
トンデモ産婦人科医列伝 #06
産後のママを追い詰める恐怖の「母乳指導」! そんなにがんばる必要ありますか?【体験談】
「母乳を出せないなんて哺乳類失格だ……。そんなことを考えるほどまでに、追いつめられてました」
産後の母乳育児に悩んだ体験を、そう話してくれたのは漫画家の織田博子さん(以下、織田さん)。出産した総合病院でのスパルタ指導に追い詰められたという。
「前提として、今でも病院やスタッフの方々に対しては、感謝の念しかありません。しかしその一方で、独自の考えをあたかも正しい意見のようにおしつける医療従事者に出会ってしまったときの対処法として、後進の方のお役に立てればと思い、私の体験をお話します」
この話は過去にも体験漫画として、情報サイトAll Aboutに掲載されているが、打合せの流れで母乳の話が出てきたことから、改めて詳しく伺った。
産後ママを追い詰める「スパルタ母乳指導」の恐怖
織田博子さんは、3人の子どもを育てるワーママだ。第一子、第二子を、同じ総合病院で産んだ。産科以外の科との連携が必要とされる場面になっても、引継ぎがスムーズだと感じ、とても満足しているという。
しかしひとつ忘れられないのが、ひとりの産科スタッフによる母乳指導だった。この病院は基本的に、母乳至上主義といった印象の姿勢を掲げていた。それを利用者にわかるよう、しっかり提示されていた。利用者には、母乳のメリットデメリットの書かれたパンフレットも配布された。事前に情報を伝えてくれている、とても常識的な印象である。
それでもやはり、出会ってしまう。古い(もしくはおかしな)授乳言説の守り人に……。
妊娠中の織田さん自身は母乳であることにこだわりはなく、「出れば楽だな」程度の気持ちでいたという。そしてめでたく出産。指導通りに授乳はするが、量が足りていなかったようだ。一般に、赤ちゃんがどれくらいの母乳を飲めたかを確認するために、授乳の前後で赤ちゃんの体重が測定される。それはこの病院でも行われた。すると、スタッフはこう言う。
「昨日より50g減ってます! このままでは赤ちゃんだけ退院できませんよ!」
言い方のニュアンスはさておき、ここまではよく言われることかもしれない(筆者も同様の経緯を経験しており、実際子どもの体重が出生時より減ったことで退院が数日延長となった)。

そして、さらに強くひと言。
「ちゃんと母乳出してください!」
えっと、どうやって? 産後すぐに必要量出せる人のほうが珍しいと思うのですが……。
その後激痛マッサージ(これまた定番)を受けても母乳は足りず、結果、お腹を空かせて泣く子ども。それを見て子どもに申し訳ない気持ちになり、織田さんの気持ちは、どんどん消耗していく。次第に子どもの体が心配になり、意を決してミルクをお願いしに行くと、次はこうである。
「努力が足りないから母乳が出ないんじゃないですか?」
母乳育児を軌道に乗せるためには努力が必要な部分はあるが、しかし入院中にそこまでの状態に持っていかれる人って、全体の何パーセントいるんですかね……。「もらい乳」(母親以外の人に母乳をもらうこと)という文化からも、母乳が出ない人がいたことは明白だろう。
母乳育児を軌道に乗せるためには、頻繁に授乳を行うことで、乳首への刺激で母乳を作るホルモンが分泌されるプロセスがある。個人差で最初から困るほどにドバドバ出る人もいるが、一方で十分な量が出るようになるまで数か月かかる人もいる。
産後すぐに母乳量が足りないことを「努力」で語るのは、「信仰が足りないから病気になる」「感謝が足りないからバチがあたった」という言説と同レベルだ。
全ての妊産婦さんに伝えたい、「極端な言説に惑わされないで」!
結局ミルクはもらえたが、当然織田さんの気持ちは晴れない。
「こんな調子で、退院後誰のサポートもなく育児をやっていかれるのだろうか……」
そんな不安を抱えて退院したが、自宅はスパルタ母乳指導がないだけで天国に思えた。そして、混合(母乳と粉ミルクを両方使うこと)に切り替えて、育児を始めた。
「スパルタ母乳指導は、心理的に追い詰められただけで、意義はなかったと思います。現在産後9年たって思うことは、”あの医療従事者は、単に私をストレスのはけ口にしてたんだ”と。その3年後同じ産院で出産しましたが、病院の母乳育児推奨は変わりなかったものの、”母乳が出ない”と攻撃してくる人はいませんでした」
指導の内容に多少のブレがあるのは仕方ないこととはいえ、そうした不適切な対応を報告するシステムがあってもよさそうなものである。しかし度を超えたクレーマーもいるので、それはそれで難しいのだろうが……。
「普段の生活だったら”なんだこいつやばい、距離を置こう”って思えるけど、体力も気力も弱っている時は、”この人のいう事も正しいのかも?”と思ってしまいますよね」
赤ちゃんの世話による睡眠不足で判断力が極度に低下することは、多くの母親たちが経験している。織田さんもまた、同様だったのだろう。また、この指導が極端におかしなものであればそのような状況下でも心理的距離を置けるのだが、残念なことに世の中の一部にある言説であるので、うっかり納得してしまう可能性が少なくない。

「妊産婦さんには、『いやだな』『辛いな』と思ったら周りの人に愚痴でもいいから話して、第三者の意見も聞いてみてほしいなと思います。できれば複数の人に聞けるといいですね」
孤立や独断は、あらゆるジャンルで自分を追い詰めるものとなる。織田さんの体験が、母乳に悩むお母さんたちに届きますように。
山田ノジル
フリーライター。女性誌のライターとして美容健康情報を長年取材してきたなかで出会った、科学的根拠のない怪しげな言説に注目。怪しげなものにハマった体験談を中心に、取材・連載を続けている。著書『呪われ女子に、なっていませんか? 本当は恐ろしい子宮系スピリチュアル』(KKベストセラーズ)ほか、マンガ原作や編集協力など多数の作品がある。 X:@YamadaNojiru