
「セクシュアルプレジャー」の話をしよう #03
日本は“女性のセルフプレジャー後進国”。自分で自分を満たす体験が大切な理由
「おまかせ」でいいのは、寿司屋と、何年も通っているヘアサロンぐらい、というのが私の持論です。なんの話? と思われるかもしれませんが、ここは、セクシュアルプレジャーについて語る場です。相手がいるセックスにおいて、「おまかせ」は無理があるというお話です。
セクシュアルプレジャーを得たいのに、得られない。その原因のひとつとして考えられるのが、「おまかせ」です。自分は受け身で、どこをどう触れるかは相手次第。相手の勘がよいとか、コミュニケーションに長けているとか、あるいは偶然が重なるとかすれば、気持ちよくなれることはあると思います。
けれどそれは、コミュニケーションとしてどこか歪(いびつ)で、相手がこちらの期待するものを提供できなくても致し方ないところがあります。
●自分が何を求めているかを知る
寿司屋にしたってヘアサロンにしたって、「◯◯は苦手なので抜いてください」「夏になったので涼しくしてほしい」など、多少の希望は伝えますよね。そのプロセスを経ずに、「期待を裏切られた!」となる展開は、どちらにとっても不幸です。
「伝える」には、自分が何を求めているのか、相手にどうしてほしいのかを把握しておいたほうがいい。ということで、今回は「セルフプレジャー」についてです。
オナニー、マスターベーション、自慰などなど多様な呼び方がありますが、セルフプレジャーという和製英語はとても口にしやすく、さらに「自分で自分を心地よくする」という、性的に気持ちいい状態への肯定的なニュアンスを感じます。個人的にはとても好ましく思っているので、この語を使ってお話を進めていきます。

●日本人女性はセルフプレジャーしない!?
セルフプレジャーは誰もが絶対しなければならないというものではありません。したくない、必要だと感じない人には、しないという選択肢が常にあります。ただ、日本ではそもそも、女性がセルフプレジャーに積極的でない傾向があるとわかっています。
コンドームメーカー「JEX」による2024年の調査では、10〜20代の男性の7割以上が週に1回以上セルフプレジャーを行っており、60代男性でも約4割がその頻度で行っているとのこと。対して、週に1回以上する女性は、もっとも多い10~20代でも3.8%、全年代をとおすと1.2%と地を這うような数字です。
同調査で「一度もしたことがない」と回答した人は、男性全体では7.2%であるのに対し、女性は43.6%。つまり半数近くがセルフプレジャー未経験だといいます。
●セルフプレジャーの男女間ギャップ
別の国際的な調査では、日本においてセルフプレジャーをまったくしない女性は62%で、男性の3.4倍であるという結果が出ています。調査したのは、ドイツの「ウーマナイザー」というプレジャーグッズブランド……つまり、性的に気持ちよくなるためのグッズのメーカーです。どんなグッズがあるのかは、近いうちこの連載で紹介することになると思います。
男女間のこの差を「マスターベーション・ギャップ」というそうです。同調査の対象17カ国のうち、もっともギャップが大きい国は日本でした。つまり最下位です。
日本人女性は、性欲が弱いとか、身体的にセルフプレジャーを必要としていないとか、そんなことはないでしょう。
それよりも、「女性に性欲があるのは恥ずかしいこと」「女性が自分で性的な快感を得るのは、いやらしくて下品な行為」という偏見がいまだ根強いことが大きく影響しているように見えます。
●さみしい女がする、という偏見
日本社会における性のタブー視、特に女性に向けられる規範意識の強さを無視して、日常的にセルフプレジャーをする女性が多数派でないこの現象を考えることはできません。
日本のAVカルチャーのなかで、女性のセルフプレジャーは定番のコンテンツです。女性の快感が女性のものではなく、男性の性的興奮を喚起するための“見せ物”として使われてきたという事実もあります。
さらに、女性のセルフプレジャーを「セックスパートナーがいない女性が、満たされないからする」行為だとみなす風潮もまだまだあります。女性の快感は男性によって与えられるもの、それが得られないのはさみしい女、ということにしておきたい人たちの思考回路(くだらない……)だと思います。
●性教育でポジティブなイメージを
ウーマナイザーの調査では、日本の回答者のうち「性教育でセルフプレジャーについて学んだことがある」と答えたのは、わずか8%でした。ここ数年、性教育についての書籍が、コミックや絵本も含めたくさん発売されています。ティーン向けでも、保護者向けでも、セルフプレジャーについて解説されているものが多いです。それは健全な行為だ、という内容です。
そのほとんどが、「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」という、包括的性教育を実践する人向けの教科書のようなものに拠っていると思います。そこでは9~12歳の子どもたちに、「多くの男子と女子は前期思春期に、もしくはそれより早い段階で、マスターベーションをしはじめることを説明する」と案内されています。
人生の早いうちに、どころか人生で一度も、セルフプレジャーについてのこうした肯定的なメッセージを受け取ったことがないまま、社会にはびこるポルノ的な価値観に触れる……これでは、忌避する女性が多いのも当然です。
●時間と空間を、自分だけのために
くり返しになりますが、セルフプレジャーをしない選択肢は、すべての人にあります。ですが、本当にしたくないのと、こうした価値観の影響から後ろめたさを感じて積極的になれないのとでは、まったく別の話です。マスターベーションギャップの大きさを見ると、日本では後者にあたる女性が多いのではないかと推測できます。
セルフプレジャーは、自分のためにするものです。気持ちいいという感覚は自分だけのものなので、当たり前といえば当たり前なのですが。
プライバシーが守られ安心できる時間と空間を自分のためだけに用意するのが、セルフプレジャーの肝です。

●ひたすら“快”に集中する
性的ファンタジーで頭をいっぱいにして、自分の感覚に集中する。そうして心身が快感に覆われていくうちに、雑念が消え、やがて仕事のことも、家のことも、日々の雑事も薄れるでしょう。オーガズムをはその先にあります。
セルフプレジャーでオーガズムを体験できるのはすばらしいことですが、なくてもいいと思います。オーガズムにこだわりすぎると、時間と環境を自分のために用意すること自体の意味が見えにくくなりそう。イケなかったと不満に思うより、オーガズムがなくても気持ちよかったと思えるほうが満たされます。
忙しい大人が、自分の“快”にだけ集中できるというのは、とても贅沢な体験となるはずで、それを味わうほうが重要でしょう。
自分の“気持ちいい”を知り、「おまかせ」にならないためのセルフプレジャーという話をしたかったのですが、それはまた次回に。
三浦 ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。
【「セクシュアルプレジャー」の話をしよう バックナンバー】
#01 なぜ日本ではセックスを楽しめない女性が多いのか?「セクシュアルプレジャー」と「性教育」の因果関係
#02 セックスに何を求め、相手にどうしてほしいのか? 自分のことなのに、答えがわからない女性が多い理由