ドラマ『ファーストクライ』解説シリーズ #5「シーハン症候群」
シーハン症候群(下垂体機能低下症)とは?産後の「母乳が出ない・強いだるさ」の原因と早期発見のポイント
今期の産婦人科を舞台にしたドラマ「ファーストクライ」。7/22(水)に放送された第3話では夏子さん扮するセレブ妊婦さんが「産後うつ」との診断を受け、MRI検査をしてみたら「シーハン症候群」であったという描写がありました。
この「シーハン症候群」、分娩時の大量出血がきっかけとなって、脳の中にある「下垂体」という小さな器官の働きが低下してしまう病気です。
出産を終えたあと、「母乳がなかなか出ない」「体がだるくて起き上がれない」などの不調が現れますが、今回のドラマのケースのように、産後うつや単なる疲労と見分けがつきにくいため、気づかないまま長期間つらい思いをされる方もいらっしゃいます。
この記事では、シーハン症候群がどのようにして起こるのか、どんな症状に気をつければよいのかを、わかりやすくお伝えします。
1. シーハン症候群が起こる原因と発生メカニズム
妊娠期における下垂体の変化と大量出血の影響
下垂体は、脳の中央付近にあり、体のさまざまなホルモンの司令塔のような役割を持つ器官です。妊娠が進むにつれて、下垂体は少しずつ大きくなり、妊娠末期にはもとの大きさのおよそ2倍近くにまで膨らむといわれています。
それだけ血液の需要も高まっている状態で、お母さんの下垂体への血流には、もともと余裕がありません。
そのため、分娩時に大量に出血してしまったり、強いショック状態に陥ったりすると、ただでさえ血流を必要としている下垂体への血液供給が急激に不足してしまいます。この「血流不足」が、シーハン症候群の引き金になります。
脳の下垂体が機能不全になる理由(虚血と血栓形成)
大量出血によって血圧が下がると、血管がぎゅっと収縮したり、細い血管の中に小さな血の塊(血栓)ができたりすることがあります。これにより下垂体の前側の部分(前葉)への血流がさらに滞って、酸素や栄養が届かなくなってしまうのです。この状態が、下垂体前葉機能低下症、通称「シーハン症候群」と呼ばれています。
なお近年は輸血や救急対応の進歩により、この病気が起こる頻度は少なくなってきており、出産・救急医療が発達した日本のような国では、分娩が原因のシーハン症候群自体はごく珍しい病気となってきています。ただ、分娩時の大量出血自体は、母体死亡の7割を超える主要原因となっており、決してまれではないことは念頭に入れておきましょう。

Photo:PIXTA
2. シーハン症候群の主な症状(初期のサインと進行後の変化)
シーハン症候群によって下垂体の機能が低下すると、下垂体ホルモンの産生がうまくいかず、下垂体ホルモンが司っているホルモンが欠乏状態になってしまうことで様々な症状が現れます。
産後すぐに現れる初期の兆候
・母乳が出ない(乳汁分泌不全・停止)
下垂体から出るプロラクチンというホルモンが不足すると、母乳をつくる機能がうまく働かなくなります。
・生理が再開しない(無月経)
卵巣を刺激するホルモン(LH・FSH)が不足することで、排卵が止まってしまいます。
・激しい倦怠感・体調が回復しない
産後数ヶ月たっても体調が戻らず、強いだるさが続きます。
全身に現れるホルモン欠乏症状
(低下するホルモン別の症状)
下垂体から出るホルモンが減ることで、体のあちこちに影響が出てきます。
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の低下
血圧が下がりやすくなったり、血糖値が下がりやすくなったり、強い疲れやストレスへの弱さを感じやすくなります。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)の低下
強い冷え、肌の乾燥、便秘、脱毛、むくみなどが出やすくなります。
成長ホルモン(GH)・性腺刺激ホルモンの低下
筋力の低下、わき毛や陰毛が抜ける、性機能の低下などが見られることがあります。

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数年〜数十年後に判明することも…「遅発性」に注意
シーハン症候群は、出産直後だけでなく、何年もたってから症状が明らかになることもあります。過去の出産で大量出血や輸血を経験された方が、年齢を重ねるうちに甲状腺の働きの低下や副腎の機能低下といった症状に気づくケースもあります。お産から時間が経っていると関係ないと思いがちですが、心当たりがあれば医師にも伝えておきましょう。
3. 「産後うつ」「通常の産後疲労」との違いは?
