
crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #27
ホルモン補充療法に激震 このままでは日本の薬不足はなくならない
今、更年期障害のホルモン補充療法の業界に激震が走っています。
ホルモン補充療法(HRT:Hormone Replacement Therapy)とは、主に更年期障害の女性に行われる治療法です。周閉経期や卵巣摘出などによりエストロゲンという女性ホルモンの分泌が低下すると、ほてりや発汗、睡眠障害、気分の落ち込みなどといった更年期症状が現れやすくなります。また、長期間経つと骨量の低下による骨粗鬆症や、膣の乾燥、骨盤臓器脱、排尿障害なども引き起こされます。HRTはこうした症状を軽減し、生活の質を改善することを目的として、不足したホルモンを薬剤として補う治療です。
投与方法には、飲み薬のほか、貼付剤(パッチ)、ジェル、膣錠などがあり、エストロゲンとプロゲスチン(黄体ホルモン)の2種類の女性ホルモンを補充します。(プロゲスチンを補充するのは子宮内膜増殖症や子宮体がんのリスクを抑えるためなので、子宮摘出後の方は、エストロゲンだけで大丈夫です。)
そのホルモン補充療法の製剤が先月から手に入りにくくなっているのです。

ドミノ式に起こったホルモン製剤の入手困難
元々の発端は、メノエイドコンビパッチという、エストロゲンとプロゲスチンの両方が入った貼付剤の回収でした。フィルムの一部が剥離するという事案が発生し、有効性には問題なく、健康被害もないと考えられるけれど、「万全を期して」回収されたとのことです。
これは、製薬会社としてはとても誠実な対応だと思います。
でも。
エストロゲンとプロゲスチンの両方が入った貼付剤は一社しか製造していなかったため、メノエイドコンビパッチのユーザーは他の方法のホルモン補充療法を行うしかありません。結果、ドミノ式に、他のホルモン製剤も出荷調整になってしまったのです。(エフメノ、ルエストロジェルなど)
メノエイドコンビパッチを定期的に処方していた方に説明して、他のホルモン補充療法に一時的に切り替えていただくのですが、どの薬局にどの薬の在庫があるかわからないので、周辺の薬局に何度も問い合わせたりして、ホルモン補充療法の難民になる患者さんも出かねない状態です。
そんなわけで、日本の更年期障害治療が一時的に大変なことになっていますが、そのおかげでホルモン製剤が安定的に手に入ることは女性の健康、ひいては家族の幸せや職場の安泰に非常に重要なことが再確認されました。
相次ぐ薬の入手困難のニュース
近年、ホルモン剤に限らず、様々な薬が入手困難となることが相次いでいます。抗生剤、解熱鎮痛剤、咳止め、漢方、ワクチン、麻酔薬……。実際に私のクリニックでも局所麻酔薬が手に入りにくい状況は度々ありますし、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)は全く入ってこないです。SNSを見ても、色んな薬が入手困難になって困っているという声がよく見られます。
原因は色々ありますが、品質の問題、製造トラブル、原材料を海外からの輸入に依存していること、などがあります。しかし、背後にある大きな問題として、国が薬価をどんどん下げていっていることが指摘されています。
保険適用の薬価(薬の値段)は国が決めていて、多くの場合は徐々に値段が下げられています。月経困難症治療薬(保険ピル)は、ジェネリック薬を中心に毎年ものすごい勢いで値段が下げられています。そうすると、国の医療費は減っていくし、患者さんの自己負担も下がります。いいことのように思えますが、製薬会社にとって、安くなった薬は利益が下がっていくため、製造を続けるインセンティブがなくなります。そうやって消えていった薬もたくさんあるのです。
国民の健康を保つ医療にとって、SRHR(セクシャル・プロダクティブ・ヘルス/ライツ)にとって、製薬会社はプロバイダーとして大事なプレイヤーです。ジリ貧になっていくような仕組みでは、持続可能ではないので、これからも薬が手に入らないというニュースはなくならないでしょう。

医療アクセスが持続可能な社会のために、問題意識を持とう
コロナ禍より前は、医療は簡単にいつでもアクセスできるものだと思っていた人が多かったのではないでしょうか。しかし、今は分野によっては存続が危ういものも多いです。地域によっては救急医療や外科手術を担う医療機関が足りなくなってきている所も多いですし、こちらのメディアでも、政策を誤れば分娩施設がなくなるスピードが加速することに警鐘をならしています。
出産費用の無償化は素晴らしいが、保険適用はやめた方がいい理由
行政、政治、公衆衛生、臨床医が集い「日本の周産期医療の未来」についてこれまでになく深掘りしてみた
薬が手に入らなくなるニュースに対し、「怠慢だ」という報道もありますが、医療現場からすると、ますます「普段作ってくれてありがとう」という気持ちです。
供給が戻って、更年期障害の患者さんたちがみんな笑顔になる日が早く来るのを願っています。