つわり(妊娠悪阻)に対するお薬について
妊娠初期の多くの女性が経験するつわり。原因の一つとして、妊娠中のhcg(絨毛からでてくるホルモン:ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が原因と考えられています。
つわりの症状には個人差が大きく、ストレスが強い環境にあると症状は悪化します。
また、同じ人であっても一人目の妊娠と二人目の妊娠の時では全然違うこともあります。
つわりの症状が強い妊娠4~9週は赤ちゃんの体が作られる時期のため、お薬の影響を受けやすく注意が必要とされています(1)。
そのため安全性について研究データが十分に集まっているお薬を中心に使用しています。
つわりの症状を少しでも軽くするために、現在利用できるお薬、海外で使われている薬について紹介します。
つわりのセルフケア
つわりの対処として、以下がおすすめされています。
・こまめな水分摂取(お茶や柑橘系の飲み物が飲みやすい方もいます)
・電解質をおぎなう(スポーツドリンク、サプリメントを使用する)
・ビタミンB6 (ビタミンB1、ビタミンB6 が入ったサプリメント)(2)
・ショウガ(ショウガ湯、ショウガ飴など)(2)
・アロマ (つわり症状を誘発するニオイを消す)
つわり(妊娠悪阻)に対しては母健連絡カード(母性健康管理指導事項連絡カード)の発行が可能です。勤務時間や勤務内容の調整を申請できます。産婦人科へご相談ください。
つわり(妊娠悪阻)症状は重症になることも多く、約50%の女性で日常生活に支障をきたすとされています。体重減少が続いたり、脱水や電解質の異常がでてきた場合には、入院して点滴治療をおこないます。
日本で使用されているつわりの薬
1. メトクロプラミド(商品名:プリンペラン®)
メトクロプラミドは、日本で最も頻繁に使用されるつわり治療薬の一つです(3)。
この薬は、脳の嘔吐中枢に作用して吐き気を抑制し、胃腸の運動を促進する働きがあります。
安全性
・これまでの使用で、赤ちゃんへの悪影響は報告されていません。
・副作用として、眠気、めまい、口の乾きなどがあります。
・注意が必要な副作用としてジスキネジアや錐体外路症状(顔や手足が勝手に動いてしまう症状)があります。
漢方
2. 半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)、小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)
ショウガが含まれる漢方で、つわりの症状を改善すると言われています。
1日2~3回服用したり、症状があるときに服用する方法があります。
安全性
・これまでの使用で、赤ちゃんへの悪影響は報告されていません。
・ 副作用として、発疹、からだのかゆみ、だるさなどがでることがあります。

そのほかに日本で使用できる薬
1. ドンペリドン(商品名:ナウゼリン®)
胃腸の運動を促進し、吐き気を抑える薬す。メトクロプラミドと似た作用機序を持ちますが、脳血液関門を通過しにくいため、中枢神経系への影響が少ないとされています。
安全性
・妊娠中の使用について大きな安全性の問題は報告されていません(4)。動物実験の大量投与で胎児の骨格、内臓異常等の奇形が報告されましたが、その後の研究で人間の胎児への悪影響は報告されていないため2025年に禁忌が削除されました。
・メトクロプラミドと比較して、眠気などの中枢神経系の副作用が少ない傾向がありますが、注意が必要なものとして、錐体外路症状(顔や手足が無意識に動く症状)があります。
海外で使用されている薬
1. 抗ヒスタミン薬 ジフェンヒドラミン(商品名:レスタミン®など)
抗ヒスタミン薬(H1受容体拮抗薬)のジフェンヒドラミンは、つわりの治療にも使用されることがあります。特に、吐き気に伴う不安感や不眠に効果があるとされています。
安全性
・これまでの使用で、赤ちゃんへの大きな悪影響は報告されていません(5, 6)。
・主な副作用として眠気がでるため、服用後は車の運転は控える必要があります。
2. ボンジェスタ(Bonjesta、ドキシラミン-ピリドキシン配合薬)
ボンジェスタ(成分:ドキシラミン・ピリドキシン配合薬)は、欧米で承認されているつわり治療薬です。ドキシラミンは抗ヒスタミン薬、ピリドキシンはビタミンB6で、つわりに効果があるとされています。現在、ボンジェスタは日本では未承認のため、保険適用外での個人輸入や自費診療での処方となります。日本産科婦人科学会は2017年に厚生労働省に承認を要望しましたが承認されませんでした(7)。
安全性
・これまでの使用で、赤ちゃんへの悪影響は報告されていません(8, 9)。
・主な副作用として眠気がでるため、服用後は車の運転は控える必要があります。
・その他の副作用として頭痛、めまい、口の乾きが報告されています(9)。
