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性教育は「寝た子を起こす」のか? 産婦人科医が「はどめ規定」維持に抗議する理由
2026年7月10日、次期学習指導要領における中学校の保健体育の性教育において、いわゆる「はどめ規定」が維持される見通しとなったとの報道がありました。中央教育審議会の作業部会において、この規定の是非に正面から踏み込まないまま方針が了承されたことに、10代の子どもたちの心身の悩みに日々向き合っている産婦人科医としては、驚愕と失望を禁じ得ません。
「はどめ規定」とは
そもそも、「はどめ規定」とはなんやねん、という方もおられると思います。性教育に関わることがなければご存じない方も多いのではないでしょうか。
学校教育における「はどめ規定」とは、文部科学省の学習指導要領において性教育(特に生殖や生命に関する学習)の内容に一定の制限が設けられていることを意味しています。
妊娠の経過は取り扱うが、受精に至る過程は取り扱わない
現行の学習指導要領には、以下のような記載があります。
小学校5年(理科)
「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」
中学校(保健体育・保健分野)
「受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」
この規定があることで、「小・中学校では性交や具体的な避妊法を教えてはならない禁止規定」として解釈・運用されています。
学習指導要領というのは、最低限教えるべき内容を規定しているものなので、それを超えて教えてはいけない、というわけではないのですが、はどめ規定があることで教育現場で教えづらくなっているのが現状です。なぜこのような規定が明文化されてしまっているのでしょうか。
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始まりは1998年の学習指導要領
1980年代後半から1990年代にかけてHIVの世界的流行や、若者の性行動の低年齢化・性感染症の増加が社会問題化しました。それを受けて、教員や医療従事者の自主的な取り組みとして、科学的かつ具体的な性教育(コンドームの装着法や避妊の仕組みなど)を授業に採り入れる動きが全国で広がりました。
1998年の学習指導要領改訂において、初めて「受精に至る過程」「妊娠の経過」を「取り扱わない」とする文言が公式に盛り込まれました。文部省(当時)は「子どもの発達段階への配慮」や「国民的合意(保護者の理解)」を強調し、学校で早すぎる時期に性行為に関する知識を与えることへの懸念(過激な指導への警戒)を理由としました。
これが現在の「はどめ規定」の始まりです。戦後すぐからの記載が残っているだけかと思いきや、なんとわりと最近の出来事なのですね。
規定はありつつも、子どもたちをリスクから守るためにちゃんと教えないといけないと考えた一部の教師は独自に性教育を行っていました。
すると、2003年、東京都日野市にある七生養護学校(現都立七生特別支援学校)で、知的障害のある子どもたちに人形や歌を用いて性器や自衛方法を教えていたことに対し、東京都議らが「不適切」と介入・批判。教員らが処分される事態が発生しました。
この件は自治体や教育委員会が指導基準を厳格化し、学校現場に「規定を少しでもはみ出せばバッシングや処分を受ける」という萎縮をもたらすこととなりました。
なお、七生養護学校の処分については、のちに教員側が提訴し、処分取り消しと損害賠償を命じる判決が確定しています。つまり、不当な処分だったということです。
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2010年代に入っても変わらぬ指摘
2010年代に入り、スマートフォンやSNSの急速な普及により、子どもたちがインターネットを通じて、ゆがんだポルノ情報やSNS起因の性的被害(自撮り画像の流出、グルーミングなど)に日常的にさらされるようになりましたが、2017年の学習指導要領改訂でもはどめ規定は維持されました。
2018年にも東京都足立区の中学校で、3年生向けに避妊や中絶に踏み込んだ授業を実施したところ、東京都議会で「指導要領を逸脱している」と問題視されました。しかし、この際には2003年のバッシングの頃とは違った様子が見られました。SNSで性教育を批判することへの批判が巻き起こったのです。さらに、大手メディアでも性教育の必要性が報じられ、世論の変化が感じられました。
その後、ユネスコなどが提唱する「包括的性教育」や、人権・自己決定権に基づく教育が世界基準となる中、日本の制度の遅れが国内外から指摘されるようになり、保護者からも学校での性教育を求める声が増してきています。
