妊娠12週の精密エコー写真 超音波検査 出生前検査 出生前診断 NIPT 無認証NIPT

意義のうすい検査に高額を払わせる無認証NIPTをいつまで放置するのか

今回のニュースピックアップは、「『週4日勤務・年収1700万円』で専門外の医師が妊婦を診る…「出生前検査」でボロ儲けする無認証クリニックの実態」というニュースです。

 

「週4日勤務・年収1700万円」で専門外の医師が妊婦を診る…「出生前検査」でボロ儲けする無認証クリニックの実態


こちらは、『出生前検査を考えたら読む本』(毎日新聞取材班 新潮社刊)という書籍からの抜粋記事ですが、SNSでもかなりの反響があるようです。私はこちらの本の書評を書く機会をいただき、発売前に全部読ませていただいたのですが、非常に丁寧に取材され、NIPTや出生前検査の問題点もまとまっている本ですので、出生前検査を考えられている方には本当におすすめです。(出生前診断という言葉の方が馴染みがある方も多いかもしれませんが、検査のうちハイリスクを抽出するための「スクリーニング」であって「診断」に至らないものも多いので出生前検査という言葉を使う機会の方が多いです)

超音波検査 出生前検査 出生前診断 NIPT 無認証NIPT
妊娠12週の精密エコー写真(1)


 今回の記事では、NIPTという検査を無認証で行なっているクリニックが、検査の意義や限界などを理解しないまま、妊婦さんや赤ちゃんの人生に関わる検査をお金儲けのためにやっている実態が書かれています。

NIPTとは

そもそもNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing、無侵襲的出生前遺伝学的検査)という検査は、母体の血液から胎児由来のDNA(cfDNA:cell-free DNA)を解析することで、胎児の染色体異常をそれまであったスクリーニング検査より高精度(見落としや偽陽性が少ない)に見つけることができる検査です。母体の血液を採取するだけで、赤ちゃんへのリスクはありません。スクリーニング検査のため、確定診断のためには羊水検査が原則必要ですが、NIPTを受けることにより羊水検査を受ける必要のある人をものすごく絞り込むことができます。

見つけられる病気は主に染色体の本数の異常で、主に21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーを見つけるために使われています。

この検査の大切なところは、見落としが非常に少ない検査なので「陰性」という結果が出た場合はかなり安心できますが、「陽性」という結果が出た場合でもその病気が確定するわけではないこと、つまり全く健康に問題のない赤ちゃんである可能性が十分にあることに注意が必要です。(陽性的中率は年齢や疾患によります)

なぜ日本のNIPT検査の制度はおかしなことになったか

NIPTは2011年ごろに実用化され始め、日本に入ってきたのは2013年ごろでした。新聞社がこれをセンセーショナルに報道し、「命の選別が行われる」と大きく批判されたことから、慎重に扱うために日本医学会が主導し、厳格な認可施設(認定施設)制度を設け、臨床研究として行われはじめました。受けられる施設が非常に限られただけでなく、高齢妊婦に限定したことや、夫婦揃って何度もカウンセリングを(当時は対面のみ)で受けなければいけないことなど、受けられる人がとても限られました。

私は周産期医療に長く従事し、2009年にはイギリスの出生前検査の専門機関Fetal Medicine Foundationに胎児超音波とスクリーニングシステムを学ぶために留学していたのですが、NIPTへのアクセスをこのように制限することには大変疑問を感じていました。なぜなら、その頃日本の出生前検査は今とは別の状態のカオスだったからです。妊婦さんに検査という選択肢が知らされないことは普通でしたし、クアトロ検査やトリプルマーカー検査のような諸外国では役割を終えていた精度の低い検査が適切な事前説明もなく行われていたり、侵襲的な検査である羊水検査も事実上希望者に行われていました。すでにさまざまな出生前検査が行われており、一部不適切に運用されて問題があったにもかかわらず、なぜNIPTだけアクセスを制限するのか、何の説明もありませんでした。

