ドラマ『ファーストクライ』解説シリーズ #1
母子救命救急(産科救急)の実際を産婦人科医が解説!
妊娠・出産は多くの場合、自然な経過をたどります。
しかし、なかには突然の大量出血、血圧の急上昇、けいれん、赤ちゃんの状態悪化など、数分〜数十分の判断が命に関わるようなこともあります。
母子救命救急、いわゆる産科救急は、そうした「お母さんと赤ちゃんの致命的な急変」に対応するための役割を担っています。
今回は、医療監修として携わっている医師の目線で、2026年7月期のドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』の舞台でもある母子救命救急について解説します。
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「母子救命救急」とは何か
母子救命救急は、その名の通り「母体(妊産婦)と子ども(胎児・新生児)の救命に特化した医療機関・部門・チーム」を意味します。
こうした特定の部門やチームを個別に用意している医療機関は多くないのですが、医療機関の規模や役割ごとに「どこまで妊産婦に救急対応するか(できるか)」がおおむね決まっています。
例えば、私も以前働いていた日本赤十字社医療センター(東京都)は「スーパー総合周産期センター※1」の指定を受けていて、救命救急センターをはじめ各診療科と密接な連携をとることで、緊急に母体救命処置が必要な妊産婦を必ず受け入れています。

Photo:PIXTA
母子救命救急の大きな特徴は、妊娠中の場合、患者さんが「妊婦さん本人だけ」ではないことですね。妊婦さんの体調が悪化すれば、お腹の赤ちゃんにも影響します。逆に、赤ちゃんの状態が悪くなったことで、緊急帝王切開など、母体への医療処置が急に必要になることもあります。
ただし、産科医療の中でもっとも大切な原則は「母体の救命が最優先」です。
これは赤ちゃんを軽視するという意味では決してありません。妊婦さんの呼吸、血圧、循環が安定してこそ、赤ちゃんに酸素や栄養が届きます。つまり、妊婦さんを助けることが、赤ちゃんを助けることにもつながるという大原則があるのです。
例えば、夜間に妊娠後期の方が強い腹痛と出血で救急搬送されてきたとします。診察室では、助産師が血圧や脈拍を測り、産婦人科医が超音波で赤ちゃんの状態を確認し、緊急帝王切開が必要だと判断された場合には、同時に手術室や輸血部門へ連絡が入ります。
外来で一人ずつ診察する通常の医療とは異なり、複数の職種が同時並行で動くのが産科救急の現場です。
※1 重症でリスクが高い妊産婦を、24時間体制で原則として断らずに(必ず)受け入れ、治療する施設「母体救命対応総合周産期母子医療センター」の、東京都での独自の名称。
産科救急が必要になるのはどんな時?
産科救急でもっとも警戒すべきリスクの一つが「出血」です。常に母体死亡の原因の上位に位置しています。
出産時の出血はある程度予想されるものですが、子宮の収縮が悪い、胎盤がうまくはがれない、産道に大きな損傷がある、前置胎盤や癒着胎盤がある、といった場合には短時間で大量出血につながることがあります(数秒で1リットルくらい出ます……!)。
Photo:PIXTA
また、出血と並んで一刻を争う事態となるのが、妊娠高血圧症候群や、それに伴って起こる子癇(しかん)発作です。
妊娠中や産後に血圧が急激に上がり、頭痛、目のチカチカ、けいれん、意識障害などを起こすことがあります。こうした場合、降圧薬、けいれん予防、緊急での分娩(帝王切開など)、術後の集中治療が必要になることがあります。
さらに、
・常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)
(胎盤が出産前にはがれ、母子に危険が及ぶ状態)
・羊水塞栓(そくせん)症
(羊水成分が母体に入り、急激に重篤化する病気)
・重症感染症
(感染が全身に広がり、命に関わる状態)
・心疾患や脳血管疾患の発症
(妊娠中に心不全や脳出血が起こることも)
・切迫早産
(予定より早く生まれそうになる状態)
・胎児機能不全
(胎児の酸素不足などが疑われる状態)
なども産科救急の対象疾患です。
例えば、妊婦健診では問題なかった方が、突然「動けないくらいお腹が急に痛みだした」「胎動がほとんど感じられない」と来院することがあります。
診察の結果、胎盤が子宮の壁から早くはがれ始めていて胎児が危険な状態(常位胎盤早期剥離の状態)だと判断されれば、赤ちゃんの命とお母さんの出血リスクを考え、(5分以内などで)緊急帝王切開を始めることもあります。
(私もこれまでに、肺塞栓で心肺停止した妊婦さん、脳出血を起こし帝王切開と脳外科手術が同時に実施された妊婦さん、妊娠30週台前半での子宮破裂を起こした妊婦さんなど、数々の母子救命救急を経験してきました。いずれもヒヤヒヤしましたが、「頭はクールに、手足は常に動かして」が鉄則でした。)
*胎盤が分娩前にはがれてしまう「常位胎盤早期剥離」について、私のニュースレターでも詳しく解説しています。ご関心があればご覧ください。
皆さんに知っておいてほしい産婦人科の怖い話② 〜常位胎盤早期剥離〜
母子救命救急に携わるさまざまな専門職
母子救命救急は、産婦人科医だけではもちろん成立しません。
助産師、看護師、麻酔科医、救急医、小児科医・新生児科医、放射線科医、臨床検査技師、放射線部門、輸血部門、手術室スタッフなどが必要不可欠な存在です。

