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妊娠が困りごとになる社会で|にんしんSOSの現場から【前編】

妊娠で困っている人は、隣にいるかもしれない~にんしんSOS東京に寄せられる声~

妊娠検査薬を見つめる少女

誰にも言えないまま一人で出産し、赤ちゃんを遺棄したとして母親が逮捕された——。そのようなニュースがたびたび報じられます。しかし、そこで知らされるのは事件のあらましと、逮捕された女性の年齢のみで、そこに至るまでの妊娠期間に何があったのかは、語られないことがほとんどです。

ニュースで報じられるような事態にまで至る人は、ごく一部かもしれません。けれども、妊娠したかもしれないと思いながら、誰にも言えずにいる人は、決して少なくないでしょう。

そうした「妊娠にまつわる、困った・どうしよう」を、年齢や性別を問わず受け止めているのが、認定NPO法人ピッコラーレです。妊娠に葛藤を抱える人のための相談窓口「にんしんSOS東京」を2015年から運営し、10年以上にわたって声を聞き続けてきました。

相談の電話をかけてくるのはどんな人なのか。電話をかけられた人と、かけられなかった人との間には何があるのか。そして、社会の課題は何なのか。代表理事で助産師の中島かおりさんに伺いました。(この記事は前後編2本構成の1本目です)

相談してくるのは「特別な誰か」ではない

「妊娠で困っている人」というと、深刻な事情を抱えている人を想像するかもしれません。しかし、10年以上にわたり支援をしてきた中島さんは、そうした像をやんわりと否定します。
「私たちのところに声を届けてくださるのは、ごく普通の、いつもの日常の延長線上にいる方です。生理が遅れているな、とか、避妊に失敗した、とか。ある日突然、妊娠したかもしれないという不安に一人で向き合う。それって、誰にでも起こりうることだと思うんです」

2026年7月から日本テレビ系で放送されたドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』にも、毎回のように妊娠に不安を抱える人たちが描かれていました。妊婦健診を受けないまま、あるいは受けられないまま出産の日を迎えてしまう、いわゆる「未受診妊婦」のほか、そうした行き場を失った妊婦や若い女性を支える団体も登場します。中島さんが代表を務めるNPO法人ピッコラーレは、その団体のイメージを固める取材に協力しました。

ピッコラーレのイメージイラスト
ピッコラーレのイメージイラスト。「誰にも頼れず、たった一人で海を漂流している人たちがたどり着き、少しでもほっとできる潮溜まりでありたい」という思いを、絵本作家の相野谷由起さんが描いた。

10代から40代まで、男性からも

寄せられる相談内容は、妊娠に関連するものではあるものの、多岐にわたると中島さんは言います。相談を寄せる方の年齢も幅広く、10代・20代が多いものの、30代や40代からの相談もあるそうです。また、全体の2割弱は、男性からの相談だったそうです。家族に相談したうえで「第三者の意見も聞きたい」と連絡してくる人もいます。

たどり着けた人にしか、支援は届かない

相談窓口へのたどり着き方は、「検索」と「紹介」に大きく分かれているそうです。

「『妊娠 困った』『避妊』『緊急避妊薬』などで検索して見つけてくださる方もいますし、最近ですとChatGPTなどの生成AIに妊娠の困りごとを相談したら出てきた、というケースもあります。また、若年者の支援をしている別の団体さんがご紹介してくださることもあります」(中島さん)

ただし、たどり着けているのはいずれも、「自ら行動を起こして探した」人たちです。そこに窓口の限界がある、と中島さんは続けます。

「相談窓口の弱点はそこなんです。『相談する』というハードルを飛び越えてきてくれた人としか、つながることができないんです。妊娠については、『自分でどうにかしなくちゃいけないこと』という空気があるので、より相談しづらい事柄になっているかもしれないですね」

立ちはだかる壁を前に立ち尽くす女性のイラスト
Photo:PIXTA 

「相談して楽になった経験がない」と相談できない

悩みを深刻にすることの一因に「一人で抱えてしまうこと」があります。誰にも相談できない、一人でどうにかするしかないと孤立してしまい、窓口にたどり着くことさえできない人は決して少なくありません。
子どもの虐待死のうちもっとも多いのは0歳児で、そのおよそ半数を、生まれた日に亡くなった赤ちゃん、すなわち「0か月0日死亡」が占める状況が長く続いています。その多くは、誰にも相談できないまま、ひっそり出産した結果です。

