
「セクシュアルプレジャー」の話をしよう #04
セルフプレジャーは「素敵なこと」だから、したほうがいい? キラキラした情報発信に潜む危うさ
女性のセルフプレジャーについて語ることが、ここ数年でだいぶ身近になってきたと感じます。WEBメディアで記事を目にすることが増えましたし、SNSを中心にインフルエンサーや個人が発信するのも多く見ます。リアルな声から、「みんなしてるんだ、おかしなことじゃないんだね!」と安心感を得る人が少なからずいるというのは、歓迎すべき流れでしょう。
フェムテックからの影響も、考えられます。フェムテックとは、Female(女性)+Technology(技術)の造語で、女性の健康課題をテクノロジーで解決しようという分野です。最初に提唱されたのは2013年ドイツにおいて、日本で広まりはじめたのは2019年前後だったと思います。この分野を扱う企業が増え、展示会が定期的に開かれるようになりました。
●オープンに語られるようになったけど
月経関連や、“フェムケア”といわれる性器まわりのケアアイテムが主流ですが、より充実したセクシュアルプレジャーを得るためのアイテムも、この分野の一角を占めています。本来ならテクノロジーをもっとも発揮できる分野のはずで、海外では最先端技術を搭載したプレジャーアイテムが続々と開発されていますが、日本ではちょっと脇に置かれている印象です。
※そうしたプレジャーアイテムについても、いずれこの連載で紹介します!
ひと昔前、いえ5年ほど前と比べても格段にオープンな雰囲気になったと同時に、新たな懸念も生まれています。それは、しばしば「セルフプレジャーは素敵な行為」と謳われることです。
このコラムには、セルフプレジャーをオススメする目的があります。しかしそれは、したい人がそうすればいいだけのこと。したくない人、必要を感じない人には、常に「しない」選択肢があることを忘れてはなりません。
●有名人が「みんなしようよ!」
素敵な行為であるという発信には、「恥ずかしいと思う必要はないよ! 積極的にしよう」というメッセージが込められていると感じます。実際、「素敵なことだから、みんなしようよ!」と著名人が呼びかけているのを見たこともあります。たいへん明るく前向きな発信で、それを受け取ってセクシュアルプレジャーへの意識が変わった女性もいるでしょう。
その一方で、こうしてキラキラをまとえばまとうほど、さまざまな理由から性に積極的になれない、あるいは恐れがある人たちにとっては、メッセージの存在自体がツラいものになってしまうと思います。
この「セルフプレジャーは素敵な行為」には、かつて某女性誌が提唱していた「セックスできれいになる」と同じにおいがします。
●そのキラキラは必要ですか?
そっか~女性はセックスできれいになるんだ! つまりこれは素敵なことなんだ! というのがエクスキューズとなり、タブー意識を払拭して、積極性を獲得できた人はきっといたと思います。でもこれは、セックスはきれいになるためのものである、セックスとはきれいなものである、という考えに容易に変換できてしまうキャッチフレーズです。
セックスもセルフプレジャーも、素敵じゃなくていい。それよりも、日常のなかで行われる、特別ではない、ごく自然な行為であってほしい。キラキラトッピングは、むしろ邪魔です
男性に「セックスでかっこよくなる」「セルフプレジャーは素敵な行為だから、全男性しよう!」という呼びかけがないことを、考えてほしいと思います。キラキラなメッセージは、女性にまた新たな性の規範(セルフプレジャーすべきだよ!)を押し付けることになりかねませんし、また、女性を消費に駆り立てます。セルフプレジャーのために、このサービスを利用しましょう、これを買ったほうがいいです、というサジェストがつきものなので、注意が必要です。
セルフプレジャーは、自分ひとりの空間で、自分だけのために行うものです。誰かに利用されていいものではありません。
●だらしなくていいのです。
その時間と空間を“素敵”なものにしたい人はそうすればいいけど、そうでなくてもまったく構わない。だらしない部屋着のままでいいし、そのまま寝落ちしてもいい。今日はむしゃくしゃしたことがあったから忘れるためでもいいし、無性にムラムラするからそれを解消するためでもいい。それ以外の意味付けは不要です。
他者の視線や評価がない、またはそれらを気にしなくていいーー素の自分でいられる時間と空間が、セルフプレジャーには不可欠です。
そのときに思い浮かべる性的ファンタジーや、性的興奮を高めるために見るコンテンツなども、素敵である必要はありません。人が知れば眉をひそめるかもしれない内容や、倫理的にどうかと思う内容でも、自分の性的興奮の燃料となるなら、それは間違いではないのです。
●みんなの「オカズ」は?
コンドームメーカー「JEX」による2024年の調査では、「マスターベーションのとき主として使う『オカズ』はなんですか」という問いに、男性は圧倒的多数が「アダルト動画」と答えたのに対し、女性の回答でもっとも多かったのは「特にない」でした。
特にない……エロティックな妄想ナシでも、フィジカルな刺激によって興奮が高まり、満足を得られるということでしょうか。「妄想のみ」が女性全体の3位なので、この「特にない」は、性的ファンタジーを思い浮かべたり過去の体験を思い出したりということもなく、ほんとうに何も思い浮かべないことを指しているようです。
それで十分に興奮も満足も得られているのであれば、その人にとってはそれが適切な状態なのでしょう。セルフプレジャーを楽しむのに、正解も不正解もありません。
●妄想と現実を区別する
女性でも2位は「アダルト動画」で、若い年代ほど視聴しているのがわかります。2010年代になってから「女性向けAV」というジャンルが登場しました。現在もコンスタントに作品をリリースしていることから、確実な需要があるとわかります。
けれど女性が必ずしも「女性向け」を観ているとはかぎりません。日本の一般的なAVには、現実離れした描写や、暴力的な内容もあることはよく知られています。でも大人がそうと承知したうえで楽しむこと自体は、他人にとやかく言われるものではないでしょう。
「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」は包括的性教育を実践する人向けの教科書のようなものですが、ここには、12-15歳に向けての学習目標として「性的な気持ち、ファンタジー、欲望は自然なもので、一生を通して起きるものであるが、人は常にそれらの感情を実行に移すことを選択でするわけではない」とあります。

●人それぞれのセルフプレジャー
ファンタジーとして性的興奮を喚起するものと、現実とは、ちゃんと区別しましょうーーこれはほんと、大事ですよね。それさえできていれば、どんなファンタジーでも妄想でも、それがキラキラしていなくても、他者からみればえげつないものであっても、自分のなかにとどめておくぶんには何ら問題ない、というメッセージも読み取れます。
だいぶ前の話ですが、ある女性作家とトークイベントでお話したとき、その方にとっての性的ファンタジーは「過去のセックス体験」だとうかがいました。関係をもった男性たちとの思い出は「つくりおきの惣菜」のようなもので、小分けにしてタッパーに入れておき、そのときどきで食べたいものを取り出すのだ、と。
作家らしい表現に感動するとともに、実に人それぞれだなぁ!と思わされました。
セルフプレジャーにおいては時間、空間、感覚だけでなく、ファンタジーも空想もすべて自分だけのものであり、他者からは不可侵の領域です。それを大切にすることは、自分を大切にすることだといえます。
三浦 ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。