Photo:PIXTA
救急患者が搬送されてきた現場では混乱が生じやすいため、「まず誰が何をするか」がとても重要です。血圧を測る人、点滴を取る人、採血する人、胎児心拍を確認する人、手術室へ連絡する人、家族へ説明する人。そしてこれらをまとめて指揮をとるリーダー。
それぞれが自分の役割を理解して動かなければ、貴重な数分が失われ、適切な処置ができず、救えたはずの命が失われてしまうことになってしまいます。
無事に出産したものの、産後に出血が止まらない場面を想像してみてください。
産婦人科医が出血の勢いを止めつつ原因を探り、助産師がバイタルサイン(血圧や脈拍、意識レベルなど)を常に確認しながら応援人員を呼び、別のスタッフが太い点滴ルートを確保し、輸血の準備が始まります。手の空いている救急救命医が来てくれることもあります。
必要があれば手術室や放射線治療室へ移動します。赤ちゃんの状態が不安定なら、新生児科医が呼ばれ蘇生処置を始めます。
このように、母子救命救急の本質は「救えるはずの命を救うために全力を尽くす」ことであり、そのためには「何人もの専門職がチームで携わる」ことが必要なのです。
「安全なお産」を支える地域での備え
産科救急の役割は、病院の中だけにとどまりません。地域全体で、どの妊婦さんをどの医療機関で診るべきか、急変時にどこへ搬送するか、新生児集中治療室(NICU)の空床はあるか、輸血や手術に対応できるか、などを考える必要があります。

日本では、ハイリスク妊娠や高度な新生児医療に対応する施設として、総合周産期母子医療センターや地域周産期母子医療センターが整備されています。
総合周産期母子医療センターは、地域の周産期医療の中核として、母体搬送や新生児搬送の受け入れ、地域施設との連携、医療従事者の育成などを担っています。
*2024年時点のものですが、厚生労働省が全国の周産期母子医療センター一覧を公開しています。
例えば、地域のクリニックで妊婦健診を受けていた方に、突然強い頭痛が起こり血圧が170mmHg※2まで上がっていたとします。そのクリニックでは高度な救命処置はできないので、初期対応をしながら高次医療機関へすぐに連絡し、救急車等で搬送します。
受け入れ先では、脳出血やけいれんに備え、産科、救急科、麻酔科、新生児科医を中心にたくさんの医療スタッフが準備して搬送を待ちます。こうした連携があって初めて、地域の中で安全なお産を支えることができます。
もちろん、全ての妊娠・出産がこのような緊急事態になるというわけではありません。多くの方は大きな問題なく出産を迎えます。しかし、いざという時に備える仕組みがなければ、妊娠出産がもっと不安の大きなものになってしまいますよね。
母子救命救急部門は、普段は皆さんにとってなじみのない存在かもしれません。しかし、妊娠・出産の安全を最後の瀬戸際で支えているという、非常に重要な役目を担っているのです。
※2 一般的な妊婦さんの血圧の目安は、上(収縮期血圧)が140未満、かつ、下(拡張期血圧)が90未満とされている。「上が170mmHg」というのは、重症の基準を突破している状態で、そこに子癇発作の典型的な前兆である強い頭痛が伴っており、いつ発作が起きてもおかしくない状態といえる。
世界トップクラスの「安全なお産」を裏で支える存在として

Photo:PIXTA
母子救命救急、いわゆる産科救急部門は、妊娠・出産にともなう急変から、お母さんと赤ちゃんの命を守るため日夜頑張っています。
大量出血やけいれん、赤ちゃんの状態悪化などは、短時間での判断と対応が求められます。そのため、産婦人科医だけでなく、多職種が連携し、チームで対応しています。
日本の「世界トップクラスの、安全に妊娠・出産ができる環境」を守っていくために、少子化が進む中ではありますが、国にはしっかりと体制整備支援を頑張ってほしいなと思っています。
新ドラマ「ファーストクライ」では、母子救命救急班としてこうした「命のせめぎ合い」が描かれるでしょうから、産婦人科医としても非常に楽しみです!
