「あとから『相談すればよかった』と言っていたり、相談することを思いつきもしなかったり。一人でどうにかしなきゃと生きてきた人たちだったり、相談しても怒られた、自分でどうにかしなさいと言われて終わった、という経験を重ねていたりします。相談して楽になった、相談してよかったと思えた経験自体がないと、相談できないということもあるかもしれません」(中島さん)

「話してよかった」という手応えを一度も持てないまま大人になった人にとって、最初の一歩はとてつもなく高いものです。妊娠の相談だけが特別に難しいのではなく、その手前が地続きになっています。

「いい思いをしておいて」という視線

手をつなぐ男女の切り絵
Photo:PIXTA 

そこに、日本社会の根強い空気が重なり、さらに相談しづらい状況をつくり出していることもありそうです。

中島さんは、ある男性から言われた言葉が忘れられないと言います。それは「いい思いをしておいて、困ったと言うのか」というものです。妊娠するということはセックスをしているということ。セックスとは気持ちのいいものであり、そんないい思いをしているのに……という視線で妊娠を捉える発言を耳にして、中島さんは「ハッとした」そうです。

全てのセックスや妊娠が、望んでしたこととは限らない

セックスは、いつも望んで選んだものとは限りません。好きな人の気持ちをつなぎ止める手段でしかなかった人もいれば、自尊心が削られた状態で断れなかった人、同意のない性行為や性暴力の可能性もあります。

「妊娠という結果だけを見て、当事者を責めることはしないでほしい」中島さんはそう話します。

前述のドラマ『ファーストクライ』の劇中にも、そうした「望まない妊娠」の描写が登場します。高校生のときに妊娠した女性の相手が、母親が営む店の常連客だったという設定。専門学校生同士の、一見ほほえましいカップルの妊娠――。そこには日本の教育が抱える問題も描かれています。

「高校生と成人男性の間には、性的同意がなかったのではないかという想像ができますよね。専門学校生の二人にしても、もしも避妊のない性行為だったのだとしたら、彼に知識がなく妊娠のリスクをわかっていないという彼自身の問題でもあるし、『望まない妊娠をどう防ぐか』を教わっていないという、社会の問題でもあります」(中島さん)

課題は「教育」と「アクセス」の二つ

デニムのポケットに入ったリップ、コンドームと低用量ぴる
Photo:PIXTA 

そうした状況を変える手がかりとして、近年日本でも語られるようになったのが「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」という考え方です。1994年の国際人口・開発会議(カイロ会議)で示された概念で、子どもを産むか産まないか、いつ何人産むかを自分で決められること、そのために必要な情報と医療にアクセスできることを、基本的人権として位置づけています。

中島さんも、SRHRが示すように「教育」と「アクセス」の二つが、自分の体のことを自分で決めるため、ひいては望まない妊娠を防ぐために重要だと言います。「教育」といっても、それは「避妊の方法を教える」といった話ではありません。身体や生殖のしくみだけでなく人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、性を安全に楽しむ権利など、幅広いテーマを包括的に扱う「包括的性教育」のことです。人権教育と言い換えることもできます。

SRHRに関する記事はこちら。

もう一つの「アクセス」は、避妊法や医療そのものへの到達しやすさに加えて、それを使ったことで不利益を被らないかどうかまでを含みます。

到達しやすさについては、前進もありました。2026年2月、緊急避妊薬「ノルレボ」が要指導医薬品として発売され、医師の処方箋なしに薬局で購入できるようになったのです。年齢制限なく、未成年でも保護者の同伴は不要です。ただし、扱えるのは所定の研修を修了した薬剤師がいる薬局に限られ、購入者はその場で、薬剤師の目の前で服用することが求められます。なるべくはやめに服用する方が避妊効果は高いので理にかなってはいますが、
「お守りのように持っていてほしいじゃないですか、あの薬」と中島さんは語ります。

「知り合いが働いているから受診できない」

クリニックの門の前で困った顔をする女性
Photo:PIXTA 

地域による差もあります。例えば、地方では産婦人科の集約が進んでいて、相談できる医療機関が1箇所しかないという場合もあります。

「友だちのお母さんがそこで働いているから、地元では相談できないと話す人もいました。必要な情報を学んだとしても、避妊に平等にアクセスできるか。必要な医療にアクセスできるか。それによって仕事を失ったり、学校に行けなくなったりしないかは重要です。もしも、そのような不利益を被ることがあるのだとしたら、そこに対する保障を社会が用意することも必要だと思います」(中島さん)

