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産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記②

産み分けゼリーって意味あるの?

こんにちは、産婦人科医やっきーです。

前回は「産婦人科医やっきーのトンデモ医療インスタグラマー観察記①」と題して、ヤギミルクを乳児に飲ませるとんでもない人間を取り上げましたが、
今回からはインスタに限定せず「産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記」としてお送りしていきます。

お察しの通り、インスタに限定しなくなったのは記事執筆のネタの自由度を上げるためです。
そうそう毎回都合よく、インスタにちょうどイジりやすい温度感のトンデモ医療が投稿されるとは限りません。

ここにきて、深く考えずに前回の記事タイトルに【インスタグラマー】と付けてしまったことを後悔しています。
階段でポカリを飲みながら涙を流す三井寿の気持ちが今なら分かります。なぜオレはあんなムダな一語を…

今日のテーマ「男女の産み分け」

さて、今回お届けするテーマは「男女の産み分け」です。

そう。
産み分けと言えば産婦人科のうさんくさ話題における一大テーマであり、そして怪しげなビジネスが入り込みやすい分野でもあります。

とはいえ「特定の性別が生まれてほしい」という願望は今に始まったことではありません。

かの豊臣秀吉も、生まれた男児がことごとく病没・早世していたため、とりあえず甥の秀次を養子にして後継者にして急場を凌いでいました。
しかし、待望の男児である秀頼が生まれたことで方向転換。養子にしていた秀次を切腹に追い込み、我が子である秀頼を正当な跡継ぎとしました。人の心とかないんか?

このように、昔から今に至るまで産み分けには需要があったため、医学の発展とともに様々な仮説が提唱されました。
その結果として、産み分けゼリー、性交のタイミング、オーガズム、パーコール法、食べ物、サプリ、カレンダー……といった数々の産み分け法が跋扈することになったわけです。

しかし、現状の産み分け法はすべて「産み分けの効果は全く無い」と言い切って良い存在ですし、ものによっては害すらあります。こんなもんを謳ってくる人間や商品に絶対に近付いてはいけません。

例外として、遺伝子検査を介する手法を使えば産み分けができないこともありませんが、これはごく一部の特殊な状況を除いて日本産科婦人科学会の方針によって禁止されています。(これを禁止することの是非については一旦置いておきます)

前述した産み分け珍説すべてを詳細に解説しても良いのですが、本記事では現代日本において最も有名な産み分け法のひとつであり、かつ金銭的な被害も大きいであろう「産み分けゼリー」についてお話ししていきましょう。

産み分けゼリーについてご存知でない方のために簡単に説明すると、「性交前に男の子用 or 女の子用のゼリーを腟内に入れておくことにより、望んだ性別の赤ちゃんが生まれる確率が上がる」ということを謳っている風の表記がなされたゼリーです。またの名をゴミです。

いやいや、ゴミというのは正確な表現ではありませんでした。ものすっごい高額なゴミです。

というわけで、なぜ産み分けゼリーがゴミなのか、なぜ私がこれほどに産み分けゼリーを憎んでいるのか。その理由を解説するために、これらのゼリーの医学的根拠について考えてみましょう。

X精子とY精子

ヒトの性別を決める要因となっているのが染色体である、というのは多くの方がご存知だと思います。

性染色体がXXだと女性に、XYだと男性になります。
X染色体をもっている精子は「X精子」と呼ばれ、Y染色体をもっている精子は「Y精子」と呼ばれます。

妊娠 産み分け 染色体
photo: PIXTA

そして、産み分けゼリーの根本となった理論を提唱したのが、アメリカの産婦人科医であるランドラム・シェトルズ先生です。
彼は1960年に「X精子の方がY精子よりも頑丈である」「X精子は酸性に強く、Y精子はアルカリ性に強い」という論文を発表し、1970年にはこの説をさらに発展させてこんな説を唱えました。

「男児を得たいのであれば、セックスの前に重曹で腟を洗え」
「女児を得たいのであれば、セックスの前に酢で腟を洗え」

今考えるとどうかしてるとしか言いようがない説ですが、当時は大マジメにこれが提唱されていました。

この理論によってシェトルズ先生は男児の産み分け成功率が22例中19例、女児の産み分け成功率が19例中16例にのぼったと豪語し、一躍注目されました。しかし他の研究者が追試すると、ことごとく失敗に終わりました。
加えて、この理論の土台となる「X精子は酸性に強く、Y精子はアルカリ性に強い」という前提すらも1971年の検証で「全くそんなことはなかった」と完全に否定されてしまいました

つまり、腟内が酸性やアルカリ性だと男女の産み分けがどうのこうのという理論は1970年代にすでに否定されたものだということです

産み分けゼリーについて

今回の記事を書くにあたり、1990年代~現在に至るまでに出版された様々なうさんくさい産み分け指南本・産み分けサイト等を参照しましたが、判で押したように、とっくに否定されたはずのシェトルズ理論を推しています。理由は単純で、産み分けゼリーを売るためにはシェトルズ理論が必要不可欠だからです。

