「あるある」じゃ済まされない⁉ 本当にあった産婦人科でのトンデモ話 #08
“あるある”押しつけ、真顔でオカルト発言ほか……ヤバい医療従事者列伝
今回のコラムは、助産師・看護師の指導にまつわる体験談だ。
私たちが助産師にお世話になるのは、次のような場面が多い。
出産で病院へ入院した時に介助やケアをしてもらう。
外来の検診時に、保健指導をしてもらう。
開業助産院の場合は、妊娠出産の介助だけでなく、地域のコミュニティづくりにも関わるだろう。そのほか公的機関に勤務している助産師の場合は、地域の母子保健業務を担っている。
専門的な知識と経験をもって、私たちに寄り添ってくれる存在だ。

育児界隈定番の”あるある”に遭遇
今回体験談を提供してくれた保奈美さん(40代・仮名)は、産婦人科専門とされるクリニックでの出産で、助産師にお世話になったと話す。そこで疑問を持ち始めたはじめの一歩は、ものすごくよくある言説からだった。「乳腺炎の原因になるから洋菓子厳禁」というものだ(もはや「耳にタコ」という人も多そうだ)。しかし「よくある」といっても「育児界隈定番の言説」であるゆえ、当然妊娠出産経験のない人にはあまり知られていない。それは出産したばかりの保奈美さんも、お見舞いに来てくれた職場の上司も同様だった。上司は業務も忙しい中、遠路はるばる病院を訪れ、手土産にとフィナンシェ(バターも砂糖もリッチな焼き菓子菓子)を持ってきてくれた。保奈美さんの好みもよく知ったうえでの、心づくしの品だった。
「当時の私ははじめての出産直後で、不安な気持ちでいっぱいでした。そんなタイミングでの上司のお見舞いはとても嬉しく、フィナンシェ食べてがんばろ! と思えましたね。ところがです。すぐに、助産師にこう言われました。”せっかくなんだけど、これはダンナさんが持ち帰ってね”。地味にショックぅ……。復帰後、先輩に、”あのフィナンシェは夫の腹に消えた”なんて、末路を伝えられませんでした。さらにショックだったのは、それが根拠のないことだと知ったときです」
母乳育児に洋菓子がNGとされるのは「高脂肪・高カロリー食が血液をドロドロにし、乳腺を詰まらせる」ともっともらしい説明が出回っているので、つい納得しそうになるのだが、実は根拠はないと言われている。
さらに保奈美さんの場合は、そうした説明すらも曖昧なものだった。
「せめてそのくらい、なんとなくでも納得できる説明があればモヤモヤしなかったのですが。病院の食事は、それなりに脂身も含むステーキをメインとした豪華なものでした。だから、これはOKでフィナンシェはNGなのはなぜ…? と疑問しか浮かびません。フィナンシェの栄養はどの点がいけないのか訪ねると、”病院の食事はママへのご褒美だから”と。ますます意味のわからないコメント。だったらフィナンシェのお祝いの気持ちはどうなる……?」
その時は、治療への影響、衛生・安全管理のために食品の持ち込みを禁止されているわけでもなかったという。助産師側にもフィナンシェを控えるように指導する理由はあったのだろうが、その理由を全く説明できていないのは、問題だろう。食べ物の恨みは……という言葉があるが、保奈美さんが地味に今でも引きずっている出来事だった。

