産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記 ⑧
マーガリンが目の敵にされる理由。本当に妊娠に悪影響なのか?
こんにちは、産婦人科医やっきーです。
いきなりですが、「マーガリン 妊娠」で検索してみましょう。
本記事を執筆している2026年4月現在、検索結果のうち半分くらいが「マーガリンは妊娠に悪い」「不妊になる」といった情報で占められています。
こういう場合、厚生労働省などの政府機関であったり、日本産科婦人科学会などの日本医学会の分科会が出している情報であれば信憑性が高まるものです。
そんな中、「マーガリンは妊娠に悪い」という情報を載せているホームページを見てみると、
・NIPTの無認可施設なのにNIPTの実施を標榜している某クリニック
・独自理論ベースの民間資格・講師養成ビジネスをやっている怪しげな協会
などが並びます。勘の良い人ならここで(察し)となること請け合い。
ただ、確かに「マーガリンは体に悪いらしい」「トランス脂肪酸はよくない」といった話はしばしば耳にしますし、嘘か真か「マーガリンはプラスチック」なんて俗説も聞いたことがありますね。
本日は、これらの噂の真偽について解説していきましょう。
マーガリンの歴史
まずはマーガリンの歴史について振り返っておきますと、マーガリンには「バター」という大先輩が居ました。

Photo:PIXTA
今でこそフランス料理にバターは欠かせない存在というイメージですが、15世紀頃まではバターの普及度には地域差も大きかったようです。
しかし、調理法の発達などによりバターの価値は徐々に見直されていきました。当時の食文化史を知る上で貴重な資料として、14世紀頃にフランス王室の料理長により執筆され、活版印刷の普及によって15世紀頃に大きく流行した料理書『Le Viandier』がありますが、この中でも既にバターが頻用されていたことが示されています。
こうして庶民から貴族まで幅広い層に受け入れられたバターですが、19世紀半ばのフランスでは経済成長や都市化に伴い、バターの急激な需要増加と価格高騰が発生してしまいます。そこで当時のナポレオン3世(有名なあのナポレオンの甥)は、労働者階級向けに安価で保存性の高いバターの代用品を公募。これに対し、化学者のメージュ・ムーリエが持ち込んだものこそが「マーガリン」でした。(2)
とはいえ、この当時のマーガリンは牛脂に牛乳を混ぜて固形化させたものであり、広く受け入れられていたとは言いがたかったのですが、起業家のアントン・ユルゲンスがマーガリンの特許を買収したことでオランダに持ち込まれ、そして様々な改良が施されることとなりました。
特に大きかったのが、1902年にドイツで発明された手法で、ヒマワリ油や菜種油などの「常温なら液体である植物由来の油」に水素を添加することにより、常温でも固体を保てる油を作り出されたことでした。

Photo:PIXTA
食品科学の世界では、このように常温で固体でありながら、力を加えると柔らかく変形して伸びる(スプレッドできる)油の性質を「可塑性(Plasticity)」と呼び、マーガリンなどは「可塑性油脂(Plastic fat)」と呼ばれています。
そして、この「Plastic fat」という専門用語こそが、「マーガリンはプラスチック」という主張の根拠になってしまうのですが、ハッキリ言ってただの言葉遊びみたいな誤解でしかありません。英語の「Plasticity(可塑性=形を変えられる性質)」という言葉と、我々の想像する合成樹脂の「プラスチック」を混同しているだけなのです。。
「豆腐」は「豆が腐る」と書くから腐ってるに違いない!毒だ!と言ってるのと大差ありません。
トランス脂肪酸の有害性
こうして、安さや保存性の高さによって「単なるバターの代替品」にとどまらない立場を確立したマーガリンは急激に普及していくことになります。
ちなみに当時の酪農業界からは猛反発を受けており、「マーガリンに虫や爪が混ざってるのが見つかった」というデマを流されたり、「マーガリンが食欲をそそらないように緑や青や黒に着色することを義務付けよう」という法律を制定するよう政治家に働きかけたりと、露骨すぎるマーガリン妨害運動が行われました。
ちなみに着色させようという運動は合衆国最高裁判所によって違憲と判断され却下されました。まあそりゃそうだ。
しかし1950年代以降になり、マーガリンに含まれている「トランス脂肪酸」に健康リスクへの懸念が生まれ始めます。
とはいえ長らく「議論の対象にはなっているがエビデンスは見つかっていない」という状況のまま時が流れましたが、1990年代から健康リスクに関する疫学データも出揃い、徐々にマーガリンの旗色は悪くなっていきます。