見分けがつきにくい症状の比較
産後うつは、環境の変化やホルモンバランスの乱れ、育児のプレッシャーなど、精神的な要因が主な背景とされています。一方でシーハン症候群による倦怠感は、血糖値の低下やナトリウムバランスの乱れなど、体そのものの働きの異常からくるものです。気分の落ち込みというよりは「体が動かない」「起き上がれないほどだるい」といった、身体的なつらさが前面に出るのが特徴です。
シーハン症候群を疑うセルフチェックリスト
以下のような項目に心当たりがある場合は、一度医療機関に相談してみることをおすすめします。
・分娩時に大量出血や輸血を経験した
・母乳がまったく出なかった、あるいはすぐに止まってしまった
・産後、生理がなかなか再開しない
・産後数ヶ月たっても強いだるさが続いている
・わき毛や陰毛が薄くなった、抜けた
4. 受診すべき科と病院で行われる検査・診断
何科を受診すべき?
前述したような症状に心当たりがあり、ホルモンの異常が疑われる場合は、「内分泌内科(または内科)」を受診しましょう。分娩時の状況や出血量が分かると診断しやすいため、可能であれば出産した産婦人科に相談して、紹介状や診療情報提供書を書いてもらうと、その後の診療がスムーズに進められると思います。
病院ではどんな検査をするの?
次に、シーハン症候群が疑われた際に、病院で行う検査をご紹介します。
血液・尿検査
ACTHやTSH、プロラクチン、コルチゾールなど、下垂体から出るホルモンの基礎的な値を調べます。
ホルモン負荷試験
刺激となる薬を投与し、下垂体がきちんとホルモンを分泌できるかを確認する、より詳しい検査です。
頭部MRI
下垂体が萎縮していないか、あるいは「エンプティ・セラ」と呼ばれる下垂体周囲の空洞化がないかを画像検査で確認します。
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5. シーハン症候群の治療方法と日常生活の注意点
シーハン症候群の主な治療は、不足したホルモンを飲み薬や注射などで補う治療です。必要に応じて適切な補充療法を行うことでホルモン値をコントロールできれば、普段通りの生活を送ることができます。
不足したホルモンを補う「ホルモン補充療法」
治療の中心は、不足しているホルモンを薬で補う「ホルモン補充療法」です。副腎皮質ホルモン(ヒドロコルチゾンなど)や甲状腺ホルモンを、体の状態に合わせて服用していきます。適切に補充を続けることができれば、発症前と変わらない日常生活や社会復帰も十分に目指せます。
体調変化時におけるステロイド調整
発熱や感染症、けが、手術など、体に強いストレスがかかるときは、普段より多くのステロイドホルモンが必要になります。このような場合には、あらかじめ医師の指示に従って服薬量を増やすなど、ご自身での体調管理がとても重要です。
公的支援制度(指定難病医療費助成)の活用を
シーハン症候群を含む下垂体前葉機能低下症は、国の指定難病(告示番号78)に指定されています。一定の基準を満たすと医療費助成の申請ができ、長く付き合っていく治療の負担を軽くすることもできます。詳しい要件は、難病情報センターや自治体の窓口で確認できますので、活用しましょう。
まとめ|産後の不調が長引く場合は早めに受診、内分泌内科へ
出産時に大量出血があった方で、母乳が出ない、生理が戻らない、強いだるさが続く、といった症状が見られるときは、一度内分泌内科を受診してみてください。
ドラマであったように、産後うつとも間違えやすいので、母親の周りにいる家族や支援者の方にも覚えておいてほしい病気です。早期に発見し、適切にホルモンを補うことができれば、これまでと同じような毎日を取り戻すことができます。
産婦人科を舞台にしたドラマ「ファーストクライ」は水曜22時に放送中です。
次回の視聴ページはこちら。
<出典・参考文献>
難病情報センター「下垂体前葉機能低下症(指定難病78)」、厚生労働省 指定難病関連資料
今日の臨床サポート エルゼビア 下垂体機能低下症
病気がみえる vol.10 分娩時大量出血 メディックメディア
















