
「セクシュアルプレジャー」の話をしよう #02
セックスに何を求め、相手にどうしてほしいのか? 自分のことなのに、答えがわからない女性が多い理由
好きな食べ物や娯楽を聞かれてもすぐに答えられるけど、セックスについては…
食べ物では何が好き? と聞かれて、答えに困る人は少ないと思います。料理名や食材を挙げる人、「甘いもの」「白米に合うものかな」といったジャンルで答える人。映画や音楽についても同様で、具体的か大まかは別として、何かしらの答えを返せるものでしょう。
これが、セックスについてだと、話は途端に変わります。
どんなふうに触れられるのが好き? 体位は? 誰の、どんなところに、性的な興奮を感じる?
あ、下ネタではないですよ。ここは、セクシュアルプレジャーについて話す場。何よりも大事にしたいのは心理的安全性です。この問いは、自分自身に投げかけるもの、と思ってください。そして、答えるのも自分自身。第三者に明かす必要はありません。
セクシュアルプレジャー(快感・快楽・悦び・楽しさ)とは、他者との又は個人単独のエロティックな経験から生じる身体的および/または心理的な満足感と楽しさのことであり、そうした経験には思考、空想、夢、情動や感情が含まれる。
これは、2019年に世界性の健康学会で発表された「セクシュアルプレジャー宣言」からの引用です。
性的な快感を得る、性的に心地よい状態でいるーーとても個人的で、主体的な経験だと思います。身体への刺激ひとつとっても、その人がどんな価値観や感受性、想像力を持っているかによって、感じ方は変わります。環境や、その日の体調、気分によっても変わるはず。
いつだって基準は、“自分”でいい。「普通ならこう」「こうあるべき」というのは、邪魔でしかありません。
セックスレスで悩む女性が求めるのは「セックス」ではなく「夫婦の会話」「スキンシップ」だった件
またも食べ物に喩えますが、「高級な食材を使っているんだから、おいしいでしょ?」「私はコレ好きだから、あなたも好きよね」といわれたところで、口に合わないものは合わない。自分のおいしい、好きを他者が決めることはできません。
食や娯楽については、「私はこれが好きです」「今日食べたいのは、これです」といえるのに、セックスについてはいえない。そんな女性が多いのではないかと、私は想像しています。
というのも、これまで女性たちにセックスライフやセックス観についてインタビューをしてきたなかで、「自分がセックスに何を求めているかわからない」「何をしたいかなんて、考えたこともなかった」と話してくれる女性は、いつの時代もどの世代でも、常に一定数いたからです。
たとえば、「夫とセックスレスです」と悩む女性。詳しく話を聞くと、彼女は夫とセックスをしたいわけではありませんでした。もっというと、セックス自体をしたくない。なぜなら気持ちいいと感じた経験がないから、と話してくれました。なのに、それがないと、夫はもう自分に愛情がないのではないかと感じてしまう、ほかにセックスをする相手がいるからではないかと疑ってしまう。
さらに踏み込むと、彼女が求めているのは、夫婦としての会話や、ハグや眠るときに身体をくっつけ合うといったスキンシップなのだとわかってきました。親密さを感じる接触、といったところでしょうか。夫とのあいだにそんな時間が不足している、と彼女は感じていたのです。
セクシュアルプレジャーを考えるうえで大事な「性欲」「性交欲」「親密欲」
自分の「欲」をはっきりさせておくのは、セクシュアルプレジャーを考えるうえで大事なステップです。
性科学の世界では、「性欲」と「性交欲」を分けて考えるそうです。
「性欲」は生理的なもので、ホルモンや脳の神経伝達物質によって左右されます。視覚や触覚の刺激がきっかけとなって発動することもあるのは、多くの人が理解していることでしょう。自分ひとりで対処することもできますし、それ自体は健全な行為です。
「性交欲」は、他者との性的な交わりを求めること。身体的な快楽だけでなく、精神的な結びつきや満足感への欲求もあるでしょう。継続的に関係する相手か、単発の相手かはまた別の話になりますが、後者の場合も、そのときその場での関係を築くことが前提になるでしょう。
