産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記 #12
胎盤を食べるのって意味あるの?
「あれ系の界隈、変なもん食べがち説」。
これが最近、私が見出している言説であります。
人類は、本来なら食用でないもの(栄養の摂取に不向きなもの)を食すことで「健康になる」「パワーを授かる」と信じてきた歴史があります。
古くは、秦の始皇帝が「不老長寿の薬」として水銀入りの丹薬を飲んでいたとされることは有名ですし、中世~近世のヨーロッパではユニコーンの角を粉末状にしたものが「万病に効く解毒薬」として持てはやされた歴史があります。
なお、当時「ユニコーンの角」として流通していたものは実際にはイッカクの角であり、ありていに言えば大昔の詐欺だったわけですが、
イッカクの角は、角ではなく歯がめっっっちゃ伸びたものなので、イッカクの角を煎じて飲むのは親知らず食ってんのと同じだったことになります。

こちらがイッカク
しかしこのような民間医療も、現代医学の発展と共に消滅し、今ではもう見られない慣習になっていきました……
などということは全くなく、20世紀どころか21世紀になっても未だにあれ系の界隈は変なものを食べがちです。「あれ系」が指すものが何かについては各自のご想像にお任せします。
1990年代には「飲尿療法」というトンチキ過ぎる健康法も一部で流行しましたし、2010年代以降は「水素水」や「シリカ水」といった、そもそも化学的に成り立っていない謎商品も流通しました。
思えば、私がcrumiiに初めて寄稿をした記事も、ヤギミルクを乳児に与えることを勧めるトンデモ助産師の存在を取り上げたものでした。やっきーといえば変な食い物、ここテストに出ます。
そんな中、2000年代から突如として流行りはじめた謎文化、それが「胎盤食(プラセントファジー)」です。
胎盤食のブーム
「出産後の胎盤を食べる」。
これを初めて耳にした時、そこはかとない迫力を感じたことでしょう。
実際にナマの胎盤を見たことがある方ならお分かりいただけるはずですが、まああんまり一般的な感覚として食欲をそそるタイプの見た目ではないと思います。
美味しそうなものを目の前にして「宝石箱や!」と食レポをするタイプの芸人さんでも、たぶん胎盤を目の前にしたら「胎盤や……」と言うしかないと思います。
なぜなら食べ物ではないから。
胎盤てけっこうな見た目やで
(一部の民俗学的な慣習を除くと)現代における胎盤食の文化は、1970年代のアメリカにおける自宅出産コミュニティの間での静かなムーブメントとして始まりました。
その後、2007年の”USA TODAY”で胎盤をカプセル化して内服しやすくする手法や、それを実践した女性が紹介されたことで知名度が拡大。
2011年に女優のJanuary Jonesさんが、2013年にタレントのKim Kardashianさんが胎盤カプセルを摂取したことを公表するなど、いわゆる「セレブ」の一部が胎盤食を取り入れたことも後押しとなり、胎盤食がブームとなりました。
やがて、胎盤の食し方にも変化が見られ、飲みやすいカプセルにするのはまだ序の口で、スムージーにしたりわさび醤油で食べたりと、もはや大喜利の様相を呈しています。
一周回って「丸のみ」とかに至る人が現れないか心配で昼も眠れません。(夜は寝ます)
胎盤食の医学的根拠
さて、そんな胎盤食ですが、胎盤食推進派の皆様の主張は大別して2つに分かれます。
1.「ヒト以外の哺乳類は
ほとんど胎盤を食べているので、
ヒトも食べるのが自然である」
2.「胎盤には豊富な栄養や
ホルモンが含まれているので
産後の体に良い」
それぞれ解説してみましょう。
まずは「動物は胎盤を食ってんだからおめーも食えよ」派の意見について。
確かに大半の哺乳類(ラクダやクジラ、アシカ・アザラシ・セイウチなどを除く)は胎盤を食べる習性を持っています。

