シリーズ:風疹のない日本をつくる ①
①祝!風疹排除認定 世代を超えて繋がれた「悲劇を繰り返さない」不屈の想い
2025年9月26日、WHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局により、日本が「風疹の排除状態(Rubella Elimination)」にあると正式に認定されました。
これは、2015年の麻疹(はしか)排除認定に続く、感染症対策における歴史的な快挙です。しかし、この認定に至るまでには、先天性風疹症候群の当事者、政策担当者、そして政治家が30年以上にわたって積み重ねてきた地道な活動がありました。本記事では、風疹排除認定の意義と、認定を実現へと導いた人々の物語をお伝えします。
(この記事はシリーズ:風疹のない日本をつくる 全3回連載の1回目です)
①祝!風疹排除認定 世代を超えて繋がれた「悲劇を繰り返さない」不屈の想い(この記事)
②なぜ「三日ばしか」が赤ちゃんに障害を残すのか――風疹と先天性風疹症候群の基礎知識
③風疹ワクチン、結局どうすればいい? ケース別Q&A完全ガイド

WHOからの風疹と麻疹の排除認定証明書
1. 「風疹排除認定」とは何か?
WHOが定義する「排除(Elimination)」は、「根絶(Eradication)」とは異なります。天然痘(てんねんとう:20世紀まで世界中で流行し、1980年にWHOが根絶を宣言した感染症)のように地球上からウイルスが消え去った状態ではなく、「特定の地域において、適切な対策によってその地域内でのウイルスによる感染伝播(でんぱ)が断たれた状態」を指します。当然、その地域の外から持ち込まれて感染者が出ることはありますが、流行が起こりにくい状態が維持されています。
認定の3つの厳格な基準
WHOによる排除認定には、主に以下の3つの条件を満たす必要があります。
1.土着株による感染の中断
日本国内で流行を繰り返していたウイルス(土着株)による感染伝播が、少なくとも36カ月(3年間)以上にわたって認められないこと。
2.高品質なサーベイランス(調査監視体制)
国内で発生した症例や、海外からの輸入例を漏れなく、かつ迅速に把握できる質の高い監視体制が機能していること。
3.遺伝子解析による証明
検出されたウイルスの遺伝子型を解析し、それが国内で連鎖したものではなく、一時的な輸入例であることを科学的に証明できること。
今回の認定は、日本がこれらの厳しい基準をクリアし、風疹ウイルスを「排除」したことを意味します。風疹排除認定は、南北アメリカ地域では2015年に達成しています。西太平洋地域では、韓国、オーストラリア、香港、ニュージーランド、シンガポールなどがすでに認定されており、それに日本が続いた状況です。東地中海・アフリカ地域では依然として風疹の流行が続いています。
2. 繰り返された大規模流行と、赤ちゃんに障害を与える「先天性風疹症候群」の現実
風疹という病気そのものは、発熱と発疹がでて数日で治る比較的軽い病気です。しかし、免疫のない妊婦さんが感染すると、お腹の赤ちゃんに障害を残すことがあります。これが「先天性風疹症候群(CRS:Congenital Rubella Syndrome)」です。白内障、心臓の障害、難聴などが代表的な症状で、妊娠初期では70%程度の確率で赤ちゃんに障害が出るとされています。
2004年、2012~2013年、そして2018~2019年と、日本では風疹の大規模な流行が繰り返されてきました。特に2013年の流行では、1万4,000人以上の感染者と45人の先天性風疹症候群の赤ちゃんが報告されています。統計には出てこないものの、妊娠中に大きな不安を抱えながら過ごした大勢の妊婦さんや、障害の可能性などから中絶という選択をした妊婦さんも、その何倍もいたと考えられています。
この繰り返されてきた悲劇を、「もう二度と起こさない」。その思いが、排除認定へと向かう大きな原動力になりました。

風疹累積報告数の推移(2010-2016年)国立感染症研究所HPより
3. 先天性風疹症候群の当事者が国を動かした
風疹排除認定に至るまでには、厚生労働省の官僚や医師など、さまざまな人たちが活動していました。その中でも、2013年の大流行を機に立ち上がった先天性風疹症候群の患者会(風疹をなくそうの会『hand in hand』)が、今回の風疹排除認定において重要な役割を果たしたと思っています。
中心になったのは可児佳代さん、西村麻依子さん、大畑茂子さん。可児さんは1982年に生まれた娘の妙子さんが先天性風疹症候群のために障害があり、心臓の合併症のために18歳で旅立たれました。そのような悲しいことが二度と起きないようにと、2002年頃から風疹ワクチンの啓発をしていた方です。
ある日、可児さんは、2012~13年の大流行で先天性風疹症候群の患者の母親になった西村麻依子さんがNHKの番組『おはよう日本』に出演していたのを見たそうです。西村さんは、亡くなった妙子さんと同じ1982年生まれです。30年が経過しても先天性風疹症候群に苦しむ状況が全く変わっていないことにショックを受けた可児さんが西村さんとつながり、患者会の代表となりました。
そんな西村さんは1人目の妊娠中に風疹抗体価が少ないことがわかっていて、ワクチン接種を勧められていました。しかし、授乳中は打てないと勘違いしていたことと、大人向けの風疹の情報が少なかったことで風疹ワクチンを打っていませんでした。そのまま、2012年に2人目を妊娠した際、風疹に感染し、娘さんが先天性風疹症候群になりました。そして、子育てをしながら当事者としてテレビやマスコミでの風疹問題の啓発活動を続けてこられました。
大畑さんにも軽度の片耳難聴のある先天性風疹症候群の娘さんがいらっしゃいます。先天性風疹症候群のことは表に出さないように生活していましたが、2013年の流行を見て、風疹流行を繰り返してはいけないと考え、風疹根絶のために立ち上がってくれました。

