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なぜSNSは産後うつに厳しいのか

先週「産後うつがつらく生後4ヶ月の子どもを母親が浴槽に沈めて殺害した」というつらすぎるニュースがありました。SNSでは産後うつに厳しい言葉もみられたため、そんなことないよと、産後うつで悩まれている方やその周りの方にお読み頂けたらと思いまとめました。

 

【「産後うつがつらかった」 生後4カ月の長男を殺害疑い、母親逮捕(毎日新聞デジタル)】

 

うなる前にどこかでサポートにつながれなかったのか、とても悔やまれますし、産後うつは、本人の甘えではなく、だれでもなりうるものなので、極限まで追い込まれるところまで我慢せずに、助けを求めてほしいなと、そして男性も、妻の出産後にうつのような精神不調をきたすことがあるので、男性の産後うつ(言葉の問題についてはまたのちほど)についても、ヤフコメやSNSでコメントしたところ、

 

「男性に産後うつなんかない」
「産後うつって虐待の言い訳としか思えない」

 

という、産後うつの病態を知ってか知らずか、あまりに無理解なコメントが散見されました。

 

でも、産後うつのご本人に対して「甘えるな」とか「虐待の言い訳か」と言ったり、お子さん誕生後の育児中にうつになった男性に対して「え、出産してないですよね?」と言ったりする人はいないですよね、、おそらくですが。

 

なぜSNSは産後うつに厳しいのかなと、ふと思うわけです。

 

それを考える前に、まず、産後うつの理解が違っていては話にならないので、産後うつについて、どういうものなのか、わかりやすくお話していきたいと思います。ちなみに、「わたしはメンタル強いから大丈夫」「男には関係ない」と思われた方、自分でメンタル強いと思っていた人でも産後うつになることはありますし、男性もお子さんの誕生前後にメンタル不調になることがあるんです。

 

こういうことがある、と知っているだけで、もし、うつの傾向がでた時に、最悪の状況になる前に、もしかして、と気づけるかもしれませんし、妻や夫、友人にそういう傾向があった時に、はやめに気づけるかもしれませんので、最後までお読みいただけたらうれしいです。

「産後うつ」という言葉の問題から

「産後うつ」はパッとその意味が分かるので、よく使われますが、妊娠出産に伴うメンタル不調は、実は妊娠中からみられます。ですので、妊娠中~産後のメンタル不調をまとめて「周産期うつ」と表現することもあります。ただ、実際には、妊娠中と産後では要因や背景が異なるため、一緒くたにしてよいのか、という問題もあります。

 

とはいえ、要因に違いはあるものの、妊娠中や産後におこる親のメンタル不調、という点では理解や対策は通じるところが大きいので、ここでは「周産期うつ」と表現することにします。ちなみに、「産後うつ」というワードが分かりやすいため、パートナーの周産期における男性のメンタル不調について、「男性にも産後うつがある」と言うと、「男性はお産しない」とか「排便後ですか?」とか「産後うつは女性のもの、男性は『産後うつ』にならない」という批判がくるのですが、男性についてはまたのちほどくわしく。

周産期うつはなぜおこる?

妊娠中のメンタル不調には、以下のような要因が影響しているといわれています。

 

妊娠後と出産後のメンタル不調の要因
 

もともとうつ病の既往があったり家族歴があると発症リスクが高いですが、だからと言って、産後うつを発症した人が、もともと精神疾患の素因があるとか精神的に弱い、とは限りません(これは非常に大事)

 

もともとの性格が、几帳面だったり完璧主義だと、責任感を感じすぎたり思い描いていた理想の育児とのギャップに思いつめたりと、産後うつのリスクが高いとも言われていますが、これも、産後うつにならなかった人は、几帳面ではないとかずぼらだ、という意味ではありません

 

『大事なことは、決して、本人のメンタルが弱いからとか、頑張りが足りないからではない、ということ。』


と、いくら言っても、特にSNSでは、怠慢では、とか、女を甘やかすな、などの、無理解からなのか、ミソジニーからなのか、無責任なコメントを放つ方はおられますが、医学的に、うつは怠慢ではありませんので、そのようなコメントは気にしなくてよいです。

周産期うつはどんな症状がでる?

