NIPT 出生前診断

「出生前診断」という選択肢 後編

【出生前診断の選択】受ける前に知っておきたいこと  専門医が語るNIPTの限界・可能性と情報との向き合い方

お腹の赤ちゃんの健康状態を知るための「出生前診断」。なかでもNIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)は、ここ数年で急速に身近になり、インターネットやSNSでも多くの情報が飛び交っています。しかし、一方で、「NIPTですべての不安が解消されるのか?」「陽性の場合の対処法は?」「クリニックの選び方は?」など、情報の多さゆえの疑問や混乱も見られます。産婦人科医・宋美玄先生の解説と、実際に検査を受けた方の体験談を通して、出生前診断と賢く向き合うための重要なポイントを整理していきます。(この記事は全2回の第2回目です。第1回を読む)

 

押さえておきたい!出生前診断の基礎知識

まずはあらためて、出生前診断の基本をおさらいしましょう。


出生前診断は、赤ちゃんに特定の状態がある「可能性」を調べる「非確定的検査(スクリーニング検査)」と、診断を「確定」する「確定的検査」に大きく分けられます。

 

NIPTは、前者のスクリーニング検査に分類されます。お母さんの血液中に含まれる赤ちゃんのDNAの断片を分析し、トリソミーと呼ばれる、特定の染色体異常の可能性が高いか低いかを調べる検査です。トリソミーとは、通常2本一組である染色体が3本一組になっていることで、21番目の染色体がトリソミーになっているのが、いわゆるダウン症候群(ダウン症)です。


重要なのは、NIPTはあくまで「可能性」を示すものであり、「診断」にはつながらないこと。この点をしっかり認識しておく必要があります。

 

NIPTの「光と影」:メリットだけでなく限界も知ることが重要

NIPTが注目されるようになったのは、その特徴の影響が大きいと考えられます。NIPTの特徴は、以下の三つにまとめることができます。

 

1.非侵襲的

母体の採血のみで検査でき、流産などのリスクがない。


2.早期実施可能

妊娠10週頃から受けられる。


3.高い検出感度

特定の染色体異常(21, 18, 13トリソミー)については、ほかのスクリーニング検査より精度が高いとされる。

 

一方で、限界も存在します。産婦人科医の宋美玄先生は、以下の点を強く指摘しています。

 

「診断」ではない

何度も強調しますが、NIPTはスクリーニング検査です。「陽性(疑いあり)」という結果が出ても、それが確定ではありません。必ず羊水検査や絨毛検査といった確定的検査で確認する必要があります。

 

偽陽性・偽陰性の可能性

検査結果が100%正しいわけではありません。実際には異常がないのに「陽性」と判定されること(偽陽性)も、逆に異常があるのに「陰性」と判定されること(偽陰性)も、まれですが起こり得ます。特に、妊婦さん自身の年齢が若いなど、もともとのリスクが低い場合、NIPTで陽性と出ても実際に赤ちゃんに異常がある確率(陽性的中率)は思ったより高くないことがあります。

 

対象疾患の限定性

NIPTで主に調べられるのは、ごく一部の染色体異常(通常は21, 18, 13トリソミー)に限られます。心臓の病気などの形態的な異常や、ほかの多くの遺伝性疾患、発達の問題などは、NIPTだけではわかりません。NIPTだけではわからないことがたくさんあるということを、理解しておくことが大切です。

 

40代半ばで不妊治療により妊娠し、実際にNIPTを受けたアサコさん(仮名)も、陰性の結果を受け取りつつも、「後からわかる異常や障害もある」と、検査の限界を認識していました。NIPTは、その結果を過信せず、意味合いを正しく理解する必要があるといえます。

 

「NIPTだけ」で大丈夫?超音波検査との組み合わせが推奨される理由

では、NIPTの限界を補うためにはどうすればよいのでしょうか。宋先生は、「詳細な胎児超音波検査(エコー)との組み合わせが重要」だと話します。詳細な胎児超音波検査は、妊婦健診で行われる通常の超音波検査とはまったく異なる検査です。同じエコー技術を使いますが、検査にかける時間、見る項目、使用される技術が大きく異なります。

 

「胎児超音波検査では、赤ちゃんの形、つまり解剖学的な構造を直接、詳細に観察することができます。NIPTでは検出できない心臓の形態異常や口唇口蓋裂、手足の異常などを見つけられる可能性があります。そのほか、染色体異常のリスクを評価する上で重要な情報になるNT(赤ちゃんの首の後ろにある黒いスペースで、さまざまな先天疾患のサインであることがある)の計測なども、胎児超音波検査では行うことができます」(宋先生)

 

NIPTが染色体の「数」の変化を見るのに対し、超音波検査は「形」を見る。それぞれ異なる情報を提供してくれる二つの検査を組み合わせることで、より多角的・包括的に赤ちゃんの状態を評価できるのです。

 

日本の現状と課題:知っておきたい「未認証施設」の問題点

NIPTが普及する一方で、日本では検査を提供する施設の質にばらつきがあることが問題視されています。特に宋先生が警鐘を鳴らすのが、日本医学会などが認定していない「未認証」あるいは「非連携」と呼ばれる施設の増加です。