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しかし、2019年に施行され、2023年に改正施行された「成育基本法」や政府が進める性暴力防止のための「生命(いのち)の安全教育」では正しい知識の普及が促されているにもかかわらず、文科省の学校教育(保健体育)では依然としてはどめ規定がボトルネックになっています。そんな構造的矛盾が生じているのです。2022年衆議院文科委員会の質疑で永岡文科相(当時)は、はどめ規定を「撤廃することは考えていない」と答弁し、その時も私はひどく落胆しました。
このたび、直近の学習指導要領改訂に向けて、日本弁護士連合会や医療関係者、市民団体が4万筆を超える署名を集めて撤廃を要望しているのですが、今回の「はどめ規定維持」の報道となりました。学習指導要領の改訂は10年ごとなので、またさらに10年、日本の性教育は世界から取り残されていくことになるわけです。かねてよりめ規定撤廃を求めていた我々はにわかに信じがたい気持ちです。
これは決して性教育にかかわる人だけの問題ではありません。すべての子どもたちとその保護者の皆さま、教師の皆さまにかかわることです。そのため、この事実を共有したく、今筆をとっている次第です。
性教育は寝た子を起こす? いいえ、違います
「子どもに性の知識を早くから与えると、好奇心を刺激して性に奔放になる」いわゆる「寝た子を起こす」という懸念が「はどめ規定」を擁護する声や、早期からの性教育に反対する意見の根底にあります。一見、「言われてみればそうかも……」と思ってしまうかもしれませんが、実はこの懸念は国際的なエビデンスによって完全に否定されています。
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正しい性教育は「リスクを回避するブレーキ」になる
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(ユネスコ)などによると科学的で包括的な性教育を早くから受けた子どもたちは、性行為の開始時期が「遅くなる」傾向があり、また性行為に及ぶ際にも避妊具を適切に使用する率が高まることが証明されています。
実際、フィンランドでは、1994年に教育予算削減のために性教育が必修から選択教科になったところ、若年層の中絶・出産件数が増加しました。それを受けて、2006年に性教育が再び必修化されると、若年層の中絶・出産件数が再び減少したのです。
このことが示すように、正しい性教育は子どもを「性に奔放」にするのではなく、むしろ「慎重」にさせます。
自分の体の構造を知り、妊娠や性感染症のリスクを正しく理解すれば、人は自然と自らの行動に責任を持つようになります。「安全な状況が確保できないならやめておこう」「(するにしても)リスクを回避する備えをちゃんとしよう」という賢明な判断を下せるようになります。
知識は、好奇心を暴走させるアクセルではなく、リスクを回避し自分を大切にするためのブレーキとして機能するのです。
そもそも今も昔も、学校で教えなくても性的なことに興味をもつのは思春期の自然な発達です。性教育をしようがしまいが、みんな遅かれ早かれ「起きる」のです。
そこで正しい知識を教わる機会がないと、インターネットやSNSからアダルトビデオのゆがんだファンタジーや、科学的根拠のない不正確な情報を吸収してしまいます。ちゃんと知る機会を制限されたまま、リスクにさらされているのです。「寝た子を起こすな」という一部の大人の思い込みが、子どもたちをもっとも危険な状況に追いやっているという事実に、私たちは一刻も早く気づかなければなりません。

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性教育は「防災」
予期せぬ妊娠に戸惑う中高生、彼女たちは決して性に奔放なわけではありません。
「生理が遅れているけれど、まさか妊娠しているとは思わなかった」
「まさか自分が妊娠すると思わなかった」
「相手が嫌がるからコンドームをつけてと言えなかった」
セックスしたら妊娠するかもしれないなんて当然じゃないか、と大人は思うかもしれません。でも彼らはそれを教わる機会がないんです。
2005年、小泉純一郎首相(当時)は性教育についての国会答弁で、「自然に一通りのことは覚えちゃう」と述べましたが、望まない妊娠など、人生に大きな影響を与えることに関して、大人としてあまりに無責任だと言わざるを得ません。しかも、「自然に覚える」というのは、「どこかから自分で情報を得る」ということになりますが、巷の性に関する情報は間違った情報だらけです。
私は性教育についてお話をする時に「性教育は『防災』です」と話しています。日本は地震や台風などの自然災害が多く、行政は防災に非常に力を入れていますし、学校では定期的に防災訓練や避難訓練が行われます。火事が起きたらどう逃げるか、地震が起きたらどうするか。それは、知っている、備えていることで、守れる命があるからですよね。
誰も「火事の知識を与えると火遊びをするようになるから教えるな」とは言いません。いつか来るかもしれない危機に備え、命を守るための知識とスキルを事前に身につけさせること。それが防災教育であり、大人の責任です。