抑うつ気分、以前は楽しかったことが楽しくない(興味や喜びの喪失)、睡眠障害(不眠または過眠)、焦燥感、疲労感、気力の低下(何もする気がしない)無価値感や過剰な罪悪感(「母親失格だ」と思ってしまう)、希死念慮…などの症状がみられる場合は、周産期うつの可能性があります。

 

特に、産後1ヶ月頃から、育児疲れだけでは説明できない倦怠感や上記症状がみられる場合、いわゆる「産後うつ」が疑われます。

 

ん?産後1ヶ月頃から??と気になった方、おそらく、出産後数日~2週間くらいに一過性に情緒が不安定(涙もろさ、抑うつ、不安感など)になった、という方はわりと多いのではないかと思います。

 

出産後比較的すぐにおこる一過性の情緒障害は「マタニティブルーズ」といって「産後うつ」とは異なります。

 

マタニティブルーズは、急激な女性ホルモンの低下が主な原因で、育児へのジレンマなども影響するとされています。

 

産後の女性の30-50%(!!)にみられると報告されているので、多くの方が多かれ少なかれ経験されている変化です。数日で症状が消失するのが一般的なのですが、症状がつらい場合は「生理的な変化」と我慢して抱え込んだりせず、家族やかかりつけの産婦人科、もしくは地域の保健師さんに相談しましょう。

 

母子 赤子 産後うつ
画像:PIXTA

男性に「周産期うつ」はあるのか問題

さて「男性に産後うつなんかない、自称産婦人科医が適当なことを言うな」とSNSで罵られた、男性の周産期うつについて、データをみていきたいと思います。メタアナリシスによると、日本人男性の周産期うつの有病割合は約10%で、日本の一般人口におけるうつ病有病率 2.9% と比較すると、パートナーが周産期の男性のうつ病有病率は有意に高いのです。

 

有病率のピークは産後3-6ヶ月で、これは、国際的なメタアナリシスでも有病率のピークは産後3-6ヶ月と報告されています。ただ、なぜこの時期が有病率のピークなのかについては明確なコンセンサスがまだ得られていません。


女性が妊娠中の周産期うつの有病率は、パートナーの男性よりも女性の方が有意に高いのですが、出産後の周産期うつの有病率は、女性とパートナーの男性とで有意差はありません

 

https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1250070613.pdf

 

ところで、なぜ出産していない男性にも「周産期うつ」が発症しうるのでしょうか。

 

たしかに、出産(分娩)そのものは女性しかできませんが、育児は母と父ふたりでやるものですよね。男性は出産をするわけではないので、ホルモン分泌の変化はありませんが、子どもの誕生により家族関係が変化し、経済的・社会的責任が増し、心理的プレッシャーが生じるとともに、働きながら育児もしっかり行う男性は、疲労や睡眠不足も重なります。

 

男性には「産後うつ」はない!と仰る方は、育児も女性だけがやるもの、というご認識なのか、言葉の問題なのか、もしくは、産後うつとマタニティブルーズを混同してらっしゃるのか、、いずれにしても「男性の周産期うつ」は医学的に認識されています。

 

ただ、「男性の周産期うつ」については医療従事者にもあまり認識されておらず、支援を必要としている男性を、医療従事者が見落としてしまっていて治療の妨げとなっている可能性が示唆されており、適切な治療につなげるためにも、男性の周産期うつへの医療従事者の理解は重要な課題です。

 

と、いくら言っても、データがあっても、男性には周産期うつはない、周産期うつは女性のもの、男性は出産しない、というコメントはSNSでは残念ながらなくならないと思われますが、気にしなくてよいですし、男性が、育児中にうつになることは、なにも恥ずかしいことではありません。

 

もちろん、うつにならない人はちゃんと育児していないのだ、というわけでもありません。

 

そんな単純な話ではなく、家庭によってさまざまな要因が異なり、いろいろな環境因子や、家族関係や、もともとの性格などが複雑に絡み合って、うつに至る人もいれば、ならない人もいて、そしてうつになりかけてもサポートなどによりうつに至らずにすむ人もいるわけです。

周産期うつの治療は?

周産期うつの背景自体にいろんな要因が関与しているように、治療についても、万人に効くシンプルな治療法があるわけではありません。

休養とサポートの確保

パートナー、家族、育児支援サービスの協力を得て、育児をひとりで抱え込まない。十分な睡眠を確保する。ただ、それができていればうつにならないかもしれないわけで、周産期うつになったことで周りがサポートしてくれるようになることもあれば(できればうつにならないようにはじめからかかわっていてほしい)、どうにもサポートが受けられないケースもあるでしょうし、言葉で言うのは簡単ですが、実際には難しいですよね。ただ、周りに助けを求めていいんだよ、自分ひとりでカンペキに育児しようとしなくていいんだよ、それは甘えではないよ、というのが広く伝わるといいなと思います。

 

親子 サポーター
各種支援サービスを使用するなどして家族全員の休息の確保を(photo:PIXTA)

カウンセリング

カウンセリングにより悩みや不安、ストレスを軽減したり、必要なサポートを得られるよう検討したり。ただ、カウンセリングの予約がなかなかとれず、イマ、助けが必要なのに、カウンセリングの予約が何ヶ月も先、、、ということもあったり、このあたりは、行政による受け皿確保がされるとよいですね。ただ、受け皿を増やしても、ちゃんと対応できる人材の育成、という問題もあります。

