
トンデモ産婦人科医列伝 #05
助産師発の偏った意見「無痛分娩は赤ちゃんを苦しめるもの」!?
当コラムは「トンデモ産婦人科医列伝」なるタイトルがついているが、今回は助産師の話だ。体験談を寄せてくれたのは、一児の母である40代のかなえさん(仮名)。10年ほど前、地方都市である地元へ里帰りして、出産準備を整えていた。
「今ならすごい批判されそうですけど(笑)、食事が美味しいと聞いたのがその産院を選んだ決め手です。もちろん地元で、信頼が厚かったのも大きいです。名の知られた産院でもあり、院長先生の腕は確かだと評判でした。強いて言うなら、院長先生はかなりご高齢なのが心配でしたが……他の医師も所属していましたし、私も親もそこなら安心だと言うので」
“ベテラン風ビュンビュン”の助産師とかみ合わない
産院では、どこの病院でも行う妊婦健診や、分娩や入院時の希望に関するヒアリングがあった。筆者が総合病院で出産したときも同様であったが、かなえさんの病院も、それを助産師が担当していた。
当時のかなえさんは、会社員。仕事はやりがいがあり、激務な時期もある仕事ではあるが、辞めることなど一切考えていなかった。しっかり働いて、子どもを育てたい。そう考えていたため産後は保育園に申し込み、できるだけ早いタイミングで仕事に復帰するつもりだと伝えた。ところが。院長の妻でもある、ベテラン助産師はこう言った。
「そんなのとんでもないことです!」
「赤ちゃんのためには、で・き・る・限り! 復職を遅らせるべきです」
赤ちゃんファーストな考えを理解できないわけではないが、その赤ちゃんを育てるのは自分なのにーー。そんな思いが頭をめぐり、納得できなかった。しかし、相手は”お産のベテラン”。めちゃくちゃ、反論しにくい空気であるのは想像に容易い。

無痛分娩は”赤ちゃんを苦しめる”もの!?
うーんとかなえさんがモヤモヤした気持ちを抱えたまま黙っていると、アンケートに記入した無痛分娩の希望についても、極端な見解を口にする。
「あれはね、赤ちゃんを苦しめる悪いものですよ!」
その理由は、遷延分娩になりやすく赤ちゃんを苦しめるかもしれないからだ、という話だった。それはもっともな指摘であるのだが、無痛分娩はもちろん、どんな分娩にもメリット・デメリットはある。実施できる施設でお産の条件が整えばであるが、どんな産み方を選ぶのかは当人の選択であるので、この場合は偏った価値観を主張しすぎている感じがある。
無痛分娩は、論議が複雑だ。
日本では昔から「陣痛の痛みに耐え、乗り越えてこそ母になる」という価値観の母性神話があり、減ってきたとはいえ令和の今も健在だということもある。かなえさんが出産したのは10年ちょっと前の話だが、その時は言うまでもないだろう。無痛分娩に批判的な意見はほかにも「体の声を無視している」「(赤ちゃんに対して)侵略的な行為だ」といったものもある。
かつて「悪いもの」とされた背景には、20年ほど前の無痛分娩が一度に投与する麻酔量が多く、今よりもデメリットが多かったという事情も関わるだろう。昔は強い麻酔によって、現在よりもいきみにくくなったり帝王切開になったりしたという。その一方で、新しい情報に接していてもなお、無痛分娩に否定的な意見は根強い。2024年に開催された第37回日本助産学会学術集会において、「“無痛”分娩で失うものを問う-赤ちゃん、ママ、社会の視点から-」という講演が行われ、炎上した出来事もある(不安や誤解を煽っていたので、当然である)。それを受けて主催から声明も出されたことは、騒動がそれなりに大きかった現れだろう。
ちなみに現在の一般的な無痛分娩における麻酔は、少量分割投与という方法が主流である。筆者も無痛分娩で出産したひとりだが、自分でカチカチボタンを押して鎮痛剤を投与できる「PCEA(自己調節硬膜外鎮痛)」というシステムの便利さにも、助けられた(押しまくった思い出…)。
今年頭には、こんな動きもあった。東京都で今年の1月、無痛分娩の費用助成制度を10月に始めると発表されたのだ。都道府県で初めての試みである。逆になぜ、無痛分娩だけなのだろう? 特定の出産だけ助成を出すのは、妊婦の選択肢を狭めることにつながると、方々で指摘の声があがった。東京助産師会からも、3月に東京都に対し「すべての出産に対して平等に助成を行う制度を整備することを強く求める」と声明が出された。産み方の選択=生き方の選択であるが、何かとバランスの悪い対応が目立つ、トピックスだ。

その“マッサージ”、必要ですか?
「そのほかには、母乳関係でも困らせられましたね。分娩後、既に乳首に母乳がにじんでいるのに、激痛母乳マッサージ。あれ、必要あったのかな……。甘いものは母乳が詰まるという指導もありましたね。臨月にオイルで会陰マッサージしろというものもあったけど、ただでさえ苦しい時期にそれをやるのは、かなり無理がありました。後に自分で調べるようになり、根拠のないことが多かったのを知り、脱力しています」
それから10年とちょっと。ありがたいことに、子どもは大きな病気もなく、すくすく元気に育っている。結果オーライ……ではあるのだが、当時のもやもやは今も胸の中にくすぶっている。
今回は「病院内の助産師による指導」の話であったが、「助産院」の体験談も数多く寄せられている。助産院では医療行為が扱えないため、民間療法的なものが増えてくる。「お迎え棒」※1に、「冷えとり健康法」※2。「白いものは体に毒」※3、「福島の物を食べてはいけない」※4などなど……驚きの指導には枚挙にいとまがない。それらの話はまた、次々回以降に。
【注】
※1「お迎え棒」
陣痛を促す効果を期待して、セックスを行うこと。一般に医学的根拠はないと言われているが、お迎え棒を説明する書籍などには「精液に含まれるホルモンが陣痛促進剤と同じような働きをする」などそれらしいことが書かれている。
※2「冷えとり健康法」
進藤義晴医師の考案した民間療法。シルクと綿の靴下を重ね履きして毎日半身浴をして毒を出し、頭寒足熱で健康になるというもの。
※3「白いものは体に毒」
精製された砂糖や塩はミネラルがとれず「自然」ではないので好ましくないという考え方。「小麦粉は体を冷やす」というものもある。
※4「福島の物を食べてはいけない」
2011年4月に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う、東京電力の福島第一原子力発電所で発生した原子力事故。農作物の放射能汚染の不安から、過剰に危険視する言説が出回り、風評被害の域にまで達しているものも少なくない。
山田ノジル
フリーライター。女性誌のライターとして美容健康情報を長年取材してきたなかで出会った、科学的根拠のない怪しげな言説に注目。怪しげなものにハマった体験談を中心に、取材・連載を続けている。著書『呪われ女子に、なっていませんか? 本当は恐ろしい子宮系スピリチュアル』(KKベストセラーズ)ほか、マンガ原作や編集協力など多数の作品がある。 X:@YamadaNojiru