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排卵検査 フェムテック スマホ

男性産婦人科医・重見大介が伝えたいこと #15

唾液で手軽に排卵検査ができるようになるかも?最新のフェムテック動向を解説

 

排卵日がわかれば、妊活にも避妊にも役立ちますが、尿検査キットだけでは手間がかかりますし、特に月経不順や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)がある場合に使いにくいと考えられています。

そのような課題を克服するため、唾液の結晶パターンをスマホで撮影しAIで解析する新しいフェムテックの実証研究が進められているようです。確かに、尿検査よりも唾液を使う方が簡単ですし、ホルモン濃度に頼らなくてよければより精度を高めたり安定させたりできるかもしれません。

本記事では、最新の研究論文をもとに、この新しい技術について期待できる点と注意点をわかりやすく整理し、産婦人科医としてのフラットな意見をお伝えします。ぜひ最後までご覧ください。

排卵予測 生理周期
(photo: PIXTA)

尿検査だけじゃ難しい、排卵予測の課題

排卵検査薬の多くは、尿中のLH(黄体形成ホルモン)の上昇をとらえて「そろそろ排卵しそうだ」と予想します。

月経周期が比較的安定した人では使いやすい一方で、月経不順や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)がある人では、LHが高めの状態が続いたり日々変動が起きやすかったりして、排卵検査キットを使っても「ずっと陽性っぽい」「いつ本当に排卵するかわかりにくい」ことがあります。
結果として、予定が立てづらく、気持ちの負担が増えることもあると指摘されています。

こうしたことから、尿中のLHを検査する以外の方法(別のバイオマーカー、超音波・採血など)を組み合わせた「新しい排卵検査法」のニーズが世界的にあるんですね。

*排卵がどういうものかについては以前の記事で解説したので、併せてご参照ください。
“排卵”ってどんなもの? わかりやすく徹底解説します

唾液でどうやって排卵時期を予測するの?

「唾液で排卵しそうかわかるの?」と驚くかもしれませんが、ポイントは「エストロゲン(卵胞ホルモン)の変化」です。

排卵が近づくと、体内ではエストロゲン濃度が上がり、唾液中の電解質(特に塩化ナトリウム)やタンパクの状態が変化します。その結果、唾液を乾かしたときに「シダの葉のような結晶(ferning)」が現れやすくなる、という現象が知られています。

この変化は、排卵の数日前、つまり「最も妊娠しやすい期間」と重なる可能性があり、これを客観的かつ正確に判定できれば、LHに頼らない排卵予測のヒントになり得ます。

ただ、従来は、この「シダの葉のような結晶」を顕微鏡で目で見て判断することが一般的で、精度のばらつきが課題でした。
実際、現時点でも唾液で排卵予測をするための機械やキットは存在していますが、そこそこ大きい機材が必要で持ち運びは難しいですし、あくまでも自分の目で見てチェックする必要があるため、正確性や安定性に課題があるという状況です。

そこで、これらの課題を解決し得るテクノロジーとして「スマホ」と「AI(人工知能)」に注目が集まりました。

スマホ×AIを用いたフェムテック:この研究の狙いと内容

今回紹介する研究論文(文献1)は、唾液中の「シダの葉のような結晶」をスマホで撮影した画像として集め、将来的にAIがパターンを判定できるようにするための「土台づくり(実行可能性の検証)」を目的に実施されたものです。

よって、唾液による排卵予測の「精度」(感度・特異度、排卵日との誤差など)そのものは評価されていません。

スマホ AI 排卵検査
文献1より引用。この研究で用いられた「乾燥後の唾液」をスマホで撮影するための専用デバイス。参加者が唾液を採取して約10分乾かした後にチップをデバイスのスロットに差し込み、スマホの前面カメラ位置に合うようデバイスを装着して、専用アプリから画像をアップロードする仕組み。

研究の実施地域は米国マサチューセッツ州で、参加者の募集は2023年2月から10月にかけて、Massachusetts General Hospital(MGH)の患者向けポータルおよび研究募集サイトを通じて行われました。
論文はJournal of Medical Internet Research(J Med Internet Res)に2025年8月5日に掲載されました。

研究参加者は毎朝、歯みがきや飲食の前に唾液を採取し、チップ上で乾かして撮影・アップロードしました。さらに月経周期10日目からは尿中LHも測り、一定条件を満たすと採血(血清プロゲステロン)で排卵の確認も行いました。

AIの役割は、画像内の情報を速く・一定の基準で評価し、身体的な個人差も踏まえた「自分にとって調整された判断や情報提供」に近づけることでした。

研究では、7130通の研究リクルート用のメッセージが送付され、メールで79名(1.1%)から返答があり、研究募集サイト経由では54名から関心ありと返答されました。うち、本研究参加に適格だと判断されたのは69名(51.9%)で、適格者のうち同意が得られたのは55名、ベースライン調査が完了できたのは43名でした。

ただ、実際には研究を進めるのがかなり難しかったようです。
離脱者は19名(44.2%)と多く、理由は「月経が不規則すぎて研究内の指示に合わない」「妊娠した」「転居した」「時間がない」「排卵がないことを観察するストレス」などでした。加えて「追跡不能」(本人と連絡が取れなくなった)も多かったようです。