 

これらの施設の中には、商業的な利益を優先するあまり、医学的に不可欠な体制が整っていないケースが見られます。具体的には、以下のような問題点が指摘されています。

 

不十分なカウンセリング

検査前に、NIPTの意義や限界、結果の解釈、その後の選択肢などについて、十分な説明や相談の時間がないまま検査が行われる。

 

フォローアップ体制の欠如

「陽性」という結果が出た場合に、確定診断を行う適切な医療機関への紹介や、妊婦さんの精神的なサポート体制が整っていない。

 

不適切な情報提供

医学的根拠の乏しいオプション検査を高額で勧めたり、検査の精度を過大に宣伝したりする。

 

基本的な確認の欠如

胎児が生存しているか、命に関わるような、見過ごせない異常がないかどうかの超音波確認さえ行わずに、採血だけをするケースも報告されている。

 

宋先生は、「このような状況では、妊婦さんが検査について正しく理解しないまま、あるいは不確かな結果や情報に基づいて、中絶のような非常に重い決断を迫られてしまうリスクがあります。これは非常に深刻な問題です」と懸念を示します。

 

出生前診断を受ける際は、単に価格や手軽さだけでなく、適切な情報提供、カウンセリング、そして陽性だった場合のフォローアップ体制が整っている、信頼できる医療機関(認証施設やそれに準じた連携施設)を選ぶことが、非常に重要です。

 

情報の大洪水!惑わされずに「自分軸」で向き合うには?

夫婦 妊婦
photo:PIXTA

 

妊娠中は、出生前診断に限らず、さまざまな情報が洪水のように押し寄せてきます。インターネット、SNS、書籍、そして周囲の人々からのアドバイス…。何を信じ、どう取捨選択すればよいのか、混乱してしまうこともあるでしょう。

 

実際に40代でNIPTを受けたアサコさんは、情報との向き合い方について、独自の工夫をしていました。まず行ったのが、集めた情報を「妊娠週数ごと」に分けて、ファイリングしたことです。
 

「情報が多すぎて、正直見切れないです。なので、『今の妊娠週数で読むべき情報』と『あとから読めばいい情報』とに分けて、適切なタイミングで情報を得られるように心がけました。また、よかれと思って周囲の人がしてくれる『〇〇は食べちゃダメ』『私は〇〇だったけど大丈夫だった』といったアドバイスに対しても、鵜呑みにせず、自分で納得できるまで調べました」(アサコさん)

 

宋先生も、「正確で信頼できる情報にアクセスすることが基本です」と話します。その上で、得た情報を自分自身の状況や価値観と照らし合わせ、主体的に考えていくことが大切といえます。

 

「あなたの選択」を支えるもの:情報・対話・サポート

出生前診断を受けるか、受けないか。結果をどう受け止めるか。最終的な決断は、妊婦さん自身(とパートナー)が行うものです。その主体的な意思決定(情報に基づいた選択:インフォームド・チョイス)を支えるために必要なポイントを、宋先生に挙げてもらいました。

 

1.  正確で十分な情報

検査のメリット・デメリット、限界、結果の意味合いなどを、偏りなく理解すること。

 

2.  対話(特にパートナーと)

検査に対する考え、価値観、結果の受け止め方などを、納得いくまで話し合うこと。アサコさん夫妻が検査前夜に行ったように(第1回参照)、お互いの意志を確かめておくことが重要です。

 

3.  専門家によるサポート

遺伝カウンセリングなどを通じて、正しい情報を得て理解を深め、不安や疑問に向き合う機会を持つこと。医療者は、非判断的な立場で寄り添い、必要な情報やリソースを提供し、選択のプロセスを支える役割を担います。

 

「検査の結果がどうであれ、その後の道をサポートするのが私たちの仕事です」と宋先生は言います。

 

おわりに

出生前診断、特にNIPTは、私たちに多くの情報をもたらしてくれる一方で、その使い方を間違えれば、かえって不安を増大させる可能性もはらんでいます。


大切なのは、検査のメリットだけでなく、限界や注意点もしっかりと理解すること。そして、信頼できる情報源を選び、専門家やパートナーとよく相談しながら、ご自身が「これでよかった」と心から納得できる選択をしていくことではないでしょうか。

 

【参考文献】
・公益社団法人 日本産科婦人科学会, 公益社団法人 日本産婦人科医会「産婦人科 診療ガイドライン ―産科編 2023」
・公益社団法人 日本産科婦人科学会「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)」指針改訂についての経緯・現状について –
https://www.jsog.or.jp/medical/890/(2025年4月25日閲覧)

 

山本 尚恵

医療ライター。東京都出身。PR会社、マーケティングリサーチ会社、モバイルコンテンツ制作会社を経て、2009年8月より独立。各種Webメディアや雑誌、書籍にて記事を執筆するうち、医療分野に興味を持ち、医療と医療情報の発信リテラシーを学び、医療ライターに。得意分野はウイメンズヘルス全般と漢方薬。趣味は野球観戦。好きな山田は山田哲人、好きな燕はつば九郎なヤクルトスワローズファン。左投げ左打ち。阿波踊りが特技。 

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

院長

宋美玄先生

産婦人科

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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