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保険診療 診療報酬改定 医療制度

crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #37

開業医は儲かっているから削ればいい? 女性の健康を守るために知ってほしい医療機関の内情

今回取り上げるのはこちらの2つのニュースです。

経常利益率、診療所6.4%・病院0.1% 財制審が診療報酬改定の議論開始
(日本経済新聞)

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)のが社会保障分野を巡り、病院の経常利益率が0.1%にとどまるのに対し、開業医などの診療所は6.4%と中小企業平均よりも高く、診療報酬改定の対応にメリハリが必要との見方を指摘した。

つまり、診療所は儲かっているから診療報酬を削り、経営の苦しい病院に手厚く診療報酬改定が必要という主旨のニュースです。

もう一本はこちら。

東京都が診療報酬「およそ10%引き上げ」要望 来年度の診療報酬改定めぐり厚生労働省へ緊急提言 都内病院の67.9%は「医業赤字」 物価高騰で経営圧迫
(Yahoo!ニュース、出典:TBS NEWS DIG

東京都が厚労省に対し、物価高騰などの影響で病院の経営が圧迫されているなどとして、厚生労働省に対し、およそ10%の大幅な引き上げを要求する緊急提言を行ったというニュースです。 都が行った調査によりますと、昨年度、都内にある病院の67.9%が医療行為の収支で赤字とのことで、物価高騰などの影響で病院経営が圧迫されているとしています。

この二つのニュースだけを見ると、「病院は苦しい」けど「診療所はまだ儲かっている」という印象を持つ人が多いと思います。しかし、勤務医と開業医の両方の立場を知る者として、こう言った議論の進め方には大きな違和感があります。

 

診療報酬改定 厚生労働省 婦人科
photo: PIXTA

診療報酬は全国一律で、医療機関は自由に値付けできない

診療報酬(保険診療)は全国どこの医療機関でも同じです。
保険適用の診療を行う限り、医療機関側は自由に値段を設定できない 仕組みになっています。
そして、診療報酬はこの数十年でほとんど変わっておらず、その間に物価や人件費は上がってきました。また、医療機関が支払う家賃や医療材料の仕入れには消費税がかかるにも関わらず、保険診療そのものは非課税のため患者側から消費税部分は支払われないため、消費税増税のたびに医療機関の経営は青息吐息です。

診療所といっても構造は様々、利益率を一括りにするのは乱暴

このニュースにより、「診療所の利益率は6.4%」という数字が一人歩きしています。しかし、一口に診療所と言っても、

・高点数の処置や検査が多い診療科のクリニック
・自費診療(美容医療、自由診療、健診、物販)を積極的におこなっている施設
・低点数の保険診療が中心の診療科のクリニック

があり、地域によって事情もさまざまです。

また一番おかしいと思うのは、この利益率の計算には 保険外収入(自費診療含む)が含まれているということです。 このようなご時世なので、保険診療だけではペイしないということで自費診療を行なっている診療所は多いです。(ちなみに、自費診療と言っても、エビデンスもないインチキくさい点滴や、人間ドック、美容外科などの自費手術など多岐に渡り一概に悪いものというわけではもちろんありません。産婦人科でいうと産科のかなりの部分は自費診療になります)
なので、「診療所は全体として儲かっている=保険診療の点数が高すぎるんじゃないの?」という解釈は、非常に乱暴に感じます。

おかしさついでに書きますと、「手術時間が短くなったからコストが下がった」という理由で帝王切開術の診療報酬が、2014年度に2万2,160点から2万 140点に引き下げられたことがあります。患者さんのために技術改善・効率化を頑張ったのに、その結果診療報酬を下げられるとはいちゃもんを通り越して嫌がらせとしか思えません。診療報酬の点数設定はブラックボックスで、患者のためにも現場のためにもなっていないんじゃないかと思わされることがしばしばあり、国に対して不信感を抱いてしまいます。

