ピル 医療用

トンデモ産婦人科医列伝 #03

「ピルは製薬会社が儲けるためのもので、飲むのは良くない」ピル陰謀論系産婦人科医のトンデモ診療を再現!

「ピルは製薬会社が儲けるためのもの」「医者がピルの処方を渋るのは、中絶で儲けるため」…どっちやねん

「ピルは製薬会社が儲けるためのもの」という陰謀論に近い偏見と誤解がある一方で、「医者がピルの処方を渋るのは、中絶で儲けるため」という呆れた主張もある。

 

どっちやねん。

 

こうした言説について、2012年の旧Twitterでは、宋美玄氏が「我々はそんなお金で動く動物じゃなければ、左うちわでもない」「ピルが健康にいいからすすめているのに、根強い偏見があるだけ」と、医師の立場からつぶやいていた。

 

ピルとは、2種の女性ホルモン=エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲスチン(黄体ホルモン)が配合された、飲み薬のことだ。「経口避妊薬」とも言うが、目的は避妊だけでなく、生理痛ほか月経にまつわる痛みの治療としても用いられる。筆者も1990年代後半の学生時代、生理不順を整えるために、数年間服用していた。

 

このピルにまつわる言説。デマを含み、所説ありすぎて困るのだ。ひとつの物事に対しいろいろな意見があるのは当然だし、生殖に関わることはデリケートで難しい。だが、健康に関することは、専門家である医師の口からあまりに理解しがたい意見が出てくると、私たちは困り果ててしまう。どっちやねん、と。

 

自治体の子宮頸がん検診で陰謀論系の高齢男性医師に言われたことは…

そうした体験をしたのが、作家の姫野桂さんだ。2018年、31歳の時、自治体の子宮頸がん検診で近所の産婦人科を受診すると、高齢の男性医師からこう言われた。

 

「ピルは製薬会社が儲けるためのもので、飲むのは良くない」

 

おお……陰謀論系だ。姫野さんは幸い、ネットを通じてそうした言説があるのを知っていたので「この手の人か」と、平静を保ってスルーすることができた。言説への免疫があったことに加え、かかりつけの産婦人科でピルに対する説明を受けていたので、正しい知識を持っていたことも、大きかった。しかしこの手の発言で、不安を煽られる人も当然いるだろう。問題があるのは、明白だ。

 

ちなみに姫野さんは、それまでに通っていたかかりつけがあったのだが、その奇妙な発言をするクリニックを受診したのは、区から発行される無料検診クーポンを使える施設が、近場でそこしかなかったからである。そして検診の流れで、生理痛がひどく別のクリニックに既に通っていること、診察の結果子宮内膜症の一歩手前の状態なのでピルを処方されていることを伝えたのだ。すると……

 

「本当に子宮内膜症って言われたの?」

 

「製薬会社の儲けのため」に続き、こんな言葉も飛び出した。現在確認しても、そのクリニックの口コミは、なかなかに殺伐としている。「星ひとつすらつけたくありません」レビュー界隈の定番フレーズが書き込まれており、「治療のために服用しているピルを、避妊目的だと決めつけられた」というものもあった。

 

その他の口コミを見ても、その医師がピルに対してネガティブな(そして古い)考えを持っている様子が伺えた。しかしここで「年配の医師にありがち」と思わないでほしい。若手の女医でも、自然派寄りの考えから「ピルは不自然」「排卵する力がなくなる」と発信している場合があるのだ(前者はもう個人の考え方としか言いようがないが、後者ははっきり言ってデマである)。

 

「その齢だから、早く子ども産んだほうがいいよ」

病院 診察 驚き
photo:PIXTA

 

さらに、その医師の口からは、驚きの発言が連発される。

 

「その齢だから、早く子ども産んだほうがいいよ」

 

妊娠出産の相談をしに来たわけではないので、余計な一言だろう。

 

「当時はパートナーもいないし子どもを産むつもりもなかったのでイラッとして、『相手がいません』と答えました。すると『相手なんてすぐ見つかるよ』と」

 

世間話のつもりか何なのかは不明だが、ノンデリにもほどがある。情報のアップデートをしない医師というのは珍しくないが、自治体は住民の健康を支援する立場として、最低限の調査をしてほしすぎるだろ……。

 

現在、姫野さんは妊娠中で、幸い信頼できる産婦人科医にめぐり合うことができたという。

 

「初めての妊娠で、わからないことだらけです。妊娠が判明したときは、予想外の出来事だったためパニック状態でしたが、受付から医師まで、とても丁寧に対応してもらえて、安心できました。医療者は、患者に不安になるようなことを言わないでほしいですね。支えてくれる存在であってほしいです」

 

「ピルは製薬会社が儲けるためのもの」発言の意図

さて「ピルは製薬会社が儲けるためのもの」という発言について。

 

ピルは継続的に飲む医薬品なので、製薬会社の利益になるのは間違いないが、それを不必要に飲ませられている=金儲けのために苦しめられているというニュアンスになってしまっているので、そうなると陰謀論の領域になってしまう。「ワクチンによってマイクロチップが埋め込まれ、都合よく操作される」といったトンデモ系と比べるとさほど突飛なものではなく、多少は間違っていないグレーな部分がややこしいのだが。

 

この医師がどういう意図で発言したかは知りようがないが、その言葉からはこんなパターンが推測できる。

 

・製薬会社と医療現場の関係性に思うところがあった。
・女性の健康が薬ありきになることへの、社会への問い
・女が性の自己決定をする現代の生き方をけしからんと思う古の道徳感
・薬でコントロールするのは”自然じゃない”と考える人
・副作用を、数字以上に重くとらえている

 

医療の中核を担う国家資格(医師や薬剤師)は、エビデンスを基本とした西洋医学をもって行われているが、全員がそれを絶対視しているわけもなく、独自の考え方を取り入れる医師も当然いるし、そこに需要もあるだろう。

 

この手の話で筆者がいつも思うのは、「標準治療を否定する医師は、HPや看板にそれを明記しておいてくれ」である。血液クレンジング! 免疫! マルチ系アロマ! 断薬! など、特色のあるものを堂々とHPで紹介しているクリニックは、ある意味親切に思えてしまう。しかし、パッと見わからないクリニックも山ほどある。今回の姫野さんが受診したクリニックのHPを見ると、こう書いてあった。

 

「質の高い医療サービスをご提供することを心がけております」

 

ふんわりしすぎていて、実態わからなすぎ。昨今はネットで口コミが調べられるだけ、マシなのか。過去に「待合室に置いてある本で傾向を探る」って意見もあったが、それもまたあてにならないことが多いと思う。

 

【トンデモ産婦人科医列伝 バックナンバー】

#02 子宮体がん検査が激痛、のち卒倒! 婦人科検診がトラウマになった話

#01 更年期や生理の悩みで「高評価の産婦人科」を受診したら、診察差別された話

 

山田ノジル

フリーライター。女性誌のライターとして美容健康情報を長年取材してきたなかで出会った、科学的根拠のない怪しげな言説に注目。怪しげなものにハマった体験談を中心に、取材・連載を続けている。著書『呪われ女子に、なっていませんか? 本当は恐ろしい子宮系スピリチュアル』(KKベストセラーズ)ほか、マンガ原作や編集協力など多数の作品がある。 X:@YamadaNojiru

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

院長

宋美玄先生

産婦人科

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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