ウシも胎盤を食べます
これについては「巣の衛生化」「捕食者を呼ぶにおいの低減」「栄養補給」「ホルモン摂取」「分娩中の飢餓」「分娩時の一時的肉食化」などの仮説が提唱されていますが、
単一の理由で説明できるわけではなく、動物種ごとに複数の理由が複雑に絡んでいることが論じられています。
しかし言うまでもなく、ヒトとその他の哺乳類の体の仕組みは違います。
他の動物にできることがヒトにできるとは限りませんし、その逆もしかりです。たとえば、ゴールデンレトリバーの平均出産頭数は7頭ですが、ヒトで同じことをするのは困難を極めます。
ちなみにウサギやチンパンジーは自分のうんこを食べる習性があるわけですが、胎盤食を勧める自然派の人たちは「同じ哺乳類だから」と言いながら自分のうんこを食べるのでしょうか。そこまでやったならもう「君はそのまま頑張れ」と言いたくなるかもしれない。
そして2つ目、「胎盤は栄養が豊富だからいろいろ補充できて体に良いんや」派の意見についてですが、その方々はそんな栄養状態ギリッギリの生活を送っているのでしょうか。
明日食べるものにも困っており、今日の晩ご飯のおかずはティッシュを醤油にひたしたやつだという状況ならまだ分かりますが、21世紀の日本において、たいていの人はきちんとご飯を食べているはず。
栄養を摂りたければ普通にご飯を食べればよく、わざわざ胎盤で摂る必要はありません。

「栄養は日常の食事から摂取」が基本です
さらに、裏付けとなる根拠をお出ししましょう。
胎盤食に関する研究や論文はそれほど多くないのですが、決定版と言えるものが2015年に発表された『Placentophagy: Therapeutic Miracle or Myth?』です。
この論文では1950年~2014年における胎盤食に関する論文や研究を計49本抽出、そのうち10本を組み入れており、非常に網羅性が高い内容となっています。
この論文の結論を簡単にまとめると、こんな感じです。
・痛み止めになるのでは?⇒根拠は見つからず。
・産後のホルモンが改善するのでは?⇒根拠は見つからず。
・母乳の出が良くなるのでは?⇒根拠は見つからず。
・子宮収縮が良くなるのでは?⇒根拠は見つからず。
・産後うつ病が改善するのでは?⇒根拠は見つからず。
ことごとく根拠が無くてむしろ清々しいですね。
『進撃の巨人』の第一話にて、いたずらに兵士たちを戦死させておきながら何の成果も得られなかったことを団長が嘆くシーンがありましたが、この論文を読んだ時に私の脳裏に浮かんだ感想がそれでした。
意味がないだけならまだしも、それだけではありません。
同論文中にはこのような記載もあります。
「分娩によって胎盤が細菌汚染を受けることがある。」
「胎盤を食べることによって細菌やウイルスなどの感染を起こすおそれがある。」
「有害な重金属(カドミウム、水銀、鉛など)が胎盤に蓄積することがある。」
「胎盤を食べることによってこれらの物質を取り込んでしまうおそれがある。」
要するに、胎盤食は有害である可能性も示唆されているわけです。
Photo:PIXTA
胎盤食による赤ちゃんの感染例も
さらに、最後にひとつ。
「有害である可能性」どころか、実際に胎盤食が原因で赤ちゃんに感染症が起きた症例も報告されています。
2016年にアメリカのオレゴン州で報告された事例で、母親が胎盤入りのカプセルを摂取したところ、その後赤ちゃんにGBS感染症が発生してしまったのです。
(GBS:B群溶血性レンサ球菌という菌。成人にはほとんど害はないが、新生児には異様に牙を剥いてくるめちゃくちゃ嫌な菌。分娩直前に抗菌薬を点滴すれば感染はだいぶ防げる)
この母親は37週時点での腟や直腸のGBS検査は陰性で、搾乳した母乳からもGBSは検出されませんでしたが、赤ちゃんの血液から検出されたGBSと、胎盤入りカプセルから検出されたGBSをゲノム解析したところ全く同じ菌であることが判明しました。
赤ちゃんの命にこそ別条は無かったものの、胎盤食は感染リスクを高める存在であると判明し、その危険性が浮き彫りになる結果となりました。
Photo:PIXTA
というわけで、結論をまとめましょう。
胎盤を食っても意味はありませんし、むしろ有害です。
自分の体から出たもんなので胎盤を食べようがウンコを食べようが個人の自由ですが、赤ちゃんのためを想うならやめておきましょう。
余談ですが、今回の記事を書くにあたりいろいろ実例を調べてみたところ、一部のイカれた海外セレブの中に、胎盤を食ってる旦那もいることが判明しました。
おめーは母体と違って元気いっぱいだし、栄養摂る必要もなければ母乳も出ねえだろうよ、と言いたいところですが、そんなことでは産後の母児を養う体力は付けられないのかもしれません。
私は遠慮しておきます。普通のご飯をしっかり食べようと思います。
<参考文献>
USA TODAY “Ingesting the placenta: Is it healthy for new moms?”
Mark B. Kristal et al. “Placentophagia in Humans and Nonhuman Mammals: Causes and Consequences”
国立感染症研究所『母体の乾燥胎盤含有カプセルの摂取に関連した新生児遅発型B群溶血性連鎖球菌感染症, 2016年―米国オレゴン州』
