薬による治療

必要に応じて、抗うつ薬などを適切に用いることは、ご本人の精神状態と、お子さんや家族のためにも、大事です。女性の場合は、授乳との兼ね合いも相談しながら処方します。妊娠中や授乳中でも使える薬もありますので、自己判断で受診を控えたり薬を中断せずに、先生とよく相談しましょう。

 

これらが一般的にあげられますが、あくまで一般論です。繰り返しますが、周産期うつの背景が人それぞれさまざまであるように、治療についても、単純ではありません。

 

ただひとつ言えることは、はじめから症状の改善が期待できるわけではないとしても、ひとりで抱え込まず、まずだれかに助けを求めるだけでも、大きな第一歩です。

周産期うつにならないためには

周産期うつになることがよくないこと、恥ずかしいこと、というわけではありませんが、周産期うつになると、やはりつらいものですので、ならないに越したことはありません。

 

産後うつを予防するための予防策としてあげられるのは、以下のようなことです。

 

● 妊娠中から夫・家族と家事・育児の分担を話し合っておく
● 赤ちゃんが寝ている間は一緒に休む(家事を優先しない)
● 夫や家族に夜間授乳を交夫や家族に夜間授乳を代してもらう(ミルクや搾乳を活用)
 →ただしパパも家族も無理しない
● サポート制度について調べておく
● 地域の育児サークルなどで交流(日中に日本語を話す機会があるの大事!)

赤ちゃんにリズムを合わせることも大切

ここまで、周産期うつについて改めてちゃんと知って頂いた上で、それでも、

 

「周産期うつは本人の甘え、怠慢だ」

 

と考える方は、もしかすると、周産期うつに限らず、「うつ」についても、本人が怠けているだけ、と思ってらっしゃるのか、もしくは、女性に対してだけ厳しいのか、いろんなケースがあるとは思います。

 

しんどい状態にある患者さんを目の前にして直接言う人はおそらくほとんどいなくて(というか出会うこともないかもしれません)、逆に言えば、どの程度しんどいのか、どういう状況なのか、直接知っているわけでもないのに、怠けているだけだ、と仰っていることになります。SNS上で好きに言っている方たちは、育児を代わってくれるわけでもありませんし、なんの責任もとってくれません。

 

知らない人に対して、匿名であったり顔が見えないからこそ、好き放題に言えてしまう、言い過ぎてしまうのがSNSの特性です。よいことではありませんが、そういうものと思って付き合う必要はあります。

 

そうは分かっていても、いざ文字面を見ると、傷つきますよね。あくまで気にしなくてよいのですが、それでもダメージを受けるのが人の心ですので、そのようなアカウントをブロック/ミュートするなり、しばらくSNSから離れるなりするだけで、だいぶ心は穏やかになります。

 

なんの根拠にも基づかずに好き放題言っている知らないだれかのために傷つく必要はありません。リアルの世界の周囲の人たちは、もっとやさしいですし、相談すれば助けてくれる人がたくさんいるはずです。

 

そして、今、産後うつのご家族を支えている方にも、決してご本人の甘えではない、ということを改めて知って頂ければと思います。

まとめ

周産期うつは、決して本人の甘えや怠慢ではありません。甘えや怠慢だ、という声がSNSでは飛び交いますが、気にしないで下さい。(そういった声がなくなるのが理想ですが、わたしにはそこまでの力はなく…)

 

「気合い」や「我慢」で乗り切ろうとするのではなく、必要なときには周りや社会に助けを求め、医療や社会的サポートを利用して、無理せず育児にあたることで、父親・母親双方の心と体の健康が守られ、その結果、赤ちゃんの健康も守られることになります。

 

育児の助けを求めることは、決して、育児に無責任なわけではありません。むしろ、責任感があるからこそ、赤ちゃんとパパママのために、助けを求めているのです。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。ちょっとカタい話になってしまいましたが、ひとりでも多くの方が周産期うつについて知って頂く機会になれば幸いです!

 

また次の記事で元気にお会いしましょう!
 

【引用文献】
Prevalence of Perinatal Depression among Japanese Men and Women : a Meta-analysis. 精神経誌 125(7), 2023
Prevalence of Perinatal Depression among Japanese Women : a Meta-analysis. Ann Gen Psychiatry, 19 (1); 41, 2020
Prevalence of Perinatal Depression among Japanese Men : a Meta-analysis. Ann Gen Psychiatry, 19 (1); 65, 2020
 

 

稲葉可奈子

産婦人科医。京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得。産婦人科診療の傍ら、子宮頸がん予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を、メディア、企業研修、書籍、SNSなどを通して発信している。婦人科受診のハードルを下げるため2024年7月渋谷にInaba Clinic開院。

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