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子宮頸がん マザーキラー

婦人科腫瘍専門医と考える子宮頸がん #2

子宮頸がん予防の現在地―親子の“情報格差”をどう埋める?

 

子宮頸がんにおいて治療が重要なのはもちろんですが、それ以上に大きな役割を果たすのが、原因のほとんどを占めるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐ「予防」です。 日本では、2013年から2022年までの約9年間、国によるワクチンの積極的勧奨が差し控えられていました。この空白期間は、世界との予防水準の差を生んだだけでなく、世代間でのヘルスリテラシーの格差という課題も浮き彫りにしています。
本記事では、婦人科腫瘍専門医である杏雲堂病院の松岡和子先生に、子宮頸がん予防の現在地と、私たちが今知っておくべきことについて伺いました。

なぜ子宮頸がんは「マザーキラー」と呼ばれるのか

子宮頸がんは、国内で毎年約1万人以上が新たに診断され、3,000人近い女性が命を落としている病気です。(1)特筆すべき点は、その好発年齢にあります。多くのがんが高齢で増加するのに対し、子宮頸がんは20代から急増し、30代・40代でピークを迎えます。(1)
人生において重要なライフイベントが集中しやすいこの時期に子宮頸がんに罹患(りかん)することは、命の危険だけでなく、子宮の摘出による妊孕性(にんようせい:妊娠する力)の喪失も意味します。そのため子宮頸がんは「マザーキラー」とも呼ばれ、単なる個人の健康問題を超えた社会的な損失を与える存在でもあるのです。

子宮頸がん 世代別罹患率

世界保健機関(WHO)は「子宮頸がん排除」を目標に掲げ、ワクチンと検診の普及により、今世紀中に撲滅することを目指しています。(2)オーストラリアなどのワクチン先進国では、すでに罹患率が劇的に低下し、数年以内にこの目標を達成すると予測されています。(3)
しかし世界が予防を加速させる中、日本はその恩恵を十分に受けられずにいました。

日本だけが取り残された「失われた9年」

日本だけが予防の面で取り残されてしまった背景には、2013年から約9年間に及んだ「積極的勧奨の差し控え」が大きく影響しています。
HPVワクチンは、2013年4月に定期接種化されました。しかしその直後、接種後の多様な症状がメディアで大きく報じられたことを受け、厚生労働省は「積極的な勧奨(自治体からの個別通知など)」を一時停止。これにより、1999年生まれでは70%近かった接種率が、2000年生まれ以降では1%未満にまで急落しました。(4)
日本でHPVワクチンをほぼ接種しなくなっていた間も、世界では着々と接種が進んでいました。その結果、「日本のみ、子宮頸がんの罹患率と死亡率が増加する」という状況に陥ってしまったのです。(5)

子宮頸がん ワクチン 空白の期間

婦人科腫瘍やがんの患者さんを日々診療している松岡先生は、この「失われた9年」の影響を強く実感している一人です。

「HPVワクチンの差し控えから十数年が経過し、20代後半に差し掛かった『かつてワクチンを打てなかった世代』の方々が、検診で異常を指摘されるケースも増え始めています。臨床現場では、あの期間の代償がいかに重いかを、日々突きつけられています」

なお、2025年3月までは、接種機会を逃した世代を対象としたHPVワクチンの「キャッチアップ接種」が公費(無料)で行われています。対象は1997年度〜2007年度生まれの女性です。HPVワクチンは一定の間隔をあけて、同じ種類のワクチンを合計2回または3回接種しますが、2025年3月31日までに、少なくとも「1回目」の接種を受ければ、残りの2回分も無料で受けることができます。
キャッチアップ対象で接種を迷っている方は、ぜひこの3月末までに1回目の接種を済ませてください。

※満15歳の誕生日までに1回目の接種を受けていれば、2回の接種で済みます。

子宮頸がん ワクチン キャッチアップ接種

新たな課題「親子のヘルスリテラシー格差」

HPVワクチンの積極的勧奨の差し控えは、接種率を低下させ、子宮頸がん罹患者数を減少させられなかっただけでなく、新たな課題を生んでいます。それは「親世代と娘世代の間のヘルスリテラシーの格差」です。
HPVワクチンの接種対象である小学校6年~高校1年相当の女子の親世代は、現在40代~50代。「生理はつらくても我慢するもの」と教えられることが多かった世代です。子宮頸がんについても、ワクチンが定期接種になった2013年時点にはすでに接種対象ではなかったため、情報の空白があります。さらに当時のセンセーショナルな報道を覚えており、HPVワクチンにネガティブな印象を抱いている方も少なくないでしょう。
一方で娘世代である10代の女性たちは、デジタルネイティブとしてインターネットで情報を収集する能力が高く、ヘルスリテラシーは親世代より高い傾向があります。HPVワクチンについても、客観的に知って接種をするかどうかを判断したいと考えている方が多いのではないでしょうか。