先天性風疹症候群のため18歳で亡くなった妙子さんと可児さん(可児さん提供)
先天性風疹症候群をゼロにするために何をすれば良いかは、風疹排除を達成した多くの国での成功からハッキリわかっていました。全ての人が風疹ワクチンを打てば良いのです。みんなが風疹ワクチンを打てば、流行が無くなり先天性風疹症候群の赤ちゃんは生まれなくなります。それがわかっているのに、産婦人科学会や国からのお知らせなどの啓発が一般の人にはなかなか届かず、国全体の動きにはつながりませんでした。
国や医療者が効果的に動いていない中で、先天性風疹症候群の患者会の方々が、精力的に各地の産婦人科や小児科の学会で、医療従事者に向けての啓発のパンフレットを配ってくれたり、多くの企業や自治体での勉強会の講師になってくれたり、厚生労働省に陳情に行ってくれたりしました。自分の時間やお金を使って、未来の赤ちゃんのために動いてくれたのです。この活動が無ければ、風疹排除認定はもっと遅れていたかもしれません。本当にありがたいことだと思います。
WHOによって日本が風疹排除認定されたのを祝うために、「風疹をなくそうの会『hand in hand』」と「VPDを知って、子どもを守ろうの会」が主催して、2026年2月1日に「風疹排除認定を祝う感謝の会〜二度とCRSを出さない決意の日〜」(※CRS:先天性風疹症候群)が開催されました。
とても多くの関係者が集まり、患者会の方々にお祝いの言葉をかけていました。可児さん、西村さん、大畑さんのあいさつは、喜びや後悔が入り交じった、涙なしには聞けない素晴らしいものでした。それを聞いて、二度と風疹の流行を起こさせないことを、参加者全員が強く心に誓いました。

感謝の会であいさつをする様子。左から可児さん、大畑さん、西村さん
本来ならば、国や厚生労働省、産婦人科や小児科の団体が行わなくてはいけないような啓発活動を、当事者に担わせてしまったことは本当に反省するべきです。一方で、当事者であるからこそ多くの人の心を揺り動かすような熱意があり、社会を動かしたのだと思います。
今後の風疹排除状態の維持には、患者会が活動しなくてもいいように、医療や行政の専門家が力を注いでいかないといけないと思いました。病気を封じ込める役目は、専門家がするべき本来の仕事であるはずです。

WHOからの排除認定証を持つ、風疹患者会の可児佳代さんと厚生労働省感染症対策部長の鷲見学さん(筆者撮影)
4. 排除達成を支えた「追加的対策」の功績
上記の患者会の活動などに後押しされたこと、さらに2018年に再び風疹の流行が起こったことから、当時の厚生労働省結核感染症課長だった三宅邦明さんのチームが、追加の風疹ワクチンの接種制度を立ち上げました。2019年4月から開始された「風疹第5期定期接種」です。
これは風疹の免疫を持っていない人を激減させて、流行が起こらないようにするためのものです。補正予算の成立の過程で財務省から強い横やりが入ったそうですが、当時の自民党厚生労働部会長だった小泉進次郎議員の強力な後押しがあって、無事に予算化への道筋が立ったそうです。小泉進次郎議員は、可児さんたちに会う前に自分自身の風疹抗体価を検査して、免疫があることを確認してから2018年11月に面会したそうで、非常に真摯(しんし)にこの問題に対応してくれていたことがわかります。小泉進次郎議員自身の結婚の前年ですから、赤ちゃんの障害のことを自分事として考えてくれていたのかもしれません。
さて、多くの人の認識としては、日本で生まれ育っていれば子どもの頃に全員が風疹ワクチンを打っているはずと感じているかもしれませんが、風疹ワクチンを打っていない人が多い集団がいるのです。実は、1962年(昭和37年)4月2日から1979年(昭和54年)4月1日生まれの男性は、公的な風疹予防接種を受ける機会が一度もありませんでした。風疹ワクチンが導入された当初は、妊娠する女性の問題だから女性だけに風疹ワクチンを打っていけば先天性風疹症候群がゼロになると判断されていたのです。
しかし、男性にはワクチンが打たれていなかったため男性の集団で風疹が流行し、そこに、うまく免疫がつかなかった一部の女性が巻き込まれて、障害を持った赤ちゃんを産むという状況が繰り返されました。そこで1979年4月2日生まれ以降は、男女ともに風疹ワクチンを打って流行自体を無くすように制度が変更されたのです。
多くの国ではワクチンに関する制度変更があった場合には、ワクチンを打てなかった人たちに対して、後から接種の機会をもうける「キャッチアップ接種」を行います。しかし、この時の日本では風疹ワクチンを打たなかった人たちへのキャッチアップ接種が行われなかったために、免疫のついてない男性が残されてしまっていたのです。2013年の大流行時には、風疹ワクチンを打っていない男性は35歳以上の人の働き盛りの人たちだったため、周囲には妊娠している女性が多かったという皮肉な事態もありました。