Photo:PIXTA
決定打となったのが、1997年に超有名医学誌「Circulation」に掲載された論文(3)でした。
この内容を簡単にまとめると、
「トランス脂肪酸が健康に与える影響に関するデータにはバラツキがある」
「少なくともLDLコレステロールは上がるようだ」
「心臓にダメージがいくという報告もそこそこ信憑性ある」
「いろいろ総合して考えると、トランス脂肪酸は摂らないほうがいい」
といった内容でした。
ここで一気に形勢は逆転。世界保健機関(WHO)も2003年に、
「トランス脂肪酸は血中のLDLコレステロールと飽和脂肪酸を増やして心臓に悪影響を与える」
「トランス脂肪酸は全摂取カロリーの1%未満に抑えるように」
と勧告し(4)、アメリカなど多くの国では、これを受けてトランス脂肪酸の徹底的な排除を打ち出しました。
トランス脂肪酸は摂らんすってか、ガッハッハ。
日本でのトランス脂肪酸対策
そんな中で日本ではどのようなトランス脂肪酸対策が打ち出されたかと言いますと、これといって何もありませんでした。ただ、だからと言って日本ヤバすぎるだろと思うのは時期尚早。
先ほど示したように、WHOは「トランス脂肪酸を全摂取カロリーの1%未満に抑える」ことを目標としており、これは2023年に更新されたガイドラインでも同様です。
では日本はどうかと言うと、トランス脂肪酸の制限が始まる前の1998年の段階で、日本人の1日あたりの平均トランス脂肪酸摂取量は1.56gだったと算出されています。
脂質1gあたりのカロリーは9kcalなので、1日の平均摂取カロリーを2000kcal/日とすると、当時の日本におけるトランス脂肪酸が占めるカロリーの割合は1.56×9÷2000≒0.7%ほど。
トランス脂肪酸規制が始まる前の段階で、既にWHOの基準以内の数値となっています。

Photo:PIXTA
ちなみに当時のアメリカにおけるトランス脂肪酸のカロリー割合は2.5%ほど。これだと確かに健康リスクが懸念されますね。
要するに、食生活の関係上、日本でそれほど過剰にマーガリンのリスクを気にする必要は無かったということが言えます。
それでも対策している日本企業
とはいえもちろん、トランス脂肪酸に健康リスクが認められている以上、トランス脂肪酸を摂らないに越したことはありません。
そこで日本のマーガリン製造会社は徹底的な対策に打って出ました。
まず、植物油脂の中でも融点が高めな脂肪酸を多く含むパーム油(アブラヤシの果実から採った油)を原材料に採用。
油を脱臭する過程で生まれるトランス脂肪酸も、精製技術を上げることで徹底的に排除。
これだけだと食味が損なわれるので、長鎖脂肪酸(植物や動物の油にもともと含まれる脂肪酸)を添加。
さらには水素添加による化学合成自体を不採用。
そんな企業努力の結果、現在のマーガリンのトランス脂肪酸含有量は劇的に減少しました。
2022・2023年の農林水産省の調査によると、市販品のマーガリン・ファットスプレッド・ショートニングのトランス脂肪酸含有量は100gあたり0.48~0.65gと、ほとんど誤差と言って良いレベルまで改善し、現在ではむしろバターの方がトランス脂肪酸が多い(バターのトランス脂肪酸含有量は100gあたり平均1.9g)という逆転現象が起きるまでに至りました。