産み分けゼリーという商品は、ビジネス的には非常によくできています。意味が全く無いということを除けば、ですが。
レモン果汁や海藻の煮汁などを少し入れてpHを調整しただけの、原価のクッソ安そうなゼリーが1個あたり数千円などの驚愕の値段で売れて、しかも赤ちゃんができるまで使い続けてくれる(20代でも1周期当たりの妊娠率は約20%)わけですから、こんな美味しいビジネスはそうそうあるものではありません

もちろん、訴訟対策もバッチリです。
現在流通している産み分けゼリーの商品は「男の子用」「女の子用」などと商品名に書いてあるだけであり、「これを使えば産み分け成功率がアップするよ」などとはどこにも書かれていません。なぜなら産み分け成功率がアップするという根拠が存在せず、根拠のないことを書いてしまうと薬機法に触れるためです

「購入者が勝手に『このゼリーで産み分けできる』と勘違いしたのが悪い」といつでもシラを切られる体勢をしっかり整えているあたり、企業側も大したものです。(誉めてない)
実際、産み分け商品を販売している会社が「自社製品を使って産み分けに失敗した人」に対して公式声明や謝罪文を出したことは過去に一度もありません。

そして、ごくごく一部の産婦人科医が産み分け指南本や産み分けサイトで「過去にこういう報告があった」とシェトルズ理論を紹介し、自分のクリニックで産み分けゼリーを販売したり、あるいは産み分けゼリーに自分の名前を貸して「産婦人科医が認めた!」などと付けさせればあら不思議。全方位にわたって隙のないインチキ産み分けビジネスの完成です。

企業は高額でゼリーが売れて嬉しい。一部の産婦人科医は企業からの報酬やゼリー販売による利ザヤが得られて嬉しい。あくまでもシェトルズ理論を紹介しただけという体なので、薬機法対策もバッチリ。モラルを投げ捨てていること以外は完璧です。

なお、そうした産み分け指南ではたいてい「産み分け成功率は80%」と謳っています。これは前述のシェトルズ先生らのデータが元になっているわけですが、この80%という数字も実に巧みです

上手くいかなくても「20%を引いたのか、ちょっとアンラッキーだったかな」でまあ納得できるパーセンテージですし、上手くいけば「さすが80%の確率で成功する手法だ!!」「この商品(病院)は効果があるぞ!!」と産み分け成功者が口コミやSNSで勝手に宣伝してくれます。
これによって成功した人の意見を目にしやすく、成功しなかった人の意見は目にしにくいというバイアスが自然発生します。

そもそも何もしなくてもほぼ50%の確率で産み分けは成功するわけですが。

産み分けに悩むご夫婦からムダ金を巻き上げているという地獄のような状況を除けば、これ以上ないビジネスモデルと言えます。
私は悪魔に魂を売ってないので今のところコレをやる気はありません。

まとめ

というわけで、本記事では「産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記②」と題しまして「産み分けゼリーって意味あるの?」について解説しました。

なぜ私が産み分けゼリーを高額なゴミ扱いしたかお分かり頂けたでしょうか。人の悩みにつけ込み、全く効果がないにも関わらず高額で売られる商品のことを「ゴミ」という言葉以外で表現しようがないからです。

さて、冒頭でお話しした「性交のタイミング、オーガズム、パーコール液、食べ物、サプリ、カレンダー、遺伝子検査」を使った産み分け方法についてはどうでしょうか?

実はそれらを全て詳細に解説している本が、あるのです。

というわけで、産婦人科医やっきー初の単著である『産婦人科の質問箱 アレはホントにマジなのか』が2025年9月18日ごろに出版されます。
イエーーー!!!フゥーーー!!!

本書では「男女の産み分けはできるの?」「骨盤の歪みとは?」「民間のさい帯血バンクに意味はある?」「インフルとコロナと風邪の違いは?」「妊娠中や妊娠前後に打つべきワクチンとは?」など、全18項目のよくある疑問に対し詳細に解説しています。

さらに「サウナって健康に良いの?」「満月だとお産が増えるの?」などのコラムも充実。

この手の書籍は「予約」がめっっっちゃくちゃ重要なので、事前にご予約を頂けるとありがたいです。
予約特典も血を吐きながら5つほどご用意しますので、よろしければ特設サイトをどうぞ。

産婦人科医やっきー 産婦人科の質問箱 アレはホントにマジなのか

【参考文献】
L B Shettles. “Nuclear morphology of human spermatozoa” Nature. 186: 648-649. 1960.
L B Shettles. “Factors Influencing Sex Ratios” Int J Gynecol Obstet. 8: 643. 1970.
R B Diasio, R H Glass. “Effects of pH on the migration of X and Y sperm” Fertil Steril. 22(5): 303-305. 1971.

この記事の執筆医師

産婦人科医やっきー先生

日本産科婦人科学会専門医。専門は女性ヘルスケア、産婦人科一般。臨床の傍ら、漫画の描写を通じて産婦人科の知識をわかりやすく発信するスタイルでブログやニュースレターなどの情報発信を行う。SNSにおいても産婦人科医療に関するフォロワーの質問への回答や医学解説を積極的に投稿。代表サイトは、妊婦健診の暇つぶしブログ『産婦人科医が漫画を読む』、雑記帳『医学の話を全くしないnote』、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』など。2025年8月には初の単著を発売予定。

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