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「ママ友は自然の人」スペシャル対談(前編)

「子どもをダシに不安を煽る商売」の裏にある孤独──山田ノジルさんが描く、自然派育児の光と影(前編)

 

子どものために「できることは全部してあげたい」。


その親心が、いつのまにか「これだけが正しい」の呪縛に変わっていく──。フリーライターの山田ノジルさんが原作を担当したコミックエッセイ『ママ友は「自然」の人』(竹書房)は、布おむつ、ワクチン忌避など、いわゆる「自然派育児」やスピリチュアルが混在したような世界観にのめり込む母親たちを描いた、話題作です。

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2025年7月に発売になったコミックエッセイ『ママ友は「自然」の人』(竹書房)


現代の親たちが抱える不安と孤独、そして「いい親」であろうとする切実な心理を巧みに利用するビジネスの存在にも、山田さんは鋭く温かいまなざしで迫ります。
今回は、産婦人科医であり本メディア編集長の宋美玄先生が、山田さんと対談。医療情報を発信してきた医師と創作の現場、そしてお互い子育て中の母親として、それぞれの視点から見えてきた「育児の不安と心の居場所」について語り合ってもらいました。

子育ての現場で出会う”あの光景”


宋 美玄(以下、宋):ノジルさん原作の新刊『ママ友は「自然」の人』、興味深く拝読しました〜。怪しい育児情報にのめり込んでいく母親たちのコミュニティを舞台に、時に自然派、時にスピリチュアル的な実践が登場します。けっこうリアルな話題を詰め込んでありますね。


山田ノジル(以下、ノジル):この物語はフィクションですが、これまでに取材してきた体験談を参考にしている部分もあるので、既視感があると感じていただけるようなエピソードが出てくると思います。


編集部:一見、ただの健康ワークショップ的な集まりなのに、実は怪しげなビジネスにつながっている。しかもそれが公民館とか自治体が運営するような公的施設で行われていたり…。安心そうな場所にも沼の入り口があるような展開も、リアルだと感じました。


ノジル:そのへんは子育てに限らず、本当に多いですよね。街でよくある、マッサージ器具無料体験が催眠商法だったり。楽しそうなイベントが、マルチ商法の勧誘の場だったり。手口は古いけど、トラブルが絶えないと聞きます。


宋:冷静に考えればおかしいってわかることなのに、子供のことになると必死すぎて判断力が鈍るって部分もすごく共感できました。私も実体験があり…その話はまた後ほど(笑)。

 

編集部:妊娠出産すると急激に、今までの生活では出会わなかった価値観に遭遇するから、驚きの連続ですよね。その中には、実際にこの作品に出てくるようなお母さん集団がいたり…。


ノジル:この物語を読んでいただければわかると思いますが、悪いのはそうした集団ではなく、子どもをダシに不安を煽ってくる根拠の薄い言説、さらにひいてはビジネスにつなげる存在です。手だてがなく、追い詰められているほどに、わずかな可能性にでも手を伸ばしてしまうのが親心です。そこにつけ込む存在がどこにでもいることを、いつも意識していたいですね。

ブームは去ったのか?SNSが支える「静かな拡散」


宋:でも自然派あたりは、我々が知っている一時期に比べると、だいぶブームは下火になっている気がします。

今まさに出産を経験している若い世代には聞き馴染みがないかもしれませんが、20年以上前には、分娩への医療の介入を否定し、自然出産を提唱する産婦人科医がいたり、自然出産をテーマにした映画が大流行したりと、ブームだった時代がありました。その頃に比べれば、世代交代もすすみ、自然派育児の勢いは落ち着いているように見えます。

ノジル:下火といえば確かにそうかもしれない。でも今は科学や標準医療を否定する政党が議席を獲得していますし、絶対また盛り上がってくる気がしているんですよね。より自然でありたいという考えや、ライフスタイルが悪いわけではないことを強調しておきたいですが、そこと親和性の高い、科学否定、疑似科学、医療拒否、陰謀論、自然派マルチ、不安商法などは問題でしょう。


宋:あと、メディアがおしゃれに演出してしまう影響も相変わらず少なくないですよね。ファッション誌の関係者って、自然派が好きな傾向があって、特集を組みたがるように思います。マクロビ、グルテンフリー、オーガニック。憧れの有名人が実践していると知ると、みんなやりたくなってしまう。


実際に「小麦はダメなんですよね?」という相談を寄せてくる患者さんもいますし、⚪︎⚪︎抜きの生活、丁寧な暮らし、みたいなのが「ファッション」になっている一面もある気がします。


ノジル:それはありますね。ファッションでやってすぐ飽きる程度ならいいんですけど、実際にはそれがディープな実践のきっかけになるケースも存在します。あと、今はSNSの構造にも要因がありますね。引用しても、Xのように不特定多数に拡散されにくいインスタやTikTokは炎上しにくい傾向があります。Xは専門家によるつっこみやコミュニティノートが発生するのが特徴的ですが、インスタなどは身内や同類と盛り上がりやすい。アプリの設計により、いわゆるエコーチェンバーに陥りやすいと思います。

 

このような意図的に作られたアプリの仕組みを「アフォーダンス」といいます。どのように機能するかを明確にするデザインのことで、例えば、アプリの離脱を防ぐために時計表示を消すこと(時間の経過をわからなくする)や、心理的に課金する方のボタンを押したくなってしまうようなデザインのことなどを指します。
皆さんが使っているアプリのアフォーダンス(環境要因)も、静かに見えないところで誤情報が拡散していく一因ではないかと思われます。

 

自然派育児のように一時のブームとして語られがちなものも、SNSの設計や社会の不安構造と結びつくことで再構築され、再び静かに確実に広がり続けていくのが今の世の中。
後編では、母親たちがなぜ、一般社会と距離ができてしまうような世界に惹かれていくのか。その心理的背景や、孤独を埋める「居場所」としての側面に迫ります。

 


『ママ友は「自然」の人』(竹書房)原作・山田ノジル著、作画・すじえ


育児サークルで出会った「自然」を愛するママたち。布おむつ、ホメオパシー、ワクチン忌避──その選択は、本当に子どものため?  不安につけ込む商売の構造や、親たちの苦しさを描く問題作。

 

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宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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