妊娠が困りごとになる社会で|にんしんSOSの現場から【後編】
電話を切った後に、会いに行く ~「あなたはどうしたい?」から始まる支援~
「妊娠にまつわる、困った・どうしよう」を、年齢や性別を問わず受け止めている、認定NPO法人ピッコラーレは、妊娠に葛藤を抱える人のための相談窓口「にんしんSOS東京」を2015年から運営し、10年以上にわたって声を聞き続けてきました。
前編では、「にんしんSOS東京」に寄せられる声と、相談することさえできずにいる人を取り巻く社会の課題について、代表理事の中島かおりさんに伺いました。
後編では、「相談した、その先」の話をお伝えします。ピッコラーレの活動は、相談窓口として電話やメールでのやりとりをするだけでは終わりません。相談者に実際に会いに行き、一緒に病院や役所を回り、暮らしを整え、そして「あなたはどうしたい?」と相談者の声を聞き続けます。
日本テレビ系で2026年夏に放送されたドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』に登場する支援団体のイメージのもとにもなった、支援の現場について聞きました。
(この記事は前後編2本構成の2本目です。前編の記事はこちら。)
窓口へ一緒に行く、「同行支援」という方法

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「当団体では、電話やメールやチャットに乗るだけではなくて、私たちが実際に会いに行くこともしています。必要な人には会いに行き、一緒に病院に行くこともあれば、行政の窓口で一緒に手続きを手伝うこともあります」
ピッコラーレの支援について、中島さんはこう話します。
これは「同行支援」と呼ばれる方法です。行政にはさまざまな制度が用意されていますが、それらはその制度をすでに知っている人にしか使えません。しかも制度を利用するための手続きは、慣れた大人にとっても複雑です。必要な支援が用意されていても、そこに届くまでの道のりは長いため、そこを一緒に歩くのが、同行支援の役割です。専門的には「妊娠ソーシャルワーク」と言われます。
例えば、窓口で相談者が「使えません」と言われてしまった制度について、同行した専門知識のあるスタッフが、「いえ、彼女はこういった背景があるので使えるはずですよね」「これは有料と言われましたが、彼女の場合は無料ですよね」などと一つひとつ確認し、支援につなげていくものです。
「そのほかに、相談者本人が言いづらいことや、うまく伝えられないことを伝えるサポートをする『翻訳家』のような役割もしています。交渉ごとを全て自分独りでやるって大変なことなんですよね。場数を踏んでいる私ですら苦手だなと思っているくらいです。だから一緒に行って、面倒ごとをサポートする人に、私たちがなる必要があるんです」(中島さん)
まず、住まいを確保する
実際に会いに行くと、貧困、虐待、ネグレクトなどさまざまな事情によりネットカフェで寝泊まりしていたり、知人の家を転々としていたり、「帰る家がない」相談者にも出会ったといいます。

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福祉の分野には「ハウジングファースト」という考え方があります。就労や治療より先に、まず安定した住まいを確保するという支援のあり方です。この考え方にもとづき、ピッコラーレでは、社会や家族とのつながりを持つことができず、孤立せざるを得なかった妊婦のための、居場所づくり「project HOME」という支援もしています。その一環で2020年に開いたのが、居場所「ぴさら」でした。フィンランド語で「しずく」を意味する名前です。
「妊娠期の状況は、お腹の赤ちゃんにも影響を与えるといわれています。快適な環境でしっかり休むこと、ご飯を食べることは、お母さんの体にとっても、子どもの成長にとっても大事ですよね。それなのに『家がない』というのは、環境として最悪と言わざるを得ません。家や衣類、食事といった生活の支援をすることで、妊婦さん本人がこれからについて考える時間と、心の余裕を担保することにつながります」(中島さん)
衣食住を整える支援は、単なる準備段階ではありません。それ自体が欠かすことのできない支援そのものなのです。一見当然のように思えますが、公的な制度においては長い間十分な対応がなされてこなかった分野でもあります。近年になってようやく、改正児童福祉法にもとづく「妊産婦等生活援助事業」が2024年度から始まり、こうした居場所が制度上の位置づけを持つようになりました。
産む人だけの場所ではない

