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『ママ友は「自然」の人』 スペシャル対談(後編)

「子どもをダシに不安を煽る商売」の裏にある孤独──山田ノジルさんが描く、自然派育児の光と影(後編)

 

後編では、母親たちがなぜ、一般社会と距離ができてしまうような世界に惹かれていくのか。その心理的背景や、孤独を埋める「居場所」としての側面に迫ります。

「治ります」と言い切る人たちに、すがりたくなる


漫画では、主人公がハマっていく極端な食生活や自然療法などが周囲を困惑させ、家族や友人との関係が悪くなっていくエピソードが描かれていました。リアルでも、よくある話です。母親たちはなぜ、そうした世界にハマってしまうのかという話題に。


山田ノジル(以下、ノジル):そもそも育児って正解がないし、出口のない不安を誰しも抱えることになりますよね。ただでさえそうした状態になっているところに、完治の難しい病気や発達の問題などが積み重なっていくと、親の苦労は計り知れないものになります。「そうした状況で「治ります」と断言されるのは、強烈な救いに感じてしまう。そして、そこに足元をすくわれる。


宋 美玄(以下、宋):ネットワークビジネスのコミュニティっぽい構造でもありますよね。根拠がない効果効能を無責任に堂々と断言しつつ、親身に寄り添って取り込んでいく。風邪みたいに薬でパッと治るものじゃないから、助けてくれるのはもうそこしかないと依存して、ハマってしまうのもわかります。母親は『自分のせいで弱い体に産んでしまったんじゃないか』って自分を責めたりしがちだし。子どもの病気が母親の体質を受け継いだせい…とかは、ごくまれであり、多くの場合は違うんですけどね。


と言いながら私、昔買っちゃったことあるんですよ、3800円の三角枕を!赤ちゃんの向き癖を直すためのやつ。ネットで頭の形に悩んでることを呟いたら、専門家からコメントが入って……不安になって買ってもうた。


ノジル:なんと。医師でもそういうものを買うんですね。最近では赤ちゃんの頭の形を整える矯正ヘルメットが医療器具として認められたことから、売る病院も取り入れる親もすごく増えていますが、当時の宋先生だったらそれもやっていたかもしれませんね。矯正ヘルメット、行う必要があるのはごく少数で、ほとんどが見た目の問題だといいますが。


宋:そう。今冷静に考えれば、絶対手を出さないんだけど、でもあの時は不安が勝ってしまって。だから、産後の親の不安定な精神状態、ことさら子どもの健康問題になると冷静になれなくなる気持ちは、すごく理解できるんです。

 

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「居場所」を必要とする母たち

 

ノジル:さっきおっしゃってたネットワークビジネスについてお話すると、不安ややりがい、仲間づくりを強調してコミュニティづくりをしていくという点が、この物語に出てくる育児サークルと共通点がありますよね。共通の目的と世界観で絆を深め、不安ビジネスに乗っかり主流を否定した結果、世間と断絶されていきます。でも、その中にいれば、本人たちは幸せ……。育児中は社会から取り残された気持ちになりがちなので、世の中とつながりたい気持ちもありますね。


宋:昔は地域のつながりがあったけど、今は自分から積極的に求めないとリアルなつながりが持ちにくいからなお、やっと出会えた仲間! みたいな感じになるんですかね。地域ごとで頻繁に集会を行う宗教法人の会合なんかも、そうしたつながりに癒しや救いがあるケースもあるのでしょうけど。もちろんいい側面だけでなく、宗教二世とか負のしわ寄せが子どもへ行くことも、忘れてはなりませんが。


ノジル:とある新興宗教の、布教用ドラマなんかを見ると、そこに描かれているのは『反対している夫をどうとりこむか』というのが、とても大きなテーマのひとつなんですよね。母親たちが先に取り込まれ、最終的に夫を陥落させる物語。実際のマルチ商法トラブルでも、とてもよく聞くパターンです。それを見ていても、主婦の不安をターゲットにするものがいかに多いのかを感じます。

