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【前編】ドラッグラグとは?原因・現状から「ドラッグロス」問題まで徹底解説

首を傾げる女性の薬剤師

「海外では当たり前に使われているお薬が、日本では使えない」そんな話を、ニュースやSNSで見かけたことはありませんか。

実はこれ、「ドラッグラグ」と呼ばれる、日本の医療が抱えてきた課題です。
がんや一部の難病の患者さんだけの話だと思っている人もいるかもしれませんが、妊娠や出産という、多くの女性が経験するライフステージに関わるお薬にも関わりがあります。今回は、日本が直面するこの「ドラッグラグ」という問題について、女性のヘルスケア分野に関わりの深いところを例に、解説していこうと思います。

1. ドラッグラグ(Drug Lag)とは?言葉の意味と基礎知識

海外と日本の「新薬承認のタイムラグ」

「ドラッグラグ」とは、かんたんに言うと、海外で承認されて使えるようになったお薬が、日本で保険を使って治療に使えるようになるまでの「時間差(タイムラグ)」のことです。

この時間差は、大きく2つの要素からできています。

ひとつは「開発のラグ」。これは、日本国内で治験(新しいお薬の安全性を、販売する前に確かめる試験)を始めたり進めたりするのに時間がかかることを指します。もうひとつは「審査のラグ」。こちらは、集まったデータをもとに国が「このお薬を使ってよい」と判断するまでの、審査にかかる期間のことです。

つまり、「そもそも試験のスタートが遅い」ことと、「審査に時間がかかる」ことが重なって、日本で新しいお薬が使えるようになるのが遅れてしまうのです。

なにが問題なの?患者さんへの深刻な影響

では、なぜこの「時間差」がそれほど問題になるのでしょうか。

いちばんの理由は、海外ではすでに「標準的な治療」として使われている画期的なお薬が、日本にいるというだけで使えない、という状況が生まれてしまうからです。

たとえば、進行したがんや、治療の選択肢がもともと少ない難病の患者さんにとって、新薬は希望です。もしかしたら、自分に向いているかもしれない新たな選択肢が、承認の遅れのせいで狭まってしまう。場合によっては、待っている間に病気が進行してしまい、命に直結しうる可能性だってあります。こうした事情から、ドラッグラグは長年、問題視されてきたのです。

2. 日本でドラッグラグが発生する3つの主な原因

原因①:安全性を重視する日本独自の承認審査体制

1つめの原因は、日本が「安全性」をとても大切にしている、という点にあります。

これ自体は、決して悪いことではありません。むしろ、患者さんを守るために非常に大事な姿勢です。これは、日本が過去に「薬害(お薬による健康被害)」を何度も経験した歴史が背景にあります。そうした苦い経験から、厚生労働省やPMDA(お薬の審査を専門に行う独立行政法人)は、有効性と安全性をとても慎重に、厳しく評価するようになりました。慎重である分、どうしても審査に時間がかかりやすくなっています。

例えば、最初のコロナワクチン(ファイザー社製コミナティ、モデルナ製スパイクバックス)の承認をするとき、日本では日本の承認プロセスを改めて踏んだという話はメディアでも多く語られ、有名になりましたね。アメリカで行った治験の中にはたくさんのアジア人が含まれているのですが、日本人にとって問題がないかどうかを、もう一度確かめてから、承認に踏み切りました。

原因②:国際共同治験(グローバル治験)からの遅れ

2つめは、世界規模で行われる治験に、日本が最初から参加しにくい、という事情です。

いま世界の新薬開発は、複数の国が同時に手を組んで臨床試験を行う「国際共同治験」が主流になっています。ところが、この国際的なチームに日本が初期段階から加わりにくい環境があると、日本のデータだけがそろうのが遅れてしまいます。世界のスタートラインに、日本だけ一歩出遅れてしまうイメージですね。

※同じ治験計画に基づいて、複数の国・地域で同時並行して行う臨床試験のこと。各国で別々に治験を繰り返すよりも開発を効率化・迅速化すること、そして人種・地域・医療環境などが異なる集団でも薬の効果や安全性が大きく変わらないか確認することを目的に行われる。