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「ぴさら」は、出産する人のためだけの施設ではありません。
「中絶する予定の人も使うことができます。中絶する人も、過酷な状況を経て妊娠に至っており、心身が落ち着かないことが多いんです。なので、出産の有無にかかわらず、自分の居場所にしてもらえる場所であることを心がけています」(中島さん)
「ぴさら」に滞在できる期間は定めておらず、人によってさまざまですが、3カ月から半年くらいの方が多いです。その間に、ピッコラーレ職員のサポートを受けながら、「自分がどうしたいか」を決めていくのだといいます。
「いきなり妊娠のことだけ『自分で決めていい』と言われても、日常生活でそれをやってこなかったら、難しいですよね」(中島さん)
自己決定は、生まれつき備わっている能力ではなく、練習の積み重ねで育つもの。前編で触れた「相談してよかったという経験がないと相談できない」という話と、同じところでつながっています。
「あなたはどうしたい?」を、暮らしのなかで繰り返す
「自分で自分のことを『決める』ということは、案外難しいことなんです。決められない人も少なくありません。でも、人生は決断の連続です。だからこそピッコラーレでは『あなたはどうしたい?』と聞くのをすごく大事にしているんです」(中島さん)
そう言われることに最初は慣れなかったり、何が自分は好きなのかわからない、という子もいます。しかし、何のお茶を飲むか。今日はお風呂に入るか、シャワーだけにするかなど、自分で決められるものを、暮らしのなかに少しずつ増やしていくと、その先に変化が起きるそうです。
「自分で自分に『どうしたい?』と聞けるようになったよ、と、ぴさらを卒業した若者が教えてくれました。自分がどうしたいかがわかったから、『◯◯さん、私はこうしたいです』と言えるようになっています。すでにそれを、自分以外の人に伝える力もついているんです」(中島さん)

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そこには、人と一緒に暮らすことの効果もあります。ほかの人が話したりやりとりしたりするのを見て、言葉や表現を身につけていくこと。こういうときはこう言えばいいのか、この気持ちはこう伝えると届くのかと理解することも。
「もともと持っている力を発揮し始める感じがあります」と中島さんは話します。
卒業しても、ふるさとのように
自ら考えた末、地域で子育てを始めた人、産んだけれど子どもを乳児院や児童養護施設に託した人、中絶を選んだ人。歩んだ道はそれぞれです。
運営を続けるうちに「卒業生」も増えてきました。
「彼女たちにとっては、卒業しても私たちピッコラーレが、ふるさとのようになっているんですよね。そうした子が増えてきたので、卒業生のための集まりもやっています」(中島さん)
離れたあとも、つながりが続く場所であること。それが「project HOME」というプロジェクト名に込められた意味でもあります。
お手本になる大人が、身近にいない

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ピッコラーレの「project HOME」は、シェルターのように閉ざされた居場所ではなく、地域に開かれ多様な関係者が出入りをしている場を目指しています。オープンで、社会と安全につながることができるため、さまざまなネットワークが生まれることも。ここで出会った人にあこがれて、「こういうふうになりたい」「こんな仕事がしたい」と考えるようになる相談者もいるそうです。
ただ、そこから実際に仕事を探す段になると、別の壁があります。ピッコラーレで広報やファンドレイジングなどを担当する泰松さんは、卒業生たちの就職活動をこう説明します。
「『ぴさら』を卒業して暮らし始めた子たちは、生活が落ち着いてくると、次は仕事を探そうと動き始めます。でも、身近にお手本にできる大人が少ないため、どうしたらいいのかがわからないこともあります。履歴書もどう書いたら伝わるかがわからず、面接もとても緊張してしまうので、思うような結果につながらず困ってしまうケースがあることがわかりました」(泰松さん)
そこで泰松さんが企画したのが、企業の人事部などに協力を仰ぎ、ワークショップを開いてもらう取り組みです。履歴書、模擬面接、子育て中の女性社員に、普段どんな生活をしているのかを聞くといったキャリアプログラムを今後、数回に分けて開催する予定だといいます。
「どんな仕事があるかも、見える範囲ではもちろん知っているんです。でも、世の中にはもっともっとたくさんある。そこを知ってもらいたくて」(泰松さん)
予期せぬ妊娠に直面したとき、打ち明けられたとき

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同行支援も、居場所も、キャリアプログラムも、始まりは一本の電話やメールです。だからこそ中島さんは、まず連絡してほしいと繰り返します。
「ぜひ相談してほしい、助けを求めてほしいなと思います。私たちは相談してくれた皆さんを絶対にジャッジすることはしないし、絶対に否定もしないので」(中島さん)
そのうえで中島さんが強調したのは、妊娠には自分の意思だけでは決まらない部分がある、ということでした。自分の体のことは自分で決めていい。けれども、決めた通りになるとは限りません。
「妊娠したいと思ったからといって妊娠するわけでもなく、一人目を産んだからといって次があるわけでもなく、経済的にも環境的にも整っていて愛し合うパートナーがいたからといって、子どもができないこともある。自分で決めていいことだけれど、思い通りにならないのが、妊娠・出産・中絶なのだと思うんです」(中島さん)
思い通りにならないことと失敗はイコールではありません。思い通りにならなかったとき、困ることはあります。だからこそ、困ったときには一人で抱えないでほしいと中島さんは話します。
信頼されているから、打ち明けられた

