プレコンセプションケア 相談員 プレコンサポーター

crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #09

こども家庭庁が「プレコンサポーター」を養成と発表。誰でもなれるってどうなの?プレコンセプションケアとは妊娠前提の健康管理?

企業や自治体などで情報発信・啓発を行う「プレコンサポーター」を新設

今回のニュースピックアップは、子ども家庭庁がプレコンセプションケアの認知向上のため、5万人のサポーターを養成するとのニュースです。

 

【性や妊娠の知識普及へ5万人養成 政府、初の5カ年計画】(日本経済新聞電子版)

 

記事の概要は以下です。
5月21日こども家庭庁が「プレコンセプションケア(妊娠前の健康管理)」に関する初の5カ年計画案をまとめたと発表しました。
 

今後5年間で企業や自治体などで情報発信・啓発を行う「プレコンサポーター」を新設し、5万人を養成する目標を掲げました。「プレコンサポーター」は学校や企業、自治体などで行うセミナーを受講、研修すれば、資格の有無を問わず、誰でもなれるもので、保健師、養護教諭、企業の人事担当者などが対象として想定されているとのことです。
 

これは、30代以下の「プレコンセプションケア」の認知度を80%に引き上げることを目標にしたものです。
 

また、基礎疾患のある人向けに専門相談できる医療機関を200以上に増設する目標も明記されました。

 

プレコンセプションケア推進5か年戦略を踏まえた支援体制
出典:こども家庭庁公式X

「プレコンセプションケア」と「SRHR」の違いは?

このニュースに対し「そのようなサポーターを養成するより、助産師や医師などの専門家に教えてもらう方が良い」「予算を別のところに使ってほしい」などの批判的意見が多く見られました。(私もその1人です)
 
「プレコンセプションケア」という言葉を聞きなれない人も多いかと思います。プレコンセプションケアは「以前の」を意味する接頭語「pre」と「妊娠」を意味する「conception」を組み合わせた造語で「将来生まれるかもしれない赤ちゃんの健康を守るために今から対策を講じること」に焦点を当てた生殖可能年齢の人々の健康に関するケア一般を指します。
 

記事中では、避妊、不妊治療、婦人科がん、ダイエットといったテーマを含むとされています。 
 
このメディアcrumiiの実現したい概念、「SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」とどう違うのかなと思われた方もいらっしゃるかもしれません。
 

「プレコンセプションケア」と「SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」は、どちらも性や生殖に関する健康を支える重要な概念です。対象はいずれも、生殖可能年齢にあるすべての人々。妊娠を希望するかどうかに関係なく、正しい知識と医療へのアクセスを通じて健康を守るという点で共通しています。
 

しかし、この2つの考え方には明確な違いがあります。プレコンセプションケアは「ケア」の名の通り、将来の妊娠や出産に備えて心身の状態を整えるという、健康管理に主眼を置いた考え方です。少子化対策とも親和性が高く、大義名分が認められやすいため、国の主導で進めやすい一面があると言えます。
 

一方、SRHRは「一人一人の健康と権利」を軸に据えた概念です。産む・産まない、いつ・何人産むかを自分で決める自由や、それに必要な情報や医療へのアクセスを保障することを目的としています。つまり、性や生殖に関する選択を「自分の意思で決めること」が何よりも重視されているのです。
このように両者には共通する部分と相違する部分があります。
 
プレコンセプションケアはときに、国家が「将来子どもを産め」というメッセージとして行っている受け取られることがあります。言葉の意味を考えると当然のことですね。ですが、私は個人的にはそのように認識はしていなくて、「もしも将来子どもを産みたいと思った時に、少しでも健康上不利にならないように」、将来の選択肢を大切にするためというコンセプトだと思います。
 
プレコンセプションケアは厚労省が推進してきたものですが、もしも文科省が真っ当に性教育を進めて来れたら、かなりの部分が不要だったのではないでしょうか。逆にいうと、文科省管轄で性教育がなかなか進まないので、厚労省が健康のケアという名目でその役割を果たしている側面が大きいと思います。
 
今回の「プレコンサポーター」養成について、「そんなものよりも、学校で性教育をおこなうべき」という批判も数多く見られ、非常に真っ当な意見だとは思うのですが、それができたら世話はないわけで、苦肉の策だと私は捉えています。

大切なのは性と生殖に関する知識を多くの人が持ち、自分の人生をできるだけ主体的に生きるようになること

性や生殖の適切な知識が広まり、多くの人が「知っていれば違ったのに」という経験をせずに済み、自分の人生の選択をより主体的に行うことができるようになれば、どのような形であっても喜ばしいことです。
 
ですが、無資格の人たちが講習や研修を修了したからといって、今度はその人たちが「伝え手」になるというのは安易に感じます。私は医師として診療や性教育に携わっていますが、医師や助産師などの国家資格を持った人は、かなりのボリュームの教育と研修を受け、国家試験に合格しています。その上で、経験を積んで人を教える立場に立っています。性と生殖に対する知識や権利の概念は専門的なものです。過去には性教育や命の教育に関し、スピリチュアル系や教える側の承認欲求が滲み出た底の浅いものや、ビジネス化したものがが横行しました。どのような講演や研修を行う予定かはわかりませんが、怪しい人に国のお墨付きを与えることになるのではと危惧してしまいます。
 
そもそもプレコンセプションの「認知向上」が目的ならば、セミナーを受けてもらうまでにすればいいと思います。教える側の立場に立つのは現状の助産師や医師でいいのではないでしょうか。これからお産が少なくなってきて、時間が取れる助産師や産婦人科医師も増えてくることでしょう。現在、助産師や医師などが外部講師として学校で性教育講演を行う際、その報酬は実は非常に安いものです。ボランティア同然ではなく外部講師として仕事を引き受けることでちゃんと生活できる報酬であれば、成り手はもっといるはずです。
 
プレコンセプションケア自体は必要なことだと思いますが、大切なのは「プレコンセプションケア」の「認知向上」ではなく、性と生殖に関する知識を多くの人が持ち、自分の人生をできるだけ主体的に生きるようになることではないでしょうか。本質でない「認知向上」のために「サポーター」を養成する予算をつけるよりも、できることがあるのではと問題提起していきたいです。

 

宋美玄

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

 

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