりできなくなります。
4. 妊娠中に旅行する場合の注意点
無理のない近場の旅行先を選ぶ
どうしても旅行をしたい場合は、まずは移動距離を短くすることが大切です。車などで短時間で戻ってこられる範囲であれば、体調が悪化しても自宅や産院へ戻りやすくなります。また、妊娠中は長時間の移動が血行不良を引き起こしやすく、深部静脈血栓症(DVT)(※3)という血栓(血のかたまり)ができるリスクも高まります。移動中はこまめに休憩や足の運動をするなど対策を講じましょう。
(※3) 深部静脈血栓症(DVT)
血液が足の静脈などで固まり、血流が滞る病気。長時間の座位や妊娠に伴う血液の凝固能亢進でリスクが高まる。
産婦人科の場所や診察対応を事前に確認
旅行先に産婦人科が少ない場合や、夜間や休日の救急対応が整っていない地域もあります。必ず事前にその土地の医療体制を調べ、万一のときに診てもらえる病院を把握しておくことがせめてもの安心材料となります。また、母子手帳を常に携帯しておくと、現地の医療機関で妊娠経過などの情報を正確に伝えられます。
渡航制限・航空会社の規定に注意
多くの航空会社では、妊娠何週目まで搭乗できるか、あるいは医師の診断書や同意書の提出を求めるなどの規定があります。
フライトの⚪︎日前までにメールで専用フォームに記載した書類を提出、⚪︎日以内に医師が記載した診断書、といったルールが航空会社ごとに異なるので、事前に必ずチェックしておきましょう。
これは母体と赤ちゃんの安全を守るための措置でもあります。航空機内は気圧の変化や長時間の座席移動の制限など、身体に負担がかかる環境です。搭乗前には、必ず航空会社の最新規定を公式サイトでチェックしましょう。
保険証、母子手帳は必ず携帯を
母子手帳や健康保険証(マイナカードでもok)は必ず携帯するようにしましょう。母子手帳にはそれまでの健診の経過が記載されていますので、余裕があれば妊娠初期に行う血液検査の結果なども参考になるため、はさんでおくと安心です。

5. どうしても行きたい時に考慮すべきポイント
家族やパートナーと一緒に。十分な相談を
妊娠中の旅行には、周囲のサポートが欠かせません。旅行中に急な体調不良が起きた場合、荷物を運んでもらう、病院に連れて行ってもらうなど、パートナーや家族の手助けが必要になります。運転を変わってもらったり、上の子の世話をしてもらったりと、代替として動ける人と一緒に旅行しましょう。
また、キャンセル料や滞在延長など突発的な費用が発生する可能性もあるため、事前の話し合いで負担をどのようにするか、緊急時の対応策を決めておきましょう。
スケジュールや移動には十分な余裕をもつ
妊娠期間中は、疲れやすくなったり、体調が急に変わることもあります。スケジュールは電車の乗り換え時間なども含めて十分な時間を確保しておき、途中で適度に休憩をとれるように、無理のない計画を立てましょう。
フライト中の血栓症対策はしっかりと
妊娠期間中は、血栓症のリスクが高まります。こまめに水を飲む、時々立って歩き回る、着圧ソックスを履いておく、などの基本的な血栓症対策を欠かさないようにしましょう。座席のアップグレードや、動きやすい通路側を選ぶなど、可能な範囲でぜひ座席の工夫も検討しましょう。
旅行時期・体調はタイミングを見極める
体調は一般的に妊娠中期(妊娠5〜7か月頃)は、つわりが落ち着き、お腹も急激に大きくなる前の時期のため体調が比較的安定しやすいとされていますが、決して安心して良い時期という訳ではなく、個人差が大きいです。
担当医に相談して、「旅行が許可できる状態か」「どの程度の移動なら問題ないか」を確認しましょう。ただし、「旅行にいっても100%何も起こりませんよ」という保証は医師にも不可能であることを理解しましょう。
医師の立場では、基本的に無理に止めるようなことはしませんが、アマゾンの奥地などリスクが極端に高い地域への渡航や、特に切迫早産や合併症のリスクがある場合には、強く中止を勧める場合もあります。
6. 「やはり控える」のが賢明? 最終的な判断基準
医療面・経済面を総合的に見たリスク評価
妊娠中は予期せぬ医療費や遠方での入院費がかさむ可能性があるため、経済面の準備も必要になります。海外旅行先での出産・入院費用は高額になることが多く、帰国ができずに長期滞在を強いられるケースも報告されています。
日本国内であっても、近隣に大型の病院がない地域では緊急搬送に費用がかかったり、何の準備もない状態でしばらく家に帰れなくなることも。こうした万が一に備えて保険の内容もきっちり確認しておき、悪いシナリオも一度は想定したうえで検討することが大切です。
周囲への配慮も忘れずに
もちろん、旅行に行くかどうかを最終的に決めるのは本人です。ただし、妊婦さん自身がもしも旅行で体調を崩してしまったら、おなかの赤ちゃんだけでなく、一緒にいる家族や医療機関にも影響が及ぶことになります。自分が思う以上に周囲が心配することも念頭に置き、慎重な判断を心がけましょう。
7. まとめ:マタ旅は「絶対NG」ではないが慎重な判断を

妊娠中の旅行、いわゆるマタ旅は「絶対にダメ」というわけではありません。しかし、妊娠中はいつ何が起こるかわからないため、リスクを正しく理解したうえで妊婦さん自身が判断することが求められます。実際、産婦人科医の立場からも「できるだけ控えたほうが良い」というアドバイスが多く聞かれますが、それは妊娠中の母体と赤ちゃんの健康を思ってのことです。
・選ぶ余地があれば、目的地はなるべく近場を
・医療体制の整った場所を選ぶ
・旅行保険や航空会社の規定をしっかりチェックする
・必ず主治医に相談し、妊娠経過を踏まえた許可をもらう
これらを踏まえたうえで、最終的には「旅行に行く意義とリスクを天秤にかけてどう判断するか」がポイントになります。実際に困ったことになってしまう確率はそこまで高くはないですが、わかったうえで考えて、行くなら安全に旅行しようね、というのが結論です。
安全策をしっかり取りながら、もし旅行が難しいと感じたら、産後の落ち着いたタイミングでゆっくりとお出かけを楽しむことも検討してみてください。
妊娠中は心と身体の変化が大きく、楽しいはずの旅行計画も不安と隣り合わせかもしれません。ご自身や赤ちゃんの健康を最優先に考えながら、ぜひ安心できる選択肢を見つけてくださいね。
【参考文献】
日本産婦人科医会HP 早産、切迫早産
今野秀洋, 田嶋敦他. 妊娠中の旅行に関する危険性ー東京近郊にある巨大テーマパークからの産科緊急受診に関する検討よりー. 48(3). pp. 595-600. 日本周産期・新生児医学会雑誌. 2012.
【おまけ・航空会社各社の妊婦さん搭乗に関する情報リンク】
妊婦さん搭乗の条件は妊娠週数や体調、フライトの長さによって異なるため、事前に各社の最新情報を公式サイトで確認し、必要に応じて医師の診断書を準備してください。専用フォーマットやメールでの送付を求めているサイトもあります。
主な国内線の妊婦搭乗情報(2025年5月3日現在)
日本航空(JAL)
全日本空輸(ANA)
スカイマーク(Skymark Airlines)
ソラシドエア(Solaseed Air)
エア・ドゥ(AIRDO)
ピーチ・アビエーション(Peach Aviation)
ジェットスター・ジャパン(Jetstar Japan)