私はそれに加えて、「親密欲」というのもあるのではないかと考えています。勝手ながら、私が命名しました。先に紹介した女性のように、会話を楽しんだり、手をつないだり、軽いスキンシップを交わしたり。セックスではないけれど、身体的・感情的にゼロ距離になって相手を感じたい、という欲です。ここにも、プレジャーがあります。
なぜ、性欲・性交欲・親密欲を分けて考えたほうがいいのか。それは、自分がいま主体的に求めているものを把握しておかないと、セクシュアルプレジャーにたどり着けないからです。相手任せにしたり、流されるままでいたりするだけでは、相手とのあいだにすれ違いを生み、かえってプレジャーを遠ざける残念な結果を招きかねません。
セックスで「どうしてほしいのか」がわからないと、相手に「こうしてほしい」と伝えられない

相手に「察する」ことを求めて、たまたまいい結果になることもあるとは思いますが、それはただラッキーだということです。自分は親密な時間を求めているのに、相手はセックスをしたがっている。そこで一方だけが我慢を強いられないためには、お互いのしたいことを提示し、すり合わせるのがいちばんです。そして、ふたりともが納得する落としどころを探ります。
セックスの最中においても、同じことがいえます。これまで取材してきた女性たちから、「セックスで一度も気持ちいいと感じたことがない」という話は何度となく聞いてきました。「こんなものか」とあきらめていたり、「自分の身体に問題があるのではないか」と悩んでいたり、受け止め方はさまざまでも、プレジャーがひとつもないセックスは、苦痛でしかないと思います。
それなのに、一度も自分から「こうしてほしい」と相手に伝えたことがないそうです。伝えようにも、自分が欲するものがわからない。相手の触れ方では気持ちよくも何ともないけど、それを「やめて」と言えないのは、「じゃあどうしてほしいのか」が自分でもわからないから、ということでした。
たしかに相手の立場で考えてみると、ダメ出しだけではツラいものがあります。自分が作った料理に対して、相手から「おいしくない」「二度と作らないで」といわれるばかりでは、心が折れそう。「もう少し塩気がほしい」「スパイスは控えめのほうがうれしい」といった具体的なフィードバックがあれば、お互いが楽でしょう。
伝えられない女性に問題があるという単純な話ではなく、「セックスでリードするのは男性の役目」「女性は性的な場面で受け身であるべき」という文化のなかで育ってきたのですから、そりゃそうなるよねという側面もあります。でもこの状況をつづけていくのは、お互いにしんどくないですか。この固定観念、私たちにいいことを何ひとつもたらしてくれていないですよね。
性的同意で「NO」を尊重するのもいいけど、もっと「YES」も大事にしてほしい
私が制作に携わった書籍で『50歳からの性教育』(河出書房新社)があります。性教育を受けてこなかった大人、それでいて性やジェンダーについての誤った知識には多く触れてきた大人が”学び直す”ための一冊で、宋美玄さんも執筆陣のひとりです。
今回紹介したいのは「あとがき」から、日本の性教育を長年リードしてきた村瀬幸浩さんの言葉です。日本では性的同意がようやく注目されはじめ、「NO」をいいましょう、相手の「NO」を尊重しましょうといわれるようになりましたが、村瀬さんは、もっと「YES」も大事にしてほしいと記されました。「自分は、ここがいい」「こうしたい」「こうされるのが好き」という意味でのYESです。それを決められるのは自分だけで、相手がいるセックスではそれを伝える必要があることを、多くの大人に知ってほしい、という内容でした。
ここまでをまとめると、
〈1〉自分の欲を把握する。
〈2〉自分が気持ちよくなれる手段(YES)を知る。
〈3〉それを相手に伝える。
この3つがセクシュアルプレジャーを得るには不可欠だと、わかりました。
次回は、上記の〈2〉を考えるため、セルフプレジャーについてお話します。
三浦 ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。
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