年代別でみる風疹の予防接種制度の変遷
風疹の免疫を持たない男性の集団を放置した結果として、2012~2013年の風疹流行は、その80%程度が30~40歳代の男性でした。女性の3倍の罹患者数となり、ほとんどの患者の予防接種歴が「ない」または「不明」でした。この世代は、社会の中核として活動することが多いため感染を広げやすく、また自身のパートナーが妊娠している場合に家庭内感染を引き起こすリスクが高い「弱点」となっていました。年齢別の風疹の患者数のグラフを見ると、予防接種のある・なしで明らかに患者数が違っているのがわかります。
クーポン券による無料検査・接種
よって、政府は2019年4月から、「風疹ワクチン第5期接種」として、この世代の男性約1,500万人に対し、原則無料で抗体検査と予防接種が受けられるクーポン券を配布しました。
対象世代の抗体保有率を90%以上に引き上げることを目標とした結果、2025年の認定時までに、抗体保有率は着実に上昇。2024年末時点で暫定値88.1%に達し、これが集団免疫の形成に大きく寄与しました。

年齢別風疹累積報告数 男性(2013年第1~30週 国立感染症研究所のデータより作成)

年齢別風疹累積報告数 女性(2013年第1~30週 国立感染症研究所のデータより作成)
なお、本来、風疹の追加的対策(第5期定期接種)は2025年3月末で終了する予定でしたが、抗体検査で「陰性(抗体なし)」と判定された方のうち、まだ接種が済んでいない方は、2027年3月31日までの2年間の期間延長で接種を受けられる対応が取られています。
もし、手元に2025年3月末期限のクーポン券がある方は、今からでも無料で接種を受けられる可能性があります。お住まいの自治体の窓口へ確認してみてください。
5. 排除認定を、未来へつなぐために
日本の風疹排除認定は、先天性風疹症候群の当事者、医療従事者、行政の担当者、そして政治家――多くの人の努力によって勝ち取ることができた成果です。しかし、歴史を振り返れば、一度排除された感染症が、対策の緩みから再流行した例は枚挙にいとまがありません。現在の麻疹の増加も同様です。
「風疹のない日本」を当たり前にするために。そして、これから生まれてくるすべての子どもたちが、風疹の脅威にさらされることなく健やかに育つために。私たちはこの「認定」をゴールではなく、新たな健康社会へのスタートラインとして捉えるべきでしょう。
では、私たち一人ひとりがこの「排除」の状態を守り続けるためには、何をすればよいのでしょうか。そもそも風疹とはどんな病気で、なぜ赤ちゃんに障害を残すのか。次回はそこからあらためてお話しします。
【参考】
カニサンハウス たえこのへや http://www5d.biglobe.ne.jp/~kani1120/
先天性風疹症候群の合併症により娘を18歳で亡くされた可児さんのホームページ。不妊治療中でありながら医師から風疹ワクチンを勧められず、妊娠中に風疹に感染し生まれた妙子さんは先天性風疹症候群を発症した。
風疹をなくそうの会『hand in hand』 https://stopfuushin.jimdofree.com/
先天性風疹症候群の家族会。国や医療者、社会に対して、風疹予防の大切さを継続的に発信し続けていた。今回の撲滅宣言に向けて、各地での啓発活動や大臣への陳情など、大きな貢献をしていただいた。
(この記事は全3回連載の1回目です)
①祝!風疹排除認定 世代を超えて繋がれた「悲劇を繰り返さない」不屈の想い(この記事)
②なぜ「三日ばしか」が赤ちゃんに障害を残すのか――風疹と先天性風疹症候群の基礎知識
③風疹ワクチン、結局どうすればいい? ケース別Q&A完全ガイド
