そして、ベースライン調査完了者43名のうち、想定されていた調査を全て完遂したのは7名だけだったようです。

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結果を見ると、月経周期がある人ではきちんと検査が難しい・研究参加自体が精神的に「萎える」と感じた人が多かったようです。
唾液採取の手順はだいたい理解された一方で、毎日採取する負担は人によってできる・できないがわかれ、旅行時にキットを持ち運べない等の意見が挙がっていました。尿検査は衛生面・時間面で不便と感じる声もありました。

以上を見るだけでも、「スマホ×AIを用いたフェムテック」と言っても、データ集めの土台となる段階の実証研究でさえそう簡単にいかないことがわかりますね。
ただ、こうした積み重ねをきちんと経て検証し、論文としてうまくいったこともいかなかったことも報告することが、科学的知見の積み重ねになりますし、透明性を高めるプロセスとしてとても大事になるのです。

研究結果から見えた「実用化の壁」

この論文が興味深いのは、「うまくいきそうな技術か?」だけでなく、実際に生活の中で続けられるかを丁寧に見ている点です。厳しくコントロールした理想的な環境で「こんなにうまくいきました!」という結果を報告する論文も多いのですが、これはあくまでも「理想的な環境で」という条件下であり、現実社会に実装できるかには大きなギャップが往々にしてあります。

前述の通り、今回の研究参加者の離脱は少なくありませんでした。
技術面でも、アプリからの通知が有効に働かない、端末の時刻ズレ、アプリのクラッシュ、撮影用デバイスが脆い、といった問題が報告されています。
これらが解決しない限り、そもそも唾液による検査の精度を確かめる大規模な研究実施は難しいでしょうし、どんなに新しい有望な技術も現実社会で普及することはありません。

フェムテックには「正確さ」だけでなく、続けやすさ・使いやすさ(UX:User Experience)とサポート体制が求められ、これらが実用化の鍵なのだと実感しますね。

フェムテック スマホ UX
(photo: PIXTA)

フェムテックを賢く使うコツ:期待と限界、受診の目安

唾液×AIの排卵予測は、将来的に「自宅で可能・低コスト・結果がわかりやすい」手段になり得るのでは、と個人的には思っています。一方で、現時点では研究段階の要素もまだ多く、これだけで診断や治療方針を決められるツールではありません。

もし実用化されるようになったとしても、(現時点での私見ですが)使う場合には次のようなスタンスが安全ではないかなと思います。

・アプリの予測はあくまでも目安と考え、精度はどのくらいか、どんな人では不正確になりやすいか、結果の解釈をどう考えればいいのかを事前に確認する。
・こうしたツールに頼りすぎて医療機関の適切な受診が遠ざけられてしまうのは心配であり、月経が極端に不規則、無月経が続く、強い多毛・ニキビがある(PCOSを疑うサイン)、不安が強い、などの場合には早めに産婦人科へ相談する。
・サービス提供企業やツールにおける個人データの扱い(個人情報・共有範囲)も重要で、杜撰な利用規約やデータポリシーしか掲げていないベンチャー企業やサービスも少なくないので要注意。

「安い・便利そう・すごそう」だけでなく、医学的にも、自分自身としても、安心できるなと思えるものを選ぶことが、フェムテックとの上手な付き合い方と言えるでしょう。

*そもそも、女性の健康やフェムテックにまつわるデマ・誤情報にどう向き合うか、選ぶポイントは何か、などを私のニュースレター記事でも詳しく解説しています。ぜひご参照ください。
女性の健康やフェムテックにまつわるデマ・誤情報にどう向き合う?

 

今回は、最近の研究論文を踏まえ、唾液の結晶パターンをスマホ画像として集め、AIで排卵予測につなげるという新しいフェムテックの可能性を紹介しました。

一方で、「土台づくり(実行可能性の検証)」を目的とした研究の時点でさえ参加者の離脱が多かったことから、技術そのものの精度以前に「毎日続けられる負担感」「採血など通院のハードル」「アプリやデバイスの不具合」といった調査・実装面の課題が大きいことも明らかになりました。

今後は、採血検査を近場で受けられる仕組みや、アプリ等の操作を簡単にするUX改善、データ欠損を前提とした解析設計などが不可欠と言えるでしょう。

フェムテックは万能ではありませんが、適切な検証と改善を重ねれば、現在の医療体制・技術では解決できていないことを克服できる可能性を秘めています。
今回取り上げた「唾液による手軽な排卵検査」も、月経不順やPCOSなどを抱える「排卵予測が難しい女性」への選択肢を広げ得る技術として、今後の研究や続報を期待したいところです。

 

【参考文献】
1. Peebles E, et al. Digitally Enabled AI-Interpreted Salivary Ferning-Based Ovulation Prediction: Feasibility Study. J Med Internet Res. 2025 Aug 5;27:e73028.

重見大介

この記事の執筆医師

産婦人科オンライン代表

重見大介先生

産婦人科

産婦人科専門医、公衆衛生学修士、医学博士。産婦人科領域の臨床疫学研究に取り組みながら、遠隔健康医療相談「産婦人科オンライン」代表を務め、オンラインで女性が専門家へ気軽に相談できる仕組み作りに従事している。他に、HPV(ヒトパピローマウイルス)と子宮頸がんに関する啓発活動や、各種メディア(SNS、ニュースレター、Yahoo!ニュースエキスパート)などで積極的な医療情報の発信をしている。

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