「セクシュアルプレジャー」の話をしよう #13
「したくない」も「したい」も大切にする――セックスレスと“欲求”の話
セックスレスの“語られ方”は、変わるものです。している状態をよしとし、していない状態を改善すべきとするのは、いまやちょっと古い感覚。近年は、必ずしも改善しなければならないものではない、という風潮になりました。
そんな昨今のセックスレス観を、三浦ゆえさんがつづってくれました。いろいろな人に「刺さる」コラムだと思います。ぜひご覧ください。
日本ではセックスレスが多い、というイメージが強いです。コンドームメーカーのオンライン調査で「パートナーとの関係がセックスレスだと思いますか?」という質問に、全体の55.1%が「思う」「どちらかと言えば思う」と回答しました。その他複数の調査でも、セックスレス状態にあると認識しているカップルは5~6割にのぼるので、たしかに「多い」と言えます。
しない理由は、さまざまです。女性なら産後にホルモンの影響で欲求が下がったり、更年期以降は性交痛が出やすくなったり、男性なら加齢や強いストレスからEDになったりという、フィジカルなものもありますが、もっと単純に「余裕のなさ」も大きいのではないでしょうか。
「したくない」と強く思っているわけではないけれど、仕事、家事、育児などに追われ、夜にはもうヘトヘト。セックスは多かれ少なかれ時間と体力を要するので、睡眠時間を確保したい、体力を温存したいと思えば、「めんどくさい」となるのも無理からぬことです。
忙しい毎日のなかでセックスの優先順位が少しずつ下がり、いつの間にかレスに……というカップルは多いと思われます。ふたりともが特にしたいと思っていないなら、日々の暮らしにも関係にも支障は出ず、「まあ、このままでもいいか」となるでしょう。
「したくない」が尊重されるようになった
しかし、どちらか一方が「したい」のに、もう一方は「したくない」カップルは困ります。
いろんなメディアで「性的同意」が取り上げられるようになり、2023年には刑法が改正され、「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」が設けられました。夫婦間であっても、同意のない性行為は犯罪となりえます。「夫婦なんだから」「愛しているから」で押し切るのは、同意ではありません。相手のYESを確認する。本当にYESなのか、それともNOと言えないだけなのかを気にする。これは、したい側の責任です。
「しない」「したくない」が尊重されるようになりつつあるのは、前向きな流れです。したくないのに応じるセックスは、心身を蝕み、関係破綻にもつながります。
Photo:PIXTA
「したい」は何もおかしくない
同時に、NOを尊重したあとにも残る「したい」側の欲求も、無視されていいものではありません。
先述のオンライン調査では、「もっとセックスをしたいと思うか」という問いに、女性の30代で41.2%、40代で33.9%、50代で20.9%が「思う」と回答しています。男性は30〜50代の各年代で7割以上が「思う」です。ここから、「したい男性と、したくない女性」という組み合わせが多いと推測できますが、逆の組み合わせも確実にいます。
相手からのNOで、欲求が消えるわけではありません。「なぜNOだったのか」を考え、「もう女として見られていないのかな」と傷ついたり、「ほかに相手がいるのかも」と想像がふくらんだりというのは、よく聞くお話。NOは、「セックスする」ことに対するNOであり、人格や魅力を否定するものではないとわかっていても、一度そうした思考にとらわれると抜け出しにくいものです。

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残念なことに、「女性が性的欲求を表現し、セックスを求める」ことへのタブー視はいまだにあり、それが「したいと思う私のほうがおかしいの?」「いくつになってもしたいって恥ずかしい」と自己嫌悪につながることもあります。
性別、年齢問わず、「したい」気持ちをみずから否定する必要はまったくありません。おかしいことなんて、何もない。そして、「したい」が宙に浮いてしまった状態を居心地悪い、苦しい、なんとかしたいと感じるのもまた、ごく自然なことです。
したいのは本当にセックスか?
「したい」の落としどころを見つけるには、なんだかんだいって「対話」しかありません。いきなり相手と話すのは、ちょっと気が早過ぎます。その前に、自分と話し合ってください。テーマはコレです――したいのは、本当にセックスですか?