「保障を社会が用意する」という言葉に引っかかりを覚える人もいるかもしれません。「妊娠は自己責任」という印象があるからでしょう。そこで思い出してほしいのが、禁煙外来です。

「たばこを吸うかどうかは個人の選択ですよね。でも、やめたいとなったら、保険適用でサポートが受けられます。性と生殖に関することも、それと同じだと思うのですが、『健康』の枠組みのなかには入れてもらえていないんです」(中島さん)

「お金がない」「知られたくない」を受け止める

さらに昨今は、経済的な困難を背景にした相談も目立つといいます。

「お金がなくて医療にアクセスできない、お金がなくて緊急避妊薬が飲めない、といったように、妊娠の相談の背景に経済的な困難があるケースをここ数年、耳にする機会が増えたように感じています。本人だけでなく、パートナーや家族にも経済的な余裕がない場合が目立ちます」(中島さん)

様々な生理用品とお財布を見て困る女性
Photo:PIXTA 

また、SNSやメッセージアプリで話が広まりやすくなったことで、友人に打ち明けるハードルも上がっているそうです。信頼している相手だけに話したつもりだったのに、翌日にはクラス中に知れ渡っていた、ということもあるそうです。

「だからこそ、相談窓口が『秘密は守ります』『匿名でいいよ』『住所は言わなくていいんだよ』と担保することが大事ですし、最初にかけてくれた電話を、よくかけてきてくれたねと受け取ることを大切にしています。本当に、一人の女の子の人生がかかっていることなので」(中島さん)

——
後編では、電話やメールの先でピッコラーレが実際に何をしているのかをお伝えします。話を聞いて終わりにせず、相談者に会いに行き、住まいを整える手助けをし、「あなた」の言葉を聞き続ける――。予期せぬ妊娠に直面した人や、そのことを打ち明けられた人にもぜひ読んでいただきたい内容です。

 

<取材協力>
認定NPO法人ピッコラーレ
「【にんしん】をきっかけに、誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きることができる社会」を目指して活動する団体。2015年に妊娠葛藤相談窓口「にんしんSOS東京」を開設し、これまでに8,000人を超える「妊娠が困りごとになる」人たちと出会ってきた。相談を受けるだけでなく、必要に応じて医療機関や行政窓口への同行支援を行うほか、妊娠期から出産後まで暮らすことのできる居場所「ぴさら」、10代・20代の女性のための居場所「ぴこカフェ」を運営。「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」を知る人を増やすため、包括的性教育にも取り組んでいる。
https://piccolare.org/

中島かおり(なかじま・かおり)
認定NPO法人ピッコラーレ代表理事、助産師。大学で研究職に従事した後、第2子の出産をきっかけに助産師を目指す。病院や助産院での勤務を経て、地域で活動しながらピッコラーレ(旧・一般社団法人にんしんSOS東京)の運営に代表として携わる。内閣府「性暴力に関するSNS相談マニュアル作成に係る検討会」委員、内閣官房「こども政策の推進に係る有識者会議」臨時構成員などを務めた。著書に『漂流女子――にんしんSOS東京の相談現場から』(朝日新書)がある。

 

[ピッコラーレが運営する相談窓口]にんしんSOS東京
電話:03-4285-9870(16:00〜24:00・年中無休)/メール相談は24時間受付
匿名で相談でき、住所を伝える必要もありません。全国どこからでも、性別を問わず相談できます。
https://nsost.jp/

 

山本尚恵
医療ライター。東京都出身。PR会社、マーケティングリサーチ会社、モバイルコンテンツ制作会社を経て、2009年8月より独立。各種Webメディアや雑誌、書籍にて記事を執筆するうち、医療分野に興味を持ち、医療と医療情報の発信リテラシーを学び、医療ライターに。得意分野はウイメンズヘルス全般と漢方薬。趣味は野球観戦。好きな山田は山田哲人、好きな燕はつば九郎なヤクルトスワローズファン。左投げ左打ち。阿波踊りが特技。

稲葉可奈子

この記事の監修医師

院長

稲葉可奈子先生

産婦人科

京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得。産婦人科診療の傍ら、子宮頸がん予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を、メディア、企業研修、書籍、SNSなどを通して発信している。婦人科受診のハードルを下げるため2024年7月渋谷にInaba Clinic開院。

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