
crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #18
行政、政治、公衆衛生、臨床医が集い「日本の周産期医療の未来」についてこれまでになく深掘りしてみた
2025年6月28日、日本医療政策学会第1回学術集会が開催され、「日本の周産期医療の未来」というセッションに登壇しました。座長は小児科医でふらいと先生こと今西洋介先生(UCLA所属)、登壇者は小児科医で国立成育医療研究センター理事長の五十嵐隆先生、小児科医で参議院議員の自見はなこ先生、産婦人科医で厚労省の元医系技官の前中隆秀先生と私でした。

日本の周産期医療が大きな課題を抱えていることは広く認識されていることと思います。医療政策のために作られた学会という場で、臨床、行政、政治、公衆衛生という多面的なの視点で議論され、これまでになく濃く、突っ込んだ内容となりました。今回は、こちらのセッションの内容を私の視点からまとめてお伝えします。
日本の周産期医療の特徴
日本は妊産婦死亡率、周産期死亡率ともOECD諸国の中でトップクラスに低く、世界一安全に出産ができる国と言っても過言ではないでしょう。そのため「安全で当たり前」という認識が広まり(SNSでも「出産で滅多に死ぬことはないから、命懸けではない」という発言が物議を醸したことがありましたね)、何か不幸な事例があった場合、「医療ミスではないか」という論調になり、現場の心が折れる原因ともなっています。
近年では高齢出産の割合が増加しており、また低出生体重児の割合が諸外国に比べて高くなっています。病院だけでなく、有床診療所(いわゆる開業産院)が出産場所として多くなっています。296箇所の地域周産期医療センターと、112箇所の総合周産期医療センターが配置され、ハイリスク症例に対応する体制となっています。
入院日数は諸外国に比べて長く、出産に加えて産後ケアも一部含まれていると言えます。

このままでは出産施設は空白地帯だらけ
ここ15年で、分娩を扱う病院・診療所は16%減少しています。主な原因は産婦人科医の人手不足と考えられます。出産は365日24時間の緊急対応が必要です。小規模な開業産院が薄く広く配置されているため、産院の数が多い分、夜間休日に対応する延べ人数が多くなります。そこへ2024年度から始まった医師の働き方改革(抜け道も多い制度のようですが)と、急速な出生数の減少が相まって分娩施設は減少の一途となっています。
もしも2026年に予定されているとされる出産費用の保険適用が実行されれば、医療機関の58%が「分娩の取扱い中止を検討している」とする調査もあり、立ち枯れるように出産する場所は減っていくことが予想されます。
出産費用の保険適用については、こちらもあわせて読んでください。
出産費用の無償化は素晴らしいが、保険適用はやめた方がいい理由
「母子の命を守るコスト」が制度に見合っていない
現在一人当たり出産育児一時金が50万円支給されています。しかし、ハイリスク妊婦への対応には一人当たり140〜150万円のコストがかかり、大阪府のデータでは、150〜200人に1人が死亡や重篤な状態に至るリスクを抱えているという話も出ました。保険適用になったとしても50万円を大きく超えることはないと予想されており、ハイリスク妊婦や命に関わる重症例を多く診れば診るほど、医療機関の赤字は膨らむということになります。今の構造では、医療者が責任を果たすほど経営が逼迫するという矛盾を抱えているのです。
新生児医療も長時間労働と赤字ありきの現状
新生児科医は全国に約3,000人でこの20年増えておらず、地域差も大きい。出生数は減っていても赤ちゃんの出生体重は減り続けており、極低出生体重児(1500g未満)・超低出生体重児(1000g未満)の割合は増え、入院期間は長期化しています。医師の長時間労働も問題になっており、新生児科医だけでなく小児科医も新生児医療に従事してようやく現場を回している状況です。
小児医療は診療報酬が低く、NICUのある多くの病院は公立で、一都道府県あたり数十億単位の赤字補填をおこなっているところもあるとのことでした。赤字補填を受けなければ成り立たない診療報酬制度というのは明らかにおかしいですし、持続可能とは言えません。