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自分自身が予期せぬ妊娠をするほか、身近な誰かから予期せぬ妊娠を打ち明けられることもあるでしょう。そんなとき、どのように受け止めればいいのか、戸惑ってしまうことがあるかもしれません。中島さんは、「まず、打ち明けられたこと自体の意味を考えてほしい」といいます。
「打ち明けてもらえたのだとしたら、あなたはその相談に値する人だと思われている、信頼されているということです。その人にとって、すごく大事な頼り先なんだということを、まずは受け止めてください」(中島さん)
驚いてしまっても問題はなく、打ち明けられたときの反応の仕方は人それぞれで構わないのだそうです。ただ、一つだけ気をつけてほしいことがある、と中島さんは続けます。
「否定だけはしないで話を聞いてほしいです。相談者は相当葛藤して、相当悩んで、恐る恐る打ち明けたのだと思います。そんなときに自分の行動を否定されたら、そこから先、誰にも相談できなくなり、孤立してしまうかもしれません」(中島さん)
また、若い人のなかには、深刻さを見せず、軽い調子で切り出してくる人もいます。しかし、それを真剣さの欠如と受け取らないでほしいといいます。
「真剣に聞こえないのは、軽い調子じゃないと言えないからかもしれません。そういう形でしか表現できないのだと思います。軽い調子を責めずに、『よく話してくれたね』と聞いてあげてください」(中島さん)
なお、相談されたからといって、その場で答えを出す必要もありません。自分だけで受け止めきれないと感じたら、こういう相談窓口があるから一緒に相談してみようか、と誘えばいい。中島さんも「私たちの窓口に誘ってもらえればいいです」と話します。解決することよりも、孤立させないことのほうが大事なのだといいます。
「よく話してくれたね。一人で抱えて大変だったね。一緒に考えるよ、と言ってもらえると、相談者も安心すると思います」(中島さん)
「思いがけないこと」は、起きる
思いがけない妊娠を防ぐことは、もちろん大事です。けれども、起きてしまったことを「失敗」と呼ぶ社会では、当事者はますます誰にも言えなくなります。
「思いがけないことは起きるんですよ。起きることだという前提に立って、その人を一人ぼっちにしないとか、その人がいろいろなものを諦めたり手放したりしなくていいようにしたいです。思いがけない妊娠をしたとしても、私たちの社会にはそれを支える仕組みがありますよ、安心してねといえる社会を作りたいですよね」(中島さん)

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その仕組みの一つが、にんしんSOS東京であり、同行支援であり、「ぴさら」です。そして、そうした場所があることを知っている人が増えることもまた、仕組みの一部だといえます。
ドラマ『ファーストクライ』をきっかけに、支援団体の存在を知った人も少なくないはずです。
「協力のところにピッコラーレの名前があったと、利用者さんも見つけてくれたりして。こういうことがあると知ってもらうのに、すごく大事なメディアだと思います」(中島さん)
自分に起きたとき、身近な人に起きたとき、どうすればいいのかがなんとなくわかっていること。それだけで、誰かが一人で抱え込まずに済むかもしれません。
<取材協力>
認定NPO法人ピッコラーレ
「【にんしん】をきっかけに、誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きることができる社会」を目指して活動する団体。2015年に妊娠葛藤相談窓口「にんしんSOS東京」を開設し、これまでに8,000人を超える「妊娠が困りごとになる」人たちと出会ってきた。相談を受けるだけでなく、必要に応じて医療機関や行政窓口への同行支援を行うほか、妊娠期から出産後まで暮らすことのできる居場所「ぴさら」、10代・20代の女性のための居場所「ぴこカフェ」を運営。「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」を知る人を増やすため、包括的性教育にも取り組んでいる。
https://piccolare.org/
中島かおり(なかじま・かおり)
認定NPO法人ピッコラーレ代表理事、助産師。大学で研究職に従事した後、第2子の出産をきっかけに助産師を目指す。病院や助産院での勤務を経て、地域で活動しながらピッコラーレ(旧・一般社団法人にんしんSOS東京)の運営に代表として携わる。内閣府「性暴力に関するSNS相談マニュアル作成に係る検討会」委員、内閣官房「こども政策の推進に係る有識者会議」臨時構成員などを務めた。著書に『漂流女子――にんしんSOS東京の相談現場から』(朝日新書)がある。
[ピッコラーレが運営する相談窓口]にんしんSOS東京
電話:03-4285-9870(16:00〜24:00・年中無休)/メール相談は24時間受付
匿名で相談でき、住所を伝える必要もありません。全国どこからでも、性別を問わず相談できます。
https://nsost.jp/
山本尚恵
医療ライター。東京都出身。PR会社、マーケティングリサーチ会社、モバイルコンテンツ制作会社を経て、2009年8月より独立。各種Webメディアや雑誌、書籍にて記事を執筆するうち、医療分野に興味を持ち、医療と医療情報の発信リテラシーを学び、医療ライターに。得意分野はウイメンズヘルス全般と漢方薬。趣味は野球観戦。好きな山田は山田哲人、好きな燕はつば九郎なヤクルトスワローズファン。左投げ左打ち。阿波踊りが特技。
