同じ病院でも、担当によって指導に個人差が出る場合がある。「担当次第」というのは他の職業でも全く同じことが言えるのだが、総合病院で保健や医療に関する指導である以上は、今の時代、どうしても根拠(エビデンス)に基づいたうえで、方針は統一してほしいと思ってしまう。我々利用者が、混乱してしまうからだ。保奈美さんも、未だに混乱しているひとりである。
エビデンス(科学的根拠)という考え方が体系的に医療の現場で広く使用されるようになったのは、日本の場合1990年代後半からだ。それまでは経験則に基づいた指導をするしかなかった部分があり、当時の情報を今でも引き継いでいるケースも珍しくない。すべてが科学で解明されているわけではないので、「理由はわからないが、効く人もいる」というものを選ぶ人もいるだろう。保健診療の「治療」以外では、そうした指導があるのも現状で、これもまた典型的なケースなのかもしれない。
本能が睡眠を要求しているのに……
さて。フィナンシェだけだったら、今なおモヤモヤしている……とまでにはならない。さらに記憶に刻まれてしまった、助産師のこんな言葉もあった。
「頭で考えちゃダメ!本能に任せて!」
母子同室で眠れず疲労困憊していたので、「一晩だけ赤ちゃんを預かってもらえないか」と頼んだときの、コメントである。その「本能」が睡眠を欲しているので、お願いしているよな……。
「フィナンシェ助産師とは、別の助産師さんでした。助産師は渋々といった雰囲気で預かりながら、こう言ったんですよね。その言葉が衝撃で、最終的には預かってもらえたものの、結局眠れませんでした。私は何でも、理屈で考えてしまう部分があります。だから”本能に任せろ”という感覚的なアドバイスをされてしまうと、本能とは…?と考えすぎて、自分を追い詰める結果となりました」
その言葉が「指導」なのか、コミュニケーション上の「単なる会話」としてなのかは今となってはわからないが、少なくとも疲れ切って困っているお母さんをはげます言葉としては、不適切なように思える。
「産後の精神的にかなり不安定な状態だったため、なおさらです。さらに思い返すと、妊娠中にも疑問を覚える場面が多々ありましたね。例えば安定期の過ごし方。助産師はスクワットをしろと言う。しかし医師と看護師は、スクワットはやめるべきという。どうすればいいのでしょう?」
保奈美さんはその矛盾について母親学級で質問したものの、明確な回答は得られなかったという。

真顔でオカルト発言を繰り出す看護師も
「さらに別の看護師さんからは、スピリチュアルな発言もありました。そのクリニックでは申し込むと看護師によるアロママッサージを受けられるのですが、施術中に私が高齢出産であることを話すと”赤ちゃん、あなたのもとに生まれたくてやってきたのね〜”と、胎内記憶※に関する言説をそのまま言われたこともあります。一応クリニックなのだから、医学的な話をして欲しかった。リラクゼーションの現場とセットになりがちなんですかね、胎内記憶みたいなスピリチュアルトーク……」
医師でも看護師でも助産師でも、場を和ませるための雑談は誰でもするだろう。しかし、スピリチュアル界隈で流行しているような言説を医療者、しかも病院内で言われると、ぎょっとする人もいるのだ。もし自分だったらどうだろう……と想像してみた。高齢出産のリスクを心配している時に、医療従事者からこんなことを言われるシーンを。「守護霊にお願いすれば大丈夫!」「満月の夜なら安産になるから」「あの神社の龍神にお願いすると赤ちゃんを守ってくれる」と言われる……。うん、やっぱりイヤだな。
保奈美さんの体験は、運悪くたまたま遭遇してしまったケースだろうか? そう聞かれると、残念ながら全くそんなことはない。妊婦や母親に対し、科学的根拠が乏しいのに食べ物や行動を制限して「指導」だと思っている医療従事者は、残念ながら珍しくない。
妊娠出産という、ただでさえ不安なタイミングで、曖昧な情報や精神論、運命論のようなアドバイスは、かえって混乱を招くことは必須だろう。せめてひとつの施設内では、最新の医学的知見に基づいた指導の統一や方針の共有をしてほしいものだ。
※胎内記憶=もともとは「胎児が母親のおなかの中にいたときの記憶」という話だったが、胎内記憶を広める一部の人たちにより、スピリチュアル色の強い世界観が作られ、「魂が空の上にいたときの記憶」「前世」「宇宙」にまで話が及ぶようになっている。
山田ノジル
フリーライター。女性誌のライターとして美容健康情報を長年取材してきたなかで出会った、科学的根拠のない怪しげな言説に注目。怪しげなものにハマった体験談を中心に、取材・連載を続けている。著書『呪われ女子に、なっていませんか? 本当は恐ろしい子宮系スピリチュアル』(KKベストセラーズ)ほか、マンガ原作や編集協力など多数の作品がある。 X:@YamadaNojiru