原因③:日本の「薬価制度」による市場の魅力低下

3つめは、少しビジネス寄りのお話。

日本では、お薬の公定価格(薬価)が、2年に一度見直され、引き下げられていく仕組みになっています。患者さんの負担を抑えるという意味では大切な制度ですが、海外の製薬企業から見ると「多くの費用と手間をかけて日本で承認をとっても、価格がどんどん下がっていくので投資を回収しにくい」と映ってしまいます。要するに儲からない、商売のうまみがないのです。

その結果、「日本での申請は後回しにしよう」という判断につながり、少なからず遅れの一因になっています。製薬企業も営利企業ですから、きちんと採算が取れないとビジネスは継続できません。

ここでいくつか事例を紹介したいと思います。発売当初、とても高額な治療薬として話題になった、「オプジーポ」という薬があります。小野薬品工業が発売したがんの治療薬ですが、2015年12月に非小細胞肺がんへ適応が拡大されると、対象患者数が一気に増え、市場規模が急拡大し、医療保険財政への影響が問題視されたために、2016年11月には緊急で半額に引き下げが決定しました。

この事例のように、患者数が急増した薬は、「市場拡大再算定」という、日本独自のルールでガクンと薬価が落ちます。これは販売する側の視点で見れば「売れすぎたから、罰則的に下げる」という性質が強く、「頑張って良い薬を作って、患者さんに使ってもらえるほど、割に合わなくなる」という、製薬会社からするとかなり理不尽に思える仕組みです。

 

3. 新たな脅威「ドラッグロス(Drug Loss)」との違い

「遅れて届く」から「そもそも入ってこない」へ?!

ここまでお話ししてきたドラッグラグは、あくまで「遅れるが、最終的は届く」という時差の問題でした。ところが近年は、もっと深刻な事態が起きています。それが「ドラッグロス」です。

ドラッグロスとは、海外の製薬企業が日本で発売すること自体をあきらめてしまい、そもそも薬が入ってこない状態を指します。最近、海外アーティストのライブにおける「名古屋飛ばし」などが話題にのぼったりしていますが、それに近い感覚で、「日本飛ばし」が行われているわけです。

実際、欧米では承認されているのに日本では承認されていない薬のうち、国内での開発にすら着手されていないものが多く存在します。

厚生労働省の資料によると、2023年3月時点で欧米承認済み・日本未承認の新薬は143品目にのぼり、そのうち約6割にあたる86品目が国内で開発にすら着手されていない状態でした。とくに、欧米のバイオベンチャー(比較的新しい創薬企業)が、はじめから日本での開発を選択肢に入れないケースが増えていると指摘されています。 

命に関わる領域(がん・希少疾患・小児薬)での実態

このドラッグロスは、患者さんの数が少なく、企業として採算をとりにくい領域ほど、起きやすいのです。
厚労省研究班の分析でも、国内で開発が進んでいない品目のうち、約47%が希少疾病用に指定されたお薬、約37%が子ども向けの適応をもつお薬でした。難病や希少疾患、そして小児医療。新しいお薬が唯一の希望になるような分野ほど、置き去りにされやすいという、なんとも切ない構造があるのです。

まとめ|「遅れて届く」から「入ってこない」へ

ここまで、ドラッグラグの定義について解説してきました。「海外で使える薬が日本で使えるようになるまでの時間差」であること、その原因が審査体制・国際共同治験・薬価制度など、複数の要因が絡み合っており、近年は薬がそもそも入ってこない「ドラッグロス」へ、さらに深刻化している傾向があります。

後編の記事では、女性の健康に身近なお薬を例に、日本が新薬に慎重な姿勢の背景や、令和のいま国が動き出しているドラッグロス対策などについてもご紹介します。

▶次回:【後編】ドラッグラグ・ロスの実例|つわり治療薬上陸までの歴史、女性向けの薬の最新動向を解説!

 

<参考文献>
第67回 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議 資料
厚生労働省 ドラッグ・ロスの実態調査と解決手段の構築
PDMA 先駆的医薬品等指定制度、先駆け審査指定制度の対象品目一覧表
日本製薬工業協会公式HP Q&A Q39.「ドラッグ・ラグ」とはなんですか。
中央社会保険医療協議会 薬価専門部会 意見陳述資料

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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