本コラムで以前、「性欲」「性交欲」それから「親密欲」を分けてみませんかと提案しました。
ざっとふり返ると、
・性欲…フィジカルな快感を得たいという、生理的欲求。セルフプレジャーなど、ひとりでも満たすことができる
・性交欲…他者と性的に交わりたい欲求。フィジカルな快感だけでなく、その相手と性的につながることで得られる満足感も含む
・親密欲…会話や手をつなぐ、抱き合うなどを通して、相手との身体的・感情的な近さを感じたいという欲求
「セックスしたい」と言いながら、実際に求めているのは、挿入をともなう性行為ではないこともままあります。もっと触れ合いたい。ふたりでゆっくり話す時間がほしい。裸で抱き合いたい。肌を触れ合わせることで安心したい。相手から求められたい。自分を気にかけてくれていると感じたい。「私はまだこの人にとって性的な存在なんだ」と確認したい――。
「セックスしたい」のなかには、ずいぶんいろんな「したい」が入り込んでいます。
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しかも、どれかひとつとはかぎりません。性的な快感もほしいし、もっと触れ合いたいし、パートナーから求められている実感もほしい。それらがいくつも重なって、「セックスしたい」という巨大なひとつの欲求にまとめられていることもあるでしょう。
ならば、その「したい」を一度、因数分解しませんか。
自分が本当に欲しいものは何なのか。たとえば、求めているのが「性的な快感」なのと、「この人とセックスすること」なのと、「この人から求められること」なのとでは、同じ「セックスしたい」でも、そのために取るべき行動、相手とのコミュニケーションがそれぞれ違ってきます。
YESとNOのあいだを、ふたりで探す
それが見えてきたら、次は相手と話すステップです。
ある調査では、セックスレス傾向にある夫婦でも、57.2%が夫婦仲を「良い」「やや良い」と回答しています。セックスがある夫婦でも66%ですから、大差はありません。セックスレス=不仲、ではない場合が多いのです。きっと、その関係を土台に話し合うことができます。
Photo:PIXTA
快感も、挿入も、スキンシップも、会話も、「求められたい」も、すべてをごちゃまぜにした「セックスしたい」を丸ごと相手に渡すのでは、受け取った側にもYESかNOしか選択肢がなくなります。
因数分解をしたことで、YESとNOのあいだにいくつもの選択肢ができます。
挿入をともなう性交はしたくなくても、一緒にお風呂に入るのは楽しそうと思ってくれるかもしれない。相手もふたりきりでのデートには乗り気で、実際に出かけてみたら会話が増え、距離が縮まり、親密さが増す可能性もある。
その際、自分にとって性的な関係がどれほど大切なのかを伝えてもいいですし、相手のNOについて、なぜしたくないのかを一緒に掘り下げてもいいと思います。ただ、それをYESを引き出すための材料にしないよう注意が必要です。対話は「どうしたらセックスしてくれるのか」を問う場ではなく、「どんな触れ合いなら、お互いが親密さを感じ合えるか」をすり合わせる場です。
自分の「したい」を真摯に伝えても、NOが返ってくることはあります。この先もずっとNOとはかぎりませんが、変わるとしても数年後かもしれません。自分が望むセックスやスキンシップが戻ってこないと知るのは、まったくもって楽しいことではなく、そこで「自分は、セックスのないパートナーシップをつづけられるのか」という問いが出てくる人もいるでしょう。
そこにも、「自分の欲求が満たされることがなくても、パートナーシップをつづける」「性的関係を結べる別の相手と、パートナーシップを結ぶ」など、いくつもの選択肢があります。痛みをともなう決断になることもあるかもしれませんが、どれを選ぶにしても、「NOと言われたから、こうするしかなかった」と相手のせいにするのではなく、自分の選択として引き受ける。自分の「したい」の行き先を決めるのは、自分です。
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もちろん、すぐに答えを出さなくてもいいでしょう。「したい」をいったん脇に置き、いまの関係や暮らしを大切にする。それもひとつの選択です。時間が経てば、自分の欲求も相手の欲求も変わるかもしれない。生活に余裕が出れば、状況も変わるかもしれない。
セックスは相手あってのもの。でも、「したい」は自分のものです。相手の「したくない」を尊重しながら、自分の「したい」もなかったことにしない。その両方を手放さずに考えていくことが、宙に浮いてしまった「したい」を、自分の手に取り戻すということなのだと思います。
三浦 ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

