子宮頸がん 世代間格差 ヘルスリテラシー

HPVワクチンに対する親子の向き合い方の違いが、家庭内での接種判断を難しくさせていることが多々あると、松岡先生は話してくれました。

「親御さん自身が検診で来られた際、『娘にHPVワクチンを打たせるべきか』という質問をよく受けます。打っても大丈夫といわれるけれど、過去の報道の印象が強く残っており、『本当に大丈夫なのか』という疑念を拭いきれない。娘はかわいいけれど、自分が不安だから打たせたくないと話す方も、中にはいます」

こうした親の心理が、HPVワクチンの接種を阻む要因になっているケースは、実は少なくないといいます。HPVワクチンによるメリットを享受できるのは娘世代ですが、未成年であるため、接種の決定権を持っているのは親世代だからです。「親の不安」と「娘の将来」のトレードオフを正しく解消するには、親子のヘルスリテラシーの溝を埋める必要があります。それについて松岡先生は、このように話してくれました。

「HPVワクチン接種において、親御さんの不安は理解できます。しかし、娘さんが自分で決定権を持たない時期だからこそ、お母さんが正しい情報を咀嚼(そしゃく)し、客観的なデータに基づいて娘さんと対話してほしいのです。自分の手元にいる今の時期こそ、親が介入して守ってあげられる最後のタイミングかもしれません」

ヘルスリテラシーの向上が未来を変える

国立がん研究センターや厚生労働省の統計によると、子宮頸がんの原因となるHPVの主要な型は、ワクチン接種によって高い確率で感染を阻止できることが読み取れます。特に9価ワクチンは、原因となるHPV型の80〜90%をカバーします。
WHOは、目標に掲げた「子宮頸がん排除」について、2030年までの具体的な数値を出しています。それには、90%の女子が15歳までにワクチン接種を完了し、70%の女性が35歳と45歳で検診を受け、90%の病変発見者が適切な治療を受ける、というものです。(2)日本があと4年でこの水準にたどり着くには、私たち一人ひとりの選択が重要です。

子宮頸がん ワクチン

「大切なのは、情報を正しく理解すること。そして、過去の不安に縛られるのではなく、未来のために今できる最善を家族で話し合うことです」(松岡先生)

一つひとつの小さな行動が、数十年後の自分、そして最愛の娘の未来を確実に変えていきます。予防できる病気でつらい思いをする人がいなくなるように、私たち大人が情報を正しく理解し、子どもに対して適切な選択を促すコミュニケーションが、今まさに求められています。

 

【参考文献】
(1) “子宮頸部:[国立がん研究センター がん統計]” がん情報サービス, https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/17_cervix_uteri.html#anchor1. Accessed 13 January 2026.
(2) “World Health Organization: Global strategy towards eliminating cervicalcancer as a public health problem”. https://www.who.int/publications/i/item/9789240014107. Accessed 13 January 2026.
(3) “National Strategy for the Elimination of Cervical Cancer in Australia” https://www.health.gov.au/resources/publications/national-strategy-for-the-elimination-of-cervical-cancer-in-australia. Accessed 13 January 2026.
(4) “第47回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 [資料1]” 厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000890273.pdf. Accessed 13 January 2026.
(5) “Increasing risk of uterine cervical cancer among young Japanese women: Comparison of incidence trends in Japan, South Korea and Japanese-Americans between 1985 and 2012; IARC” https://www.iarc.who.int/fr/news-events/increasing-risk-of-uterine-cervical-cancer-among-young-japanese-women/. Accessed 13 January 2026.


【取材・監修協力】
松岡 和子(まつおか・かずこ)
杏雲堂病院 産婦人科医。滋賀医科大学医学部卒業。日本産科婦人科学会専門医・指導医、日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医・指導医。婦人科腫瘍を専門とし、子宮筋腫や卵巣腫瘍など良性・悪性腫瘍の診断と治療に長年従事。腹腔鏡手術をはじめ、患者一人ひとりの状況とライフプランに寄り添った、丁寧な医療を提供している。

山本尚恵
医療ライター。東京都出身。PR会社、マーケティングリサーチ会社、モバイルコンテンツ制作会社を経て、2009年8月より独立。各種Webメディアや雑誌、書籍にて記事を執筆するうち、医療分野に興味を持ち、医療と医療情報の発信リテラシーを学び、医療ライターに。得意分野はウイメンズヘルス全般と漢方薬。趣味は野球観戦。好きな山田は山田哲人、好きな燕はつば九郎なヤクルトスワローズファン。左投げ左打ち。阿波踊りが特技。

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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