
crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #36
妊婦はライブに行っちゃいけないの?
今回取り上げるニュースはこちらです。
『ミセス』ファンの妊婦がライブ会場トイレで“出産”に賛否、開場遅延で「責任感」への追及
(出典:週刊女性「『Mrs. GREEN APPLE』ドームツアーのライブ会場の女性トイレで妊婦が出産して開場時間が遅延、SNSで賛否噴出」)
Mrs. GREEN APPLE名古屋公演で開場が約1時間遅れ、SNS上では「会場で妊婦が出産した」「救急車が出動していた」と話題になっているというニュースです。(そもそも公式から開場時間遅延について発表がなかったため)真偽は明らかではありませんが、臨月だったのではということで賛否の声があるとのことです。

妊娠中にライブに行ってもいいか?
週数に限らず、妊娠中は1分先に何が起こるかわからない状態であるというのは、動かぬ事実です。ですから、不要不急の遠出や、医療過疎地への旅行や出張は全くおすすめしません。とは言え、妊娠中も生活は続くので、仕事をしたり、育児をしたり、たまに出張に行ったり、帰省したり、それなりにアクティブにすごすことが決していけないわけではありません。妊娠したからと言って、ずーっと家の近くにいるべきというのも、慎重すぎる話です。なので、妊娠したらどこにも遊びに行くなということではありません。
ただ、ライブに関しては一点気をつけるポイントがあります。CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は、「妊娠中に騒音の中にいることは、妊婦の聴力だけでなく胎児の聴力悪影響を及ぼすおそれがある」としています。それによると、「特に115デシベルを超える大きな音は避けましょう。耳栓などで自分の耳を守ることができても、赤ちゃんの耳は守れません」と警鐘を鳴らしています。ライブという環境では、音が大きめだと115デシベルを超えることがあるようなので、留意する必要があります。
もちろん臨月は行かない方がいい
臨月は特に、遠方やすぐに帰れない場所に行かない方がいいです。早産が増えるとされる34週以降は法律でも産休に入れる時期で、陣痛や破水などの出産が始まるリスクが高い時期になります。常識的に見ても、外出するにあたって臨月が近い時期や臨月は慎重に考えないといけない時期であることは理解している人が多いと思います。
ライブに参加することは一見そんなに運動量もないし、それほどリスクが高くないように思えるかもしれませんが、アーチストによっては2時間くらいずっと総立ちのことも多いです。そして、万が一の時に「勇気ある撤退」ができるかというと、「未練」が仇となることがあります。
せっかく取れた推しのライブチケット。毎日ワクワク楽しみにしていたのに、前日からお腹が張り出して、なんとなく軽く生理痛みたいに痛い……。治るよね……。そして当日になっても時々シクシクするけど、出血はない。そこで「大事を取ってやめておこう」と思えるでしょうか。
また、ライブ開始前に会場のトイレに行ったら、うっすらと赤いおりもの。そこで、もうライブが始まるというのに、帰れるでしょうか。
「赤ちゃん、2時間だけ待って……」と思って参加してしまう人も多いのではないでしょうか。
その踏ん切りのつかなさが、外出先での緊急事態につながってしまうかもしれません。

外出先のトイレで出産したらどんなリスクがあるの?
では、トイレで出産した場合、妊婦さんと赤ちゃんにどんなリスクがあるのでしょうか。外出先のトイレなどで急に出産にいたってしまうことを医学用語では「墜落産」といいます。お母さんの産道から赤ちゃんが墜落するように生まれてしまうことを指して生まれた用語です。なので、ある意味安産と言えます。
ですが、生まれ落ちた赤ちゃんからすると、誰も羊水を拭き取ってくれないし、なんなら便器の冷たい水に浸かってしまって、低体温になるリスクがあります。(実は、分娩室で出産すると、インファントウォーマーという温かい処置台があり、介助者がそこでバスタオルで赤ちゃんの体から羊水を拭き取って、赤ちゃんの体温を保っているのです。)
そして、当然感染のリスクもあります。
また、臍の緒をクリップしたり切ったりすることができないので、胎盤の血が赤ちゃんに流れすぎて、多血になるリスクもあります。
母体側のリスクとしては、産道に傷ができて出血しても止血できないし、急激に進んだお産の後に起こりやすい弛緩出血(産後に子宮の収縮が悪いために起こる大量出血)も対処してもらえません。まあ、望んで外出先のトイレで産む人はいないと思いますが、母子共にリスクの高い出産となります。
妊娠中は無理をしないのは当然として、臨月近くになってきたら急変する可能性も考えていただきたいです。
最後に、詳細もわからないのに出産した人を責めないで
SNSでは、出産した人を責める論調も多数派のようです。ライブの開始が1時間遅れたことで大勢の人に迷惑がかかっていますから、当然という面もありますが、産婦人科医の目線では「詳細がわからないのでなんとも言えない」というのが正味のところかなあと思います。妊娠中に自発的にライブに行ったのは事実でしょうけど、もしかしたら出産はまだまだ起こり得ないと思える週数だったのかもしれません。
その方を叩きするぎることによって、これからの妊婦さんが過剰なまでに行動を制限される可能性もあります。
何事も詳細がわからないのに義憤混じりに叩くのは良くないと思います。
そんなわけで、妊娠中にライブに行っていいかについて書いてみました。
実は、私も妊娠中に大好きなYUKIちゃんのライブがあり、めちゃくちゃ行きたかったのですが、予定日の2週間前だったので、泣く泣く断念しました。すると、予定日の3週間前に生まれてしまい、どうせ行けなかったよな、と諦めがつきました。
産婦人科医として、妊婦さんの行動を制限することには敏感でいないといけないと常に思っている立場ですが、一言だけ妊婦さんにお伝えするなら……
推しのライブは、きっとまたある。妊娠は今だけ。

