3. オンダンセトロン(商品名:ゾフラン®)
抗がん剤による悪心・嘔吐の治療薬として開発された薬です。
欧米では、重症のつわり(悪阻)に対しても使用されることがあります。
現在、オンダンセトロンは日本ではつわり(悪阻)に保険適用がありません。そのため自費診療で使用されることが多いです。 2023年の研究では「つわりを含む悪心・嘔吐に対して有効な治療法である」と報告されています(10)。
安全性
・1部の研究で、妊娠初期の使用により口唇口蓋裂と心臓奇形のリスクがわずかに増加する可能性が指摘されています(11, 12, 13)
・点滴のオンダンセトロンでは、胎児の奇形リスクは変わらないという報告もあります(14)
・急速に点滴するとめまいがおこることがあるため注意が必要です。
ボンジェスタやオンダンセトロンは日本で使えるの? その効果は?
ボンジェスタ
ボンジェスタは日本では承認されておらず、使用する場合は、海外からの輸入して使う形になります。海外からの輸入品の場合、自費になってしまうこと、副作用が起きたときに医薬品副作用被害救済制度の対象とならないことに注意が必要です。
ボンジェスタ(ドキシラミン-ピリドキシン配合薬)に関する大規模研究はありませんが、ドキシラミン-ピリドキシン配合薬の15日間の服用で、嘔気・嘔吐などのスコアが少し改善したという報告があります(PUQE scoreが−4.8±2.7 vs プラセボ−3.9±2.6)(9) 。
ドキシラミンは日本では販売されていませんが、ピリドキシン(ビタミンB6)は、処方薬やサプリメントとして薬局で購入することができます。ピリドキシン(ビタミンB6)を3~5日服用する研究では、半数の患者で嘔気/嘔吐の改善があったとされているので、ビタミンB6だけでも効果があるかもしれません。
オンダンセトロン
日本では、つわり(悪阻)に保険適応になっていないため、自費になることが多いです。値段は施設によって異なりますが、錠剤では1錠約350円、点滴では1回約1300円です。オンダンセトロン(ゾフラン®)は、ドキシラミン-ピリドキシン配合薬より効果が高いとされており、相性があえば、半分近くまで嘔気/嘔吐が減る可能性が報告されています(15)。
現在、保険適用で使われている薬は、厚生労働省が中心にお薬の値段(薬価)を決めていますが、医療費の増大を抑えるために、薬価を安く決める傾向にあります。そのため、新しい薬や値段の高い薬を保険適用にすると薬価が安くなり採算が合わなくなるため、日本では新しい薬が申請・販売されにくいと言われています。

つわり薬は使ったほうがいいの?
残念ながら、つわり(妊娠悪阻)の症状を治療することは非常にむずかしく、日本・世界で使われている薬で症状を完全によくできるものはありません。お薬の効果には個人差があり、どのお薬であっても、効く方と効かない方がいます。日本でよく使用されるメトクロプラミド(プリンペラン)や漢方は、長いあいだ使われてきて安全性が確認されており、安心して使っていただけます(ただし、実際には効果があまり感じられないことも多いです)。
つわりがひどい時期(妊娠4~8週)は、赤ちゃんの体が作られている時期のため、薬などの影響で奇形が起こるリスクがあります。また、妊娠中に薬を全く使用していなくても、100人に2~3人の赤ちゃんは奇形(先天異常)を持って産まれてきます。妊娠初期に薬を使っていた場合、その薬はまったく関係なかったとしても「あの薬のせいかもしれない」と、ご自身を責めることになる可能性があるため「妊娠初期はなるべく薬を使わない方がよい」と考える医師もいます。
まとめ
つわりは多くの妊婦さんが経験する症状です。個人差が大きく、重症な方では日常生活に支障が出たり、場合によっては命に危険がでることもあります。
つわりの薬に「絶対に安全」というものはありませんが、これまでの使用データから安全に使用できるとされる薬はあります。症状が強い場合、産婦人科医や助産師にご相談ください。
【参考資料】
(1) 妊娠・授乳とくすり. くすりの適正使用協議会
(2) Rondanelli M, Perna S, Cattaneo C, Gasparri C, Barrile GC, Moroni A, Minonne L, Lazzarotti A, Mansueto F, Mazzola G. A Food Pyramid and Nutritional Strategies for Managing Nausea and Vomiting During Pregnancy: A Systematic Review. Foods. 2025 Jan 23;14(3):373. doi: 10.3390/foods14030373. PMID: 39941966; PMCID: PMC11817518.