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はどめ規定は、子どもたちから「防災セット」を奪っている
性教育も、これと全く同じです。子どもたちは成長する過程で、必ず性に関する情報や状況に直面します。思春期の体の変化、他者への恋愛感情や性的関心、そしてSNSを通じた性的な誘い。
これらは自然な発達のプロセスであると同時に、知識がなければ深刻な「災害」を引き起こすリスクでもあります。予期せぬ妊娠や性感染症、性暴力の被害者・加害者になることは、子どもたちの人生を根底から揺るがす重大な危機です。
性教育という「知識のライフジャケット」を渡さないまま、性情報や性的リスクが氾濫(はんらん)する現代社会に子どもたちを放り込むのは、あまりにも無責任ではないでしょうか。
避難訓練と同じように、事前にリスクを知り、回避する方法を学び、万が一の時にどこへ助けを求めればよいかを知っておくこと。それが性教育の本質であり、まさに「命を守る防災」なのです。
学習指導要領が「受精に至る過程は教えない」と目を塞いだところで、子どもたちの現実は待ってくれません。あえて教えない、と明文化しているはどめ規定は、子どもたちから防災セットを奪い取っているとも言えます。
もし、学校で正しい避妊の知識を学んでいたら。もし、「嫌なことは嫌と言っていい」「NO=嫌い、ではない」という確固たるメッセージを受け取っていたら。
防げたはずの望まない妊娠や感染症、そして心に深い傷を残す性的搾取は数え切れないほどあります。それを自己責任と片づけるのではなく、教育により次世代を守る社会の責任、と国にも認識していただきたいと、産婦人科医としては強く願います。
保護者も性教育を求めています
現代の子どもたちは、私たちが経験したことのないようなデジタル環境の中で生きています。スマートフォンを手にすれば、小学生であっても容易にポルノグラフィにアクセスできてしまいます。
また、SNSの普及により、見知らぬ大人と簡単につながることができ、グルーミング(手なずけ)による性犯罪被害や、同意のない画像・動画の拡散(デジタルタトゥー)といった新たな脅威にも常にさらされています。
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こうした脅威から子どもたちを守るためには、生物学的な生殖の仕組みだけでなく、SRHR(sexual/reproductive health&rights:性と生殖に関する健康と権利)に基づいた包括的な性教育が不可欠です。
「自分の体は自分だけのものであり、誰にも傷つけられたり、不快な触られ方をされたりする筋合いはない(身体の自己決定権)」
「どんな関係性であっても、性的な接触にはお互いの同意が必要であり、同意のない行為は暴力である」
こうした価値観を幼少期から繰り返し学ぶことで、子どもたちは自分が被害に遭ったときに「これはおかしい」「自分は悪くない」と気づき、声を上げることができるようになります。同時に、無意識のうちに加害者になってしまうことを防ぐこともできます。性教育とは、単にセックスについて教えることではなく、自分と他者を等しく尊重する「人権教育」そのものなのです。
最近の調査では、子どもたちも保護者も学校での性教育を求めている実態が明らかとなっています。現在でも、目の前の子どもたちを救いたいという熱意ある教師たちが、学習指導要領の枠組みの中で工夫を凝らし、外部の医師や専門家を招いてギリギリの範囲で性教育を実践しています。
しかし、それはあくまで「個人の情熱」に依存したものであり、地域や学校によって子どもたちが受けられる教育の質に大きな格差が生じてしまっています。
踏み込んだ内容を教えることで、一部の保護者や政治家からバッシングを受け、教師が謝罪に追い込まれるような事態が過去にあったため、「クレームがきたらどうしよう……」と萎縮してしまう学校があるのも無理はありません。
このような教育現場の孤立と疲弊を防ぐためには、国が責任を持って学習指導要領を改訂し、「はどめ規定」を明確に撤廃する必要があります。
「教えなくてもよい」「教えてはならない」という後ろ向きのメッセージではなく、「すべての子どもに包括的な性教育を保障する」という国からの強力な後ろ盾があって初めて、教員たちは安心して、子どもたちが生きていく上で必要な知識を教えることができるのです。
性教育は、性的な情報が氾濫し、多様な価値観が交錯する複雑な社会において、自分の心と体を守り、他者を尊重し、防げるリスクを回避して人生を歩んでいくための「必須のサバイバルスキル」です。
子どもたちの命と未来を守るために、時代錯誤な「はどめ規定」を撤廃して、誰もが科学的で包括的な性教育を受けられる社会へと舵を切るべきです。
次期学習指導要領改訂にあたって、まだ間に合うのか、もう間に合わないのかは分かりませんが、私たち一人ひとりがこの問題に関心を持ち、子どもたちを守るために、教育のアップデートを求める声をあげていきませんか?
