集約化しかないのは誰もがわかっている
少子化が急速に進んでいる現状で限りある医療資源(医療のヒト・モノ・カネ)を有効に活用するためには、このため、集約化が叫ばれており厚労省の医療計画にも入っているとのことです。
セッションではアメリカやフランスの周産期の計画的集約化の研究が紹介されました。アメリカの二つの研究では母子の健康に問題はないものの、フランスでは自宅から病院まで30分以上かかると新生児に有害事象が増えるという結果で、分娩施設が減っていく場合に計画的に集約化していく必要性が指摘されました。(第8次医療計画に向けた周産期センターの集約化・重点化と周産期医療を担当する医師の確保・専門教育に関する研究によると、全国の主要分娩施設は、北海道、岐阜、京都の一部地域、離島を除き、総合周産期母子医療センターならびに条件を満たす地域周産期母子医療センターから新生児搬送救急車60分以内でカバーできていたとのことでした。)また、集約化したのち、もともとの分娩施設で産後ケアを行うなどのアイデアも示されました。
私が「これだけは」と言わせていただいたのは、各分娩施設が持ちこたえられなくなって閉鎖していき、立ち枯れていくことを「集約化」と表現するのは違うということです。国がグランドビジョンを示し、その結果アクセスが悪くなる地域や自治体に対して理解を求め、批判を浴びるのも国が行うべきだと思います。
当然それをすべき段階なのに、それが示されないまま立ち枯れていくのに任せていて、空白地帯が多数出る結果となっているのは、国が悪者になることから逃げているのではと思ってしまいます。「この地域ではお産ができなくなりますが、ご理解をお願いします」と言わずに、「また医療関係者が堪え性なく立ち去っていった」という体にされているように感じます。
周産期医療体制維持のお財布はどこから?
現在の出産一時金は50万円。年間70万人分とると総計3,500億円。これを70万円にすれば産院の93%が黒字化するそうです。追加で1,400億円が必要になります。これを医療費や社会保障費でまかなうには限界があり、どこを削るかという議論になってしまいます。
出産や子育てに関する費用は「社会の未来への投資」として、別の財源から支える設計が必要だとの発言がありました。それを怠れば、産みたい人が産める医療体制も、健やかに育てられる環境も維持できないでしょう。
「安全で当たり前」ではない現実を、どう伝えるか
私はこれまでメディアなどを通じて妊娠出産のリスクや医療の不確実性、医療資源の限界などについて発信してきましたが、「世論の理解を得ることがいかに重要か」を日々痛感しています。
2000年代後半には、福島大野病院事件、大淀病院事件、墨東病院事件などをきっかけに、メディアが医療を責め立てたことが引き金になり(大野事件では逮捕という衝撃もありましたが)、多くの周産期医療従事者の心が折れて現場から去っていき、周産期医療崩壊となりました。
今回のセッションで私たちが共有したのは、「第二の周産期医療崩壊が起こりかねない」という明確な危機感です。不便になったり不幸な事例が起こったからといって現場を責めたり、分娩費用が上がったら「便乗値上げ」といって悪様に言ったりする報道や世論は絶対にプラスにはなりません。
医療体制にしても費用面にしても、あらかじめ国が今後のビジョンを根拠とともに示し、解像度を上げて理解してもらえるように丁寧に説明していただきたいと思います。社会が表層だけでなく仕組みまで理解しなければ、理不尽に現場が責められることはなくならないでしょう。
母子ともに安全なお産を、経済的に不安なくできる社会の実現できるように、周産期医療を誠実に行うことで医療機関が赤字にならずに経営していけるように、やる気のある医療従事者が燃え尽きずに現場にいつづけられるように、医療政策学会の場での深掘りされた議論が政策に反映されるように切に願います。
宋美玄
丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。