出産 分娩 トラブル 羊水塞栓症

モデル・女優の團遥香さんが「羊水塞栓症」の経験を告白──いま改めて確認したい出産の安全性

今回のニュースピックアップは、モデルで女優の團遥香(31)さんが、昨年の出産時に羊水塞栓症を発症し、約8リットル出血したことを公表されたというものです。

 

「妊娠中は順調も」羊水塞栓症で死の淵をさまよった團遥香 出産で8リットルも血液失い「輸血があと少し遅ければ危なかった」

 

團遥香さんは昨年6月に第一子を出産されました。出産までは順調だったとのことですが、その後出血が止まらず、出産された産院から輸血の管をつながれながら、近くの大きな病院に搬送されたとのことです。

團遥香さんがかかったのは「羊水塞栓症」という、まれですが非常に重篤な病気です。
2〜5万人に1人という珍しい頻度で、分娩中や分娩直後に、羊水や胎児の細胞成分が母体の血管内に入り込むことで発症します。これにより、急激なショック状態や呼吸困難、意識障害などの症状が現れたり、大量に出血が起こったりします。

日本での母体死亡の原因の2~3割を占める「羊水塞栓症」

中でも恐ろしいのは、羊水塞栓が引き金となって、DIC(播種性血管内凝固症候群)という状態が引き起こされることです。DICは、体内で血液を固める仕組みが異常に活性化され、全身の細い血管内に血栓が多発する病態です。その結果、血液を固めるための成分(血小板や凝固因子)が消費され尽くし、必要なときに血が止まらなくなる状態になります。

この状態になった場合は輸血をはじめとした集中的な治療が必要となるため、大きな病院でないと難しい場合が多いです。


日本は世界一お産が安全にできる国と言って差し支えありませんが、それでも年間に数十人の方が残念ながら母体死亡に至っています。その2~3割が羊水塞栓によるものと推測されており、母体の命を危険にさらす病気と言えます。

予防法は特になく、早めの対応により運命が分かれることがありますので、出血が致命的に多くならない状態で輸血など適切な処置が行われることや、羊水塞栓症が鑑別すべき病気として医療従事者の頭に浮かぶことが大切です。また、出産する施設で対応が難しい場合に、タイミングを逸することなく高次医療機関に搬送されることも非常に重要です。

 

“出産は危険なものである”と伝えることの是非

團遥香さんは、出産から約1年間、生死をさまよう大変なことになった件を周囲の方にも言うことができなかったそうです。記事によれば、その理由は、「出産は危険なものであるということを伝えることで妊婦さんにストレスを与えてしまうのではないかと考えたから」とのことです。ですが、「私の経験が、誰かの役に立つのならば」という思いで、ご自身の経験の発信を始められたそうです。

確かに、本当に生死の境目におられた経験は妊娠中の方やこれから妊娠をするかもしれない方にとってはショックが大きいことだと思います。

現代の日本において、出産はおおむね母子共に安全に行われています。その中には、赤ちゃんの命を救うために帝王切開をしたり、吸引分娩や鉗子分娩で引っ張って出したり、お母さんの命を救うために、輸血や投薬、双手圧迫(腟とお腹の上から両手で子宮をマッサージして出血を少しでも抑える手技)、胎盤用手剥離(胎盤がなかなかはがれない場合に子宮の中に手を入れて胎盤を剥がして出す手技)などを行ったため、命や健康を失わずに済んでいる例も非常に多いです。それでも、まれですが、助けられない場合も現実にはあります。

 

”世界一安全にお産ができる国”だからこそ起きる矛盾も

妊娠出産は本来母子の命に関わるリスクがあるものですが、日本のお産がとても安全になったため、身近な人が出産で命を失うという経験をする人は非常に少なくなっています。そのため、「出産は安全で当たり前、何かあったら医療ミス」と認識する人が増えてしまい、2000年代には妊婦の命を救えなかったために医師が逮捕されたりマスコミに猛烈に叩かれたりする事件が何度も起きました。(福島大野病院事件、墨東病院事件、大淀病院事件、などです。)

結果として医療従事者が「これではリスクの高い医療をやっていけない」と周産期の現場から相次いで立ち去り、各地で医療体制が保てなくなって産む場所に困る妊婦さんが現れました。これは「お産難民」と言って大きな社会問題になりました。その後、妊娠出産にはリスクがあるという啓発が多発的に行われ、昨今では一般常識としても浸透してきていると感じます。

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photo:PIXTA

 

分娩が保険適用になる?──懸念されるコストカットと安全性の軽視

ですが、今日本のお産は新たな岐路に立たされています。急速に分娩数が減り始め、安全に産む場所が減ってきていること、そしてコストプッシュの物価高と分娩数の減少で一人当たりの分娩にかかる費用が高くなってきていること、そして、政府が分娩に健康保険の適用を検討していることです。(こちらにその是非を詳しく書きました。)

今に至るまで、医療体制の効率化と安全性をどう両立させて集約化していくのかのグランドビジョンは国から示されていませんが、もしも保険適用となった場合、結果的にコストカットを優先し、安全性が犠牲になるという懸念がとても大きいです。

 

妊婦さんや、これから妊娠するかもしれないすべての方に安心して妊娠・出産に臨んでいただきたい。そのために今改めてリスクについても幅広く知っていただく必要があると思いました。

團遥香さんの勇気に感謝いたします。
 

宋美玄

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

 

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