婦人科は非常に割に合わない診療科

私は医師になってからずっと産婦人科医をしているので、他の診療科に関しては詳しくありません。ここからは産婦人科診療、特に保険診療がほとんどである婦人科についてお話ししたいと思います。婦人科は診療単価が低く利益率が非常に低い診療科と言われています。

2020年度に「婦人科特定疾患治療管理料」が新設され、大変ありがたいですが、生活習慣病の管理料と比べるととても低い設定です。
さらに、長年学会などが要望しているにもかかわらず、更年期障害に対する“管理料”はいまだに実現していません。更年期診療は本来、問診、傾聴、精神的ケア、治療薬の調整など、非常に丁寧な診察を必要とする領域です。

先日参加した女性医学学会の「学会に物を申す」というテーマのセッションでも、多くの医師が口々にこう訴えていました。

「婦人科の診療報酬が低すぎてどれだけ頑張っても赤字です」
「更年期診療は丁寧な問診が必要なのに、数百円の再診料では経営が成り立ちません」

1人も「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、やりようによってはなんとかなる」のようなことを言う人はその場にはいませんでした。
「診療報酬の絶対的な低さは、女性の権利の問題である」と指摘されている先生もいました。
女性の健康問題を丁寧に診たら成り立たない制度が放置されていることそのものが、女性の健康と権利の軽視だという意味に受け取り、激しく同意しました。

「軽症患者がコンビニ受診」は婦人科には全く当てはまっていない

日本は医療アクセスが非常に良いので、「軽症で気軽に受診する患者をどうやってセルフメディケーションに誘導するか」という議論をよく見ます。医療全体で見ると、実際にそういう問題は大きいのだと思います。
ですが、産婦人科については全く逆です。

・生理痛
・ 生理不順
・ 不正出血
・外陰部の皮膚病変やおりものの症状
・更年期症状

どれもQOLや将来の妊娠に影響したり、深刻な病気のサインかもしれず、婦人科に来てほしい症状です。おそらく多くの婦人科医が同じ感覚だと思うのですが、「こんなことでどうしてわざわざ来たの?」という患者さんは婦人科診療でほとんどいないと思います。
むしろ、婦人科受診に高いハードルを感じてしまい、我慢して受診を控えている人がまだまだとても多い ではと推測します。
少なくとも、産婦人科には現時点で「削るべき無駄な受診」というのはほとんどないと思います。

アメリカと比較しても時間をかける診療を、日本は評価していない

診療 時間 短時間
photo: PIXTA

Xでやりとりのある、アメリカで産婦人科医として働くドクターに尋ねたところ、アメリカでは、婦人科外来は 1人あたりに15〜30分 かけるのが一般的だそうです。
日本でもそれだけ時間をかけられたら、もっと、ゆっくり話を聞いたり、効率化を考えずに診察や検査を行ったり、丁寧に説明をしたりできるでしょう。しかし現実としては、日本ではその半分の時間すら確保できていない婦人科医療機関がほとんどだと思います。
そこまでの診察時間に見合った診療報酬が全く存在しないからです。
つまり、国の現行制度は、「婦人科診療に時間をかけるな」というメッセージになっています。

医療従事者の努力で女性の健康をなんとか支えているが、すでに限界が来ている

多くの婦人科クリニックは、コスト削減、効率化、自費診療でなんとか維持しています。
しかし「真面目に診療すればするほど赤字になる」という構造は明らかにおかしいものです。
そして、病院はもっと厳しい状況にあります。大きな手術を専門チームで行い、重症患者を診る勤務医の友人たちの待遇は、聞くと悲しくなるものです。

日本の医療水準はとても高いものですが、このままでは維持できないでしょう。

診療所と病院を対立させても解決する問題ではありません。必要な医療を持続可能にするには、どのくらいの対価が必要なのか、それを時代に見合ったものにアップデートし、真面目に女性の健康を守るために診療を行えば、成り立つ制度にしていただきたいです。

医療制度 持続可能性
photo: PIXTA
宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の執筆医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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