 

宋:ノジルさんの作品でも、よからぬものにハマる母親の家庭には特徴がありますよね。夫は空気で「子どものことは君にまかせるよ」みたいな


ノジル:そうなんですよね。私がこれまで行ってきた取材の中でも、そのパターンはとても多かったです。何もかも自分が決めなくてはならない、ましてや子どもの人生の責任を負うのは本当に大変なことです。そんな時に親身に寄り添ってくれる仲間ができたら、家族よりも信頼を寄せるのは当然だと思います。そのように、信頼できる仲間がいること自体が悪いわけではないですが、やはり特定の思想や商法にからめとられていく”囲い込み”があるのは問題です。そうすると、家族の中でより孤立していくという悪循環になりますし。


編集部:医師は忙しいから、ひとりひとり丁寧に話を聞くのは難しい。それに対し、高額なビジネスにつなげていく界隈はやはり熱心ですから、とても優しく時間もたっぷり使ってくれますよね。医療を否定する自然派マルチ、資格商法も含む謎の栄養アドバイザー、さも効果がありそうに宣伝される特別な水…いくらでも例を挙げられます。

「医師」や「書籍」という権威の過信には注意を


編集部:私たちは、どういうところを見ていくといいと思います?crumiiは医師の監修をつけていますけど、医師という肩書があっても本当に様々で、根拠のない治療・指導を取り入れていたり、標準医療に否定的なケースも珍しくありません。


ノジル:一般の人からすると、書籍になっている、しかも医者が書いたというだけで信じてしまうことは珍しくありません。医師、書籍があるというだけで、それが根拠だと思う人がまだまだたくさんいるのを、日々の取材や観察から実感しています。


宋:こないだSNSでは、『四毒』食事法を推奨している人を見かけました。小麦、植物油、砂糖、乳製品── 日本人が元々食べていなかったものを抜けば健康になるし、子どももいい子になるって。そんなのが本当だったら、日本中の親は困っていない(笑)。


編集部:書籍も玉石混交ですよね。以前図書館の司書さんが集まる学会で聞いたのは、「書籍は価格で足切りすると、内容の正しさが格段に変わる」というもので、実感としてもしっくりきました。確かに、医師が臨床に使う医学書って安くても3~4千円、1万円近い物とかもザラにあるから、一般向けに落とし込んだ安価な本には注意が必要だなと。
 

一方で、コロナ禍ではたくさんの医師がSNSで情報提供しようと頑張っていたのが印象に残りましたね。正しい情報が大きく目立つことって、やっぱり意味があるんだなって。


でもいろいろなものがごった煮状態で表示されるから、見極めは本当に難しいと思います。

 

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つながりの背景には思わぬビジネスが存在することも。

成長とともに変わり続ける育児の悩み、繰り返される誤情報


ノジル:子どもの成長は早いから、育児界隈は新陳代謝が早いですよね。月齢、年齢によってそれぞれの悩みが変化していく。生まれたては授乳やおむつ、育ってくれば離乳食やトイレトレーニング……。そしてあっという間に就学です。

 

当事者がどんどん入れ替わっていくので、長年育児界隈を観察してきた人たちにとっては”昔から言われがちなデマ”であっても、今育児をしている親たちにとっては初耳の新しい情報になります。だから「とっくに否定されている古い言説」であっても、出てくるたびに否定し続ける必要があると思います。


宋:私もブログでトンデモ医療情報をバッサリ斬ることをやっていた時期があったんですけど、『けしからん、間違っている!』と批判するだけでは、何も変わらないんだって気づきました。


正論で批判しても、不安を抱えたお母さんたちには届かない。むしろ、攻撃されたと感じて、より強固に自然派コミュニティへと閉じこもってしまうと思います。


だから今は、なぜそういう考えに至るのか、その背景にある不安や孤独に目を向けるようにしています。そういう意味で、ノジルさんの今回の漫画は、めちゃくちゃ刺さりました。


