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crumii編集長・宋美玄の炎上ウォッチ #06

産後うつの母親が生後4か月の長男を殺害。妻に「仕事に行かないで」と言われたら、夫はどうするのが正解?

「夫が仕事に行かなければ赤ちゃんは殺されずに済んだのでは」と感じた人が多かったようだが…

今回の炎上ウォッチは、埼玉県戸田市で当時生後4か月の長男を殺害したとして、38歳の母親が殺人の疑いで逮捕されたという衝撃的なニュースをきっかけに起こっているSNSの論争についてです。

 

ネットニュースによると、事件となる当日の朝に母親が夫に仕事に行かないでほしいというそぶりを見せたと記載されていて、「その時に仕事に行かなければ赤ちゃんは殺されずに済んだのでは」と感じた人が多かったようです。夫は昼過ぎに帰宅したと書かれた報道もあり、後ろ髪引かれる思いで出勤したのではとも推測されています。ただし、実際の詳細は報道からは分かりませんし、そもそも医療事故についての報道を見ていても、ニュースに書かれている文言は往々にして断片的で印象操作的なものも多く、真実とかけ離れていることが多いです。

 

報道から受ける印象を元にこの事件の当事者や家族について断定的なことを言うのは不適切だと考えられますので、今回はこの事件についてではなく、この事件を自分の経験や立場と重ねていろんな人がそれぞれの立場で呟いている論争について私が思ったことを書きます。

 

リモートワークのできない臨床医ゆえ、出勤間際に「今日は行かないで」と言われてもそう簡単ではないことはよく分かる

投稿を見ていると、母親側に近い立場の意見としては「子どもができたら急に仕事を調整しないといけなくなることがあるのは分かっていたはず」「自分の時も夫にSOSを出したが休んでくれなかったので、そこから心の距離が大きく開いた」というものが多いようですが、「自分の夫は休んだり寄り添ったりしてくれて助かった。今でも感謝している」というものもありました。これに対し、父親側に近い立場に共感した意見としては「そんなに急に休めるわけがない」「責任のある仕事というものをなめている」というものが多いようです。

 

私はもともと周産期医療センターでの勤務が長く、月の半分以上が当直勤務でした。夜に何回も起こされ、そのまま次の日も夕方か夜になるまで勤務が当たり前。一睡もできないこともよくありました。また、共働きですが現在に至るまで家計においては私の方が大黒柱的な役割です。13歳と9歳の子供がいて、2回とも半年以内に復帰しています。主となる仕事はずっと臨床医なので、リモートワークはできません。常勤で勤務していても、非常勤であっても、今のように自分が院長として開業していても、代わりもおらず急に休みづらい状態です。

 

なので、もしも出勤間際に「今日は行かないで」と言われたらそう簡単ではないよなというのはよく分かります。 実際、子育てをしていると体調不良や、登園登校を渋ったり、さまざまな場面で出勤の妨げがあります。今は自分でクリニックを運営しているのですが、私自身だけでなく働いてくれているドクターやスタッフも含めて極力フレキシブルに対応できるような体制を心がけています。たまに突発的なことがあった場合、遅刻、欠席、中抜け、早退などしても、今のところ支え合って運営しています。

 

ただ、今までうちのクリニックがたまたま窮地に立っていないだけで、医療業界は慢性的な人手不足と国の医療費カットにより、余裕のある人員配置は難しく、現場レベルでの意識改革や調整だけでは難しいことも良く分かります。他の業界のことは詳しくありませんが、さまざまな企業さまでセミナーや講演をさせていただいた際にお話しを伺うと、すごく先進的でダイバーシティが進んでいる企業さまも多いです。ただ、日本全体で見れば大半の方がそんなにはフレキシブルに調整できない状態で働かれていることと思います。

 

出産子育ての経験者として、産後うつの当事者の気持ちも分かる。育児が孤立した状態にならないように調整しておくことが大事

一方、産婦人科医としても出産子育ての経験者としても、産後の数ヶ月は母体にとって本当に危機的な状況であることもよく知っています。出産も何日も陣痛で苦しみ、疲れ切る人もいるし、会陰が裂けたり切られたり、出血したり。帝王切開の人はさらに大きな傷を負ってのスタートです。赤ちゃんに免疫などの大きなメリットのある初乳をあげるためには、その状態で母乳育児を始めなければいけません。

 

私自身は出産自体は安産な方でしたが、母乳では最初苦労しました。新生児の授乳は3時間おきと一般的に言われるけど、「母乳の出が悪いから2時間おきに」と言われて、出が悪いから1回に1時間以上吸ってて、寝るどころかトイレも食事もままならなかったです。

 

今よりも母乳育児が前提の時代で、プレッシャーも大きかったです。後から思えばおかしな精神状態で、SNS投稿を見て涙が止まらなくなることもありました。3ヶ月くらい里帰りしていたので最初は孤立することはなかったけど、自宅に戻った後は長時間を赤ちゃんと二人きりで過ごし、朝夫が出勤した後に気が遠くなる思いをしたことも何度もあります。

 

夫婦 子ども 赤子 産後うつ
photo:PIXTA

 

産後うつと診断されている人たちのケースを見ると、もっと深刻で、長期間辛い思いをされています。自分は特別辛かった方ではないと思います。なので、産後うつで、本当にいっぱいいっぱいになった時、家族に「赤ちゃんと二人きりにしないで」と言う気持ちはとても分かります。

 

一方で「そんなに急に言われても困る」というのも多くの人にとっては事実と思います。 結局のところ、夫の出勤間際に「行かないで」という状態での正解というのは難しい。その日は調整できても、次の日も育児も仕事も続くので。経験者たちから聞くと、産後うつの当事者も長く辛い思いをするが、家族も同じように辛い思いをしています。赤ちゃんの安全と健康のため、家族の幸せのため、育児が孤立した状態にならないように調整しておくことが大事です。

 

産後に辛い思いをした方の声を、次に親になる人や生まれてくる子どものために活かすには?

報道の事件については、詳細は全く分からず、そうしていたら防げたのではという意図はありません。今回SNSで巻き起こっている多くの方の産後辛かったという声を、次に親になる人や生まれてくる子どものために活かすなら、

 

・一人に育児の負担と責任がのしかかる状態を作らない

・家族は同じように当事者意識を持つ

・産後はどんなスーパーウーマンでも一時的に仕事はできない。二人の子どもを妊娠して出産し、傷ついた体の回復過程で育児も担っているのだから、父親側は「働いて養っているんだ」という考えは少なくともその時期は捨てる

・できるだけ子作りをする前から夫婦で当事者意識を持ちあまり楽観的でないシミュレーションをしておく

 

とは言え、地域、家族構成、実家、義実家、職種や経済状況などさまざまな事情もあり家族内で調整にも限界があると思うので、次回は社会としての現状と求められる体制について書きます。

 

【宋美玄の炎上ウォッチ バックナンバー】

#05「介護脱毛」についてのSNS投稿に思うこと。不安を煽り、必要性の低い需要を作り出すことは、SRHRの観点からも問題視されるべき
#04 炎上中の「子育てケアマネ」について詳しく聞いてみるとだいぶ印象が違った件

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