実際、アクセスを大きく制限したことで、NIPTを受けられないから羊水検査を受けるという妊婦さんが続出するなど、非常に歪な状態になったのです。

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妊娠12週の精密エコー写真(2)

過度なアクセス制限が無認証NIPTを産んだ

お腹に宿った赤ちゃんに、健康上の問題がないかどうか情報を知りたいというのは自然な気持ちではないでしょうか。NIPT関連の報道が増える中で、そのような検査があるなら受けたいと考える妊婦さんが増えるのに対し、アクセスが制限されれば、需要がアンダーグラウンドにもぐることは誰もが想像できたはずです。実際、日本医師会主導の認証制度には法的な拘束力はないため、無認証で行う施設が次々にできました。その多くは産婦人科医ですらなく、母体胎児の診療を行ったことのない医師や施設でした。事前のカウンセリングや検査結果の伝え方、その後のフォローも杜撰なものでしたが、年齢制限などのせいで無認証施設で受けるしかない人も多く、その受け皿となりました。多くの方は、NIPTで何が分かり、何が分からないのか、他の検査とどう違うのか、理解する機会を得ないまま検査を受けられたことと思いますし、検査結果の解釈が不十分なためにおそらく多くの赤ちゃんが心配された病気ではないのに中絶されてしまったと推測されます。

その後2022年に制度が変わるまで厳しい施設基準が設けられたことから、無認証施設は増え続け、その多くは資本の大きい美容クリニックなどのため多数の広告を出稿し、妊婦さんたちがインターネットでNIPT施設を検索しても無認証施設しか出てこない状態になりました。そして、多くの妊婦さんは認証制度があることも知らされない状態になりました。現在は私のクリニックのような、いわゆる街の産婦人科クリニックでも認証施設になれるように変わり、その数も増えましたが、まだまだ多くの方が無認証施設でNIPTを受けています。

NIPT無認証施設のウリ

NIPTの無認証施設は、認証にはない「魅力」を前面に打ち出して差別化を図ろうとしています。カウンセリング不要、年齢制限なし(現在は認証施設でも年齢制限はありません)などの気軽さに加え、性染色体も検査して性染色体異常や性別も分かる、13,18,21番だけではなく1~22の常染色体全てを調べられる(全染色体検査)、また、微小欠失症候群という染色体の小さい部分が欠失して起こるいくつかの症候群も調べられる、などです。

「全部の染色体が分かる」「微細な部分の異常まで分かる」というとまるで赤ちゃんの病気が全部分かるのかと誤解する人もいると思うのですが(実際にそのように誤解させるようなwebサイトになっています)、実際には3つのトリソミーにプラスして分かる病気はほんの少しであり、トリソミーに比べると検出率も下がりますし、結果によっては専門知識がないと適切なフォローが出来ず、冒頭に紹介した書籍でも医師の理解が浅いために不適切に中絶しそうになった例が紹介されていました。お金儲けのためのぼったくりと言って差し支えありません。それよりも、3つのトリソミーを対象とした認証施設でのNIPTに加えて、超音波検査(妊婦健診のものではなく出生前検査としての精密な超音波検査)を受ける方がはるかに多くの病気がみつかる可能性があります。

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妊娠12週の精密エコー写真(3)


赤ちゃんの健康が心配でインターネット検索をする多くの妊婦さんが、無認証施設でNIPT受け、質の低い診療と意義のうすい検査を受けて高額な費用を支払わされてしまうのはとても残念なことです。また、諸外国では必須である、一番情報量が多い胎児精密超音波検査という選択肢を知らされないまま出生前検査を「完了」したと認識してしまうのは、これも損害であると言えます。胎児を1人の患者さんとして普段から診療している産婦人科医の多くは長い間とても憤っています。(長くなってしまったので、より具体的なデメリットについては次回またお伝えします。)

これを読んだ1人でも多くの方が、胎児を診察し慣れている産婦人科で検査を受けることを願います。

 

宋美玄

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

 

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宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の執筆医師

院長

宋美玄先生

産婦人科

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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