日本の医療制度を知る
福島県立大野病院事件が、現代の医療に残したもの【後編】
前編では、2000年代中頃に起きた「福島県立大野病院事件」の概要と、医師の逮捕がもたらした「医療崩壊」の危機について解説しました。 医師が逮捕されるという衝撃的な展開は、医療現場に萎縮をもたらしましたが、同時にそれは、日本の医療制度が大きく変わるきっかけでもありました。 後編では、このできごとを教訓に生まれた「産科医療補償制度」などの新たな仕組みや、この裁判が司法の歴史に残した意義について、引き続き解説していきます。
事件を契機とした医療制度改革と周産期医療の変化
(ポジティブな側面)
悪いことばかりを解説してきましたが、この事件をきっかけにしたポジティブな側面もあります。産科医療の危機的な状況に対して、産婦人科に従事する医療者や妊婦さんを守るために、国や医療界も制度面での対策を講じました。これが現代の医療従事者や患者さんが安心して分娩に臨むための仕組みづくりのきっかけになっています。
現在の周産期医療体制の整備がすすんだ
総合周産期母子医療センターの創設
2000年代後半から、リスクの低い分娩は地域の診療所で、ハイリスク分娩は設備と人員の整った「総合周産期母子医療センター」などで集中的に担う、という役割分担と連携が進みます。これは事件の有無に関係なく、1990年代後半頃から産婦人科、小児科が連携して母体、新生児救命を行うことを目的に進められてきた政策でした。この事件を機に検討がさらに加速したことで、早期の実現に踏み切りました。こうして、現在も日本の周産期において高度な専門医療を担う「最後の砦」、総合周産期母子医療センターの仕組みは生まれたのです。

無過失補償による救済「産科医療補償制度」の創設
2009年には、「産科医療補償制度」が創設されました。産科医療補償制度とは、分娩に関連して発生した重度脳性麻痺の児とその家族に対し、過失の有無を問わずに補償金を支払う制度のことです。「過失の有無を問わない」というのがポイントです。
脳性麻痺は、原因がわからないことも多い病気です。当時、赤ちゃんの病気に対して、そのご家族が経済的な支援を受ける制度はなく、「医師の過失」を前提に保険会社に請求しなければならないという構造上の問題がありました。このために、医師の過失を証明するための民事裁判が頻繁に起こっていました。
分娩を行う施設がこの制度に加入することで、ご家族に対する迅速な支援を行うと同時に、医師や病院が直接的な紛争に巻き込まれるリスクを低減し、お互いに安心して医療に従事できる環境を整える、という狙いがありました。

令和3年7月最高裁判所事務総局「裁判の迅速化にかかる検証に関する報告書」より引用
「責任追及」から「原因究明」へ。医療事故調査制度の成立
また、この事件は「医師の刑事責任」というトピックとともに、「医療事故の原因究明を、医療に関して専門性のない警察、検察の『犯人探し(刑事追及)』に任せてよいのか」という大きな問題も提起しました。
逮捕のきっかけになったのは、当時、病院の運営母体である県が編成した委員会が出した報告書でした。その中には、「〜すべきであった」等の言葉が多用され、この資料を読んだ警察が、医療ミスであると誤認してもおかしくない文面だったのです。これは、前述の裁判のケースのように医師の過失を認め謝罪することで、遺族に対して「慰謝料」としてスムーズな支援をしたいという、病院側の配慮もあったと言われています。
この構造が問題視され、「個人の責任の追及」とは切り離して、純粋に「再発防止」を目的として医学的なプロセスと事故原因を究明する中立的な仕組みの必要性が議論され「医療事故調査制度(2015年開始)」の創設につながる大きなきっかけとなりました。
医療事故調査制度は、医療機関の管理者(院長など)が、提供した医療に起因し、または起因すると疑われる予期しなかった死亡・死産を「医療事故」と判断した場合、まず第三者機関である「医療事故調査・支援センター」に報告します。その後、医療機関が院内調査を行い、結果を遺族とセンターに報告する、と言う仕組みです。
この仕組みは、調査事例に応じてその分野の専門家が関わり、終了後に事故の事実と対策をまとめて医療機関に周知することによって、医療機関が事例を知り、具体的な対策に落とし込めるような啓発の役割を担っています。これまでに行われた調査では、薬剤の誤投与からカテーテルの注入・抜去まで、多岐にわたる事例が紹介されています。
司法における意義
続いて、司法におけるこの裁判の意義についてみていきます。司法判断において、判例は後進の判決に対して大きな意味を持ちます。
この事件で最終的に無罪が確定したことは、日本の司法の歴史において非常に重要な意味があり、医事法の教科書や実務家が使う専門書にも、必ずといっていいほど掲載されている、重要な判例となりました。(医事法とは、そういう名前の法律があるわけではなく、医療に関連する法規やその分野の総称のことです)
この判決は、ひとりの医師の無罪判決を確定したというだけではなく「医療における『結果責任』と『刑事責任』は別である」という原則を明確に示しました。 医療行為には本質的に「不確実性」が伴います。どれほど手を尽くしても、患者さんが亡くなるという最悪の結果(結果責任)をゼロにすることはできません。しかし、結果が悪かったからといって、直ちにそれが医師による犯罪(刑事責任)になるわけではない。当時の医療水準に照らして最善を尽くしたなら、そこに罪はない。司法がそう認めたことで、医師たちは「逮捕におびえることなく、目の前の患者さんを救うための医療」に専念できるようになりました。
もしこの判決が有罪になっていたとしたら、「ほんの少しでもリスクがあるなら、何もしない」という世界線になっていた可能性があります。日本の産科医療、救急医療、外科医療といった、ハイリスクな治療を伴う医療は完全に崩壊し、私たちは今、「助かるはずの命も助からない社会」に生きていたかもしれません。その意味で、この判決は医療者だけでなく、医療を受ける私たち全員をも守るための大きな分岐点だったと言えます。
おわりに|事件の教訓とこれからの地域医療
福島県立大野病院事件から21年。この事件は、産科医療の縮小や萎縮医療というネガティブな影響を残した一方で、周産期母子医療センターの整備や産科医療補償制度、そして司法による医療裁量の尊重といったポジティブな影響ももたらしました。良くも悪くも、日本の医療のあり方を根底から変えた、歴史的な転換点であったことは間違いありません。

司法判断によって、医師が安心して医療を行える土台は守られました。しかし、制度や法律が整っても、それで全てが解決するわけではありません。現実に、分娩施設は今も減り続けており、産科の人手不足は解消されていません。
忘れないようにしたいのは、医療者がリスクを恐れて現場を去り、担い手が減ってしまったとき、最終的に不利益を被るのは、医療を受ける私たち自身だということです。体調が悪いとき、あるいは新しい命を授かったとき、「診てくれる病院がない」という事態は、人口減少が加速している今、決して他人事ではありません。
現代の医療には、すでにその兆候は現れています。産婦人科や小児科、救急など、命に直結する現場ほど医師不足が深刻化しており、赤字経営が続いている現状があります。 その背景には何があるのか。
この事件の余波とも言える「産婦人科医の減少」とその理由については別の機会に、もう少し掘り下げて解説したいと思います。
参考文献
医療事故調査報告書
日本産婦人科医会 産婦人科紛争事例の特徴と最近の動向
日本医療機能評価機構
なぜ、無実の医師が逮捕されたのか 安福謙二
