Photo:PIXTA
というわけで結論としては、2026年現在の日本において、マーガリンを過剰に恐れる心配は全くありません。
日本においてトランス脂肪酸に関する法規制はないため、悪どい業者なら粗悪な油を使っている可能性も0とは言えませんが、今どきの大手メーカーならそこは最優先で対策を打っています。
どうしても気になる場合は「〇〇(企業名や商品名) マーガリン トランス脂肪酸」で調べてみるのがおすすめです。たとえば明治の「コーンソフト」は10gあたりのトランス脂肪酸含有量が0.1g、雪印メグミルクの「ネオソフト」は10gあたりのトランス脂肪酸含有量が0.05gとであるとメーカーが公表しています。(7),(8)
確かにトランス脂肪酸が妊娠に与える悪影響については、過去に様々な研究で論じられてきています。特に信憑性が高いところで言うと、2021年のシステマティックレビューにおいて「妊娠中のトランス脂肪酸の血中濃度が高い場合、児の出生体重が低下する傾向がある」という結論が出ていたりします。(11)
ただし「マーガリンは妊娠に悪いのか?」という話になってくると、そもそも日本のマーガリンにトランス脂肪酸がほとんど含まれていないので影響を論じようがないのです。
結論、好みで良い
もちろん、食味を理由にバターを優先する、これは大いにアリです。
私もバターは大好きです。
ただ、「マーガリンは健康面で気になるから使わない」というのは現代においてはスジが悪い、と言えるでしょう。最近のマーガリン、安くておいしいですし。
パンへの塗りやすさはマーガリンの圧勝ですし。
乳製品の風味を楽しむ目的ならバター、値段やお手軽さで選ぶならマーガリン、といった感じでフラットに捉えられると良いですね。
もちろん、トランス脂肪酸どうこう以前に脂質の摂りすぎは体に悪いので、適量を守りましょう。
本記事は『産婦人科医やっきーの全力解説』vol.12「マーガリンはプラスチック?体に悪い?」から抜粋・加筆修正したものです。
<参考文献>
(1) USDA “Butter and Margarine Availability Over the Last Century”
https://ers.usda.gov/amber-waves/2016/july/butter-and-margarine-availability-over-the-last-century
(2) The Oleo Fortune “Chapter 1 - The Golden Glow”
https://www.oleoheir.com/the-oleo-fortune/41-pink-margarine
(3) A H Lichtenstein."Trans Fatty Acids, Plasma Lipid Levels, and Risk of Developing Cardiovascular Disease : A Statement for Healthcare Professionals From the American Heart Association" Circulation. 1997 Jun 3;95(11):2588-90.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9184592/
(4) WHO “Saturated fatty acid and trans-fatty acid intake for adults and children: WHO guideline”
https://www.who.int/westernpacific/publications/i/item/9789240073630
(5) 岡本隆久ら「国産硬化油中のトランス酸とその摂取量」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jos1996/48/12/48_12_1411/_article/-char/ja
(6) Penny M Kris-Etherton et al. “Trans fatty acid intakes and food sources in the U.S. population: NHANES 1999-2002” Lipids. 2012 Oct;47(10):931-40.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22903556/
(7) 明治「明治の取り組み」
https://www.meiji.co.jp/dairies/transfat/efforts.html
(8) 雪印メグミルク「知ってる?いまどきマーガリン」
https://www.neosoft-brand.com/rnproducts/
(9) 農林水産省「令和4・5年度調査結果(穀類加工品、油脂類、菓子類、調味料・香辛料類)」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trans_fat/t_kihon/content/r45_transfat.html
(10) 内閣府食品安全委員会「食品に含まれるトランス脂肪酸の評価基礎資料調査報告書」
https://www.fsc.go.jp/sonota/kagaku4-toujitusiryou.pdf
(11) Xuan Ren et al. “Systematic Literature Review and Meta-Analysis of the Relationship Between Polyunsaturated and Trans Fatty Acids During Pregnancy and Offspring Weight Development” Front Nutr. 2021 Mar 25:8:625596.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33842522/
