ノジル:おお、ありがとうございます。社会とつながりにくくなり育児中の環境や、なんだかんだとワンオペになりがちな現状。そしてネット経由の過剰な情報。そうした社会的な背景や孤立といった複雑な要因が絡み合っているのは、本当にそのとおりだと思います。


宋:日本の未来に不安を抱えてる人は、多いですよね。収入も不安だし、人口減少で市場はどんどん縮小しているし。私たち医師でさえそう思う時代に、『いいこと言ってくれる』人たちがいて、仲間がいるのって心強いと感じると思うんです。


育児は正解がないうえに、子供に何かあれば、親が責められる。問題も情報も多すぎて、処理しきれない感じもあります。育児コンテンツで最近目立っている分野ですと、発達障害やインクルーシブ教育、トランスジェンダー……それぞれに複雑な状況や課題があるにも関わらず、ネットの論議や情報は、浅い知識や二元論で判断されがちなとこありますよね。


ノジル:少なくとも、自分で判断できる大人がやるのは、まだいいと思うんです。しかし子どもを巻き込み、結果よからぬ影響を及ぼすのは本当に辛い話です。ていねいな生活を自分が楽しむのは自由ですが、『やらないと病気になる』と脅し、巻き込むのはダメ。よかれと思っても、家族や友人から距離ができてしまうようなコミュニティや健康法も、ダメ。シンプルに、まずはそのあたりから見極めてみてはと思います。

「他人事じゃない」と思ってもらうために


ノジル:理解しがたいものに沼ってしまった人を、異次元の住人のように感じることもあるけれど、基本的には誰しも他人事でいられないのが今の世の中です。実際、宋先生のような医師でさえ、不安に駆られて枕を買ってしまったわけですし。


宋:どっぷりはまってる人は読まなそうですが、ちょっと沼に足を踏み込みかけているという境界線上にいるような人たちは、『ママ友は「自然」の人』を読むことで、いったん立ち止まることができるように思えます。

物語の最後で、育児サークルがあっという間に仲間割れする様子も印象的でした。


ノジル:子育てにおける地域の互助会、仲間づくり的な役割があるけど、それぞれに”宇宙育児”(※作中で育児サークルが提唱している育児法)に対するスタンスのグラデーションがあるから、ちょっとしたことで、すぐに離れたりくっついたりする。

極端な集まりじゃなくても、ママ友というのはえてしてそういうものである、という表現でもあります。そのあたりの”あるある”も、共感してもらえると嬉しいですね。

現代のお母さんたちに知ってほしい


宋:最後に、ノジルさんがこの本で一番言いたかったことって何ですか?


ノジル:メッセージを届けたいというよりは、現実に起こっていることをフィクションの群像劇に仕立てたので、この本は”今そこにある風景”の、記録的なものです。共感してもらえると嬉しいのは、子どもをダシにして不安を煽ってくるものには、近づくべきでない、というポイントですかね。

 


『ママ友は「自然」の人』は、育児中の親だけでなく、祖父母や教育関係など、子どもを取り巻く環境にいる、すべての人に読んでほしい作品です。「今のお母さんたちに届けるために、何回でも同じことを言い続ける」というノジルさんの覚悟が詰まっているように感じられました。


大事なのは、よからぬものにハマるのは、誰もが当事者になりうるということ。特に健康問題に関わるものに関しては、やはり科学的根拠は無視できません。crumiiも、そうした情報伝達の一助になれたらいいなと思っております。

 


 

『ママ友は「自然」の人』(竹書房)原作・山田ノジル著、作画・すじえ


育児サークルで出会った「自然」を愛するママたち。布おむつ、ホメオパシー、ワクチン忌避──その選択は、本当に子どものため?  不安につけ込む商売の構造や、親たちの苦しさを描く問題作。
 

購入はこちらから

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宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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