(3) 産婦人科診療ガイドライン産科編2023.日本産科婦人科学会
(4) 国立成育医療研究センター 吐き気止めに使われる薬・ドンペリドンの"妊婦禁忌"解除へ ~薬を服用した妊婦さんが、安心して妊娠を継続できる環境の整備へ貢献~
(5) Li Q, Mitchell AA, Werler MM, Yau WP, Hernández-Díaz S. Assessment of antihistamine use in early pregnancy and birth defects. J Allergy Clin Immunol Pract. 2013 Nov-Dec;1(6):666-74.e1. doi: 10.1016/j.jaip.2013.07.008. Epub 2013 Sep 12.
(6) Hansen C, Desrosiers TA, Wisniewski K, Strickland MJ, Werler MM, Gilboa SM. Use of antihistamine medications during early pregnancy and selected birth defects: The National Birth Defects Prevention Study, 1997-2011. Birth Defects Res. 2020 Oct;112(16):1234-1252. doi: 10.1002/bdr2.1749. Epub 2020 Jul 13.
(7) 「医療上の必要性に係る基準」への該当性に関する 専門作業班(WG)の評価 2017
(8) Slaughter SR, Hearns-Stokes R, van der Vlugt T, Joffe HV. FDA approval of doxylamine-pyridoxine therapy for use in pregnancy. N Engl J Med. 2014 Mar 20;370(12):1081-3.
(9) Nuangchamnong N, Niebyl J. Doxylamine succinate-pyridoxine hydrochloride (Diclegis) for the management of nausea and vomiting in pregnancy: an overview. Int J Womens Health. 2014 Apr 12;6:401-9.
(10) Ashour AM. Efficacy and safety of ondansetron for morning sickness in pregnancy: a systematic review of clinical trials. Front Pharmacol. 2023 Oct 23;14:1291235. doi: 10.3389/fphar.2023.1291235.
(11) Picot C, Berard A, Grenet G, Ripoche E, Cucherat M, Cottin J. Risk of malformation after ondansetron in pregnancy: An updated systematic review and meta-analysis. Birth Defects Res. 2020 Aug;112(13):996-1013.
(12) Huybrechts KF, Hernández-Díaz S, Straub L, Gray KJ, Zhu Y, Patorno E, Desai RJ, Mogun H, Bateman BT. Association of Maternal First-Trimester Ondansetron Use With Cardiac Malformations and Oral Clefts in Offspring. JAMA. 2018 Dec 18;320(23):2429-2437.
(13) Zambelli-Weiner A, et al.Zambelli-Weiner A, et al. First trimester ondansetron exposure and risk of structural birth defects. Reprod Toxicol 2019; 83: 14–20. Reprod Toxicol 2019; 83: 14–20
(14) Huybrechts KF, Hernandez-Diaz S, Straub L, et al. Intravenous Ondansetron in Pregnancy and Risk of Congenital Malformations. JAMA. 2020;323(4):372–374
(15) Oliveira LG, Capp SM, You WB, Riffenburgh RH, Carstairs SD. Ondansetron compared with doxylamine and pyridoxine for treatment of nausea in pregnancy: a randomized controlled trial. Obstet Gynecol. 2014 Oct;124(4):735-742.












