「セクシュアルプレジャー」の話をしよう #10
「愛=セックスOK」という思い込みが奪うもの 本当のプレジャーへの近道とは?
某女性誌では、恒例のセックス特集号で「愛とセックス」をキャッチフレーズにしています。愛情を互いに確認し合うセックスでプレジャーを得る──これがすばらしい体験であることにはまったく異論がないのですが、毎年毎年くり返し強調されると、「要注意だぞ」と思います。
セクシュアルプレジャーを妨げるものはいくつもありますが、今回は、そのひとつに「愛とセックス」のパッケージ化がある、つまり両者が切り離せないものとして扱われていることについてお話しします。
拒んだら、愛情が疑われる?
こんなことを言われた、または自分自身もそう思っている女性は、少なくないのではないでしょうか。
「愛しているんだから、セックスするのは当然」
「愛しているのなら、求められて拒むはずがない」
本当はNOを言いたいのに、そうできない。拒めば自分の気持ちが疑われるようで、あるいは相手を傷つけたり怒らせたりしそうで、応じてしまう。行動を縛る、呪文のようなフレーズです。
ここでの「愛している」は、ライトな脅しと言っていいと思います。それをチラつかせて、相手から性的同意を引き出しているのですから。
性的同意とは、キスやセックスといった性的な行為に対して、お互いのYESを明確に確認し合うことです。
2023年の刑法性犯罪規定の改正によって、ようやく日本の法律にも「同意のない性行為は犯罪として処罰される」という基準が組み込まれました。
これはすんなり決まったわけではまったくなく、改正をめぐる議論において、専門家からも「日本には性的同意を明確に確認する文化がない」という指摘がたびたびありました。根づいてないなら、これから根づかせればいいだけじゃんと思いつつ、「文化がない」という指摘については否定できないとも感じました。

同意をあいまいにする文化
性的同意なんて、習ったこともない。それどころか、漫画やドラマなどの創作物を通じて、セックスとは、なんとな~く“そういう雰囲気”になって、なんとな~くはじまるものだと刷り込まれてきました。言葉で確認し合うのは無粋であり、しらけるだけ。なんなら強引に押し倒すぐらいのほうが情熱的……なるほど「文化」です。
「愛とセックス」がパッケージ化されると、同意の確認は不要になります。「恋愛関係になる→セックスする」「結婚する→セックスする」と、ほぼ自動的に事が運ぶからです。
当たり前になってしまっていることに疑問を抱くのは、案外むずかしいものです。自分がNOを言っていいという発想がなくなり、「愛しているし、愛されているんだから」と自分に言い聞かせ、受け入れる。こうなると相手には「YES」にしか見えず、愛情をチラつかせれば同意を引き出せるんだ、と成功体験を重ねていくことになります。
でもちょっと考えれば、愛とセックスは実際のところ不可分ではないと、わかりますよね。いくら愛情があってもしたくないときはしたくない。もちろん、愛とプレジャーも別々のもので、どんなに愛している相手とのセックスでも、知識不足で間違った触れ方をされれば、そりゃ痛い。
一方で、特別な愛情がない相手とでも同意のあるセックスはできるし、それによってプレジャーを得ても、何らおかしいことではないでしょう。ほんとはしたくないセックスにいやいや応じるよりも、自分が積極的なぶん気持ちよくなれる可能性だってあります。
「今日はここまでにしたい」を言える関係
相手がNOを言えない状況では、そもそも同意は成立しないし、一度YESを言ったからといって、そのあとずっとYESでいなければならないということもありません。セックスがはじまってから、「やっぱり今日はここまでにしたい」「これはイヤだ」と感じることは、いくらでもあるはずです。いちいち理由を説明しなくてもいいし、空気を読まなくてもいい。いつでも中断できる。それが、同意の“基本のキ”です。
かといって、セックスの途中で一つひとつの行為について「これはOK?」「これは?」と厳密に確認し合わなければならない、というものでもないと思います。「いつでもNOを言っていいし、言われた側はすぐにそれを受け入れる」とお互いが心得ていれば、同意は守られます。
「同意ってめんどくさいな」という人もいるでしょう。これまで愛とかナントカいって同意をちょろまかしてきた側は、特にそう感じると思います。
「愛とセックス」パッケージでもうひとつ厄介なのは、NOを言われる→愛情を拒絶された→自分が否定された、となりがちなところです。「いま、セックスしたくない」はその人の状態、つまり欲求や気分、体調の話でしかなく、「その触れ方はイヤ」は触れ方の問題でしかありません。
それなのに愛情をチラつかせてセックスに持ち込まれたり、強引な触れ方をつづけられたりしたら、気持ちはかえって冷え込むでしょう。「拒絶すれば相手が傷つくかも」と思って受け入れていた側にも、限度があります。度重なれば愛情は薄れ、この人としたくないと思うようになるのは、自然な流れです。

愛情とセックスをつなぐ、ひとつのライン
なぜなら、そこに尊重がないからです。それがないかぎり、いくら愛情を並べ立てても、甘いことをいっても、口先だけということがいずれわかります。相手のNOを尊重する気がなければ、同意を確認するステップは不要です。自分の欲望を優先させるため、NOを事前に封じておきたいはずです。
愛情とパッケージ化すべきは、「尊重」だと思います。そうすれば、おのずと「愛情ー尊重ー同意ーセックス」のラインができるでしょう。ひとつも面倒なことはありません。
そして、なんと安心感のあるラインでしょうか。相手をないがしろにして、ひとりで勝手に気持ちよくなっても、それはプレジャーとはいえないものです。尊重されているという実感、NOを言っても受け入れられるという信頼感……これを、言葉と態度でたしかに共有することが、プレジャーへのいちばんの近道だと言えます。
三浦 ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。















