産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記④
腟マッサージって意味あるの?
こんにちは、産婦人科医やっきーです。
今回、宋先生からいただいたテーマは「腟マッサージ」。相変わらずヤベーのばっかり提案してくるぜ。
あれでしょうか、もしかして私は鉄砲玉として育成されている最中なのでしょうか。
いざという時にものすごい敵と相打ちさせ、残ったのはシロクマの残骸のみ、という状況を作り出すのが目的なのでしょうか。
ははーん、繋がってきたぞ。なぜこんなネット上に棲息してる正体不明の匿名シロクマに仕事をくれるのか。
そうしてcrumiiについて考えていると、私はある真実に辿り着いてしまいました。
このウェブサイト「crumii」の頭文字を取ると、このような言葉が完成するのです。
c:Conspiracy(共謀)
r:Ritual(儀式)
u:Ursus※
m:Maritimus※
i:Imperial(帝国)
i:Invisible(見えない)
※Ursus maritimus:シロクマ・ホッキョクグマの学名
「共謀」「儀式」とは、宋先生が裏で繋がっている闇の組織との密約を指すと思われます。
「Ursus maritimus(シロクマ)」は言うまでもなく、私のことでしょう。
最後の2単語「見えない帝国」の意味は簡単ですね。そうです、ディープステートです。
以上のことから、宋先生は闇の組織・ディープステートと繋がることで私の抹殺を企んでいるに違いありません。
上記のような言葉が完成したのが何よりの証拠です。形容詞や名詞の順番がゴチャゴチャになってて文法的に意味をなしていないことなどは些末な問題です。
真偽を確かめるため、勇気を出してこの原稿をcrumiiに送ります。宋先生にとって図星ならば、この原稿はきっと私の存在ごと抹消されることでしょう。
逆に、もし全部そのまんま採用されてた場合、上記の説は完全なる私のオリジナル陰謀論ということが確定します。ここまでの全文を無視して続きをお楽しみください。
腟マッサージとは?

さて、気を取り直して「腟マッサージ」について考えていきましょう。
いや、そもそも「腟マッサージ」とは何なのか。
産婦人科医としてそこそこ働いてきましたが、現場で「腟マッサージをしてください」などと患者さんに説明したことはただの一度もありませんし、指導医から「腟マッサージを勧めておくように」と言われた経験もありません。
何をどうマッサージすればいいのか、具体的にどのようなメリットが得られるのか、何も分かりません。ここはどこ? 私は誰?
そこで「腟マッサージ」で検索してみると、出るわ出るわ、謎の健康効果。
謎の健康系サイトの記載を総合してみると、
腟マッサージをすることで子宮や卵巣の血流が改善し、ホルモンバランスが整うことで生理痛や生理不順が治り、性交痛も軽減するようです。すげー! 産婦人科医なんかいらんかったんや!!
しまいには「腟マッサージや腟トレーニングを指導します!」と言いながらちょっとお高めの施術料やレッスン料を取ってるよくわからない人もインスタに居る始末です。
しかし、果たして腟を揉むだけでこんな都合の良いことが起きるのでしょうか。
これらの「腟マッサージの効果」について、医学的に考えていきましょう。
血流の改善について
まずは「腟のマッサージによって子宮や卵巣の血流が改善する」という部分の妥当性について検討してみます。
ここで大事になるのは「解剖学」です。
人間の体というのは、どこの部分にどのような血管が走っているのか、その血管はどこからどう枝分かれしているのかがガッチリ決まっています。
ときどき、個人差レベルで微妙な違いが出ることはありますし、サウザー様(北斗の拳)のように内臓が全て逆になってるなど、すさまじい変化が起きることも稀にあるのですが、基本的にほとんどの人の内臓はほぼ同じ構造と考えていただいて差し支えありません。
次に、腟および外陰部は主に「内陰部動脈」という血管が支配しており、子宮は主に「子宮動脈」が、卵巣は主に「卵巣動脈」が支配している形になっています。
要するに、腟マッサージで子宮や卵巣の血流が改善する論を解剖学的に捉えなおすと、「腟への刺激が子宮動脈や卵巣動脈の血流に影響する」と言い換えられます。
しかしこれ、現実問題として非常に起きにくい話です。
腟を支配する内陰部動脈と、卵巣を支配する卵巣動脈はメチャクチャ離れた位置から分岐しています。腟と卵巣は、物理的にはそれほど遠い部位ではないのですが、血管解剖学的にはあまりにも位置が離れすぎているのです。
この現象を例えるならば、近鉄大阪線の本数を増やしたらなぜか大阪~神戸間の新快速が速くなった、みたいなものです。
例えたせいで余計よく分からなくなりましたか、そうですか。
私のたとえ失敗はさておき、いくら人間の体というものがまだまだ謎に包まれた部分が多いとしても、腟のマッサージが卵巣や子宮の血流改善に繋がるという話は考えにくいところですし、またそういった説を支持する信頼度の高い研究も現状存在しません。
余談ですが、2022年に「骨盤底筋のマッサージが子宮の血流を改善させ、不妊治療における妊娠率をアップさせた」という論文が発表されて話題になりましたが、論考に不備が指摘されたため翌年に撤回されています。
ホルモンバランスについて
続いてはコレ。「腟マッサージによりホルモンバランスが改善する」という謳い文句です。
正直なところ、「ホルモンバランス」という言葉は「免疫力アップ」とか「マイナスイオン」とかと同じレベルの疑似科学であり、これ単体で解説しても良いくらいの要注意ワードではあるのですが、そこについては今回は割愛しましょう。
ここをあえて解説しないでおくことで宋先生から「次のテーマはホルモンバランスで」という要望がもらえる気がするしな(ゲス顔)。
さて、ホルモンバランスという言葉は置いておくとして、女性ホルモンという存在が女性の体調に大きく影響を与えることは確かです。
そんな女性ホルモンはどこから分泌されているかというと、「卵巣」です。
(低用量ピルの内服やホルモン補充療法などの例外を除いて)卵巣はおよそ月に1回の排卵を行うのですが、そのついでに卵巣から女性ホルモンが分泌され、女性ホルモンが子宮をはじめとした体全体に影響を及ぼす…というのが基本的な仕組みになっているわけです。
そして、この卵巣や排卵に指示を出すのが脳の「下垂体」という場所で、下垂体は人間のホルモン産生の重要拠点としての役割を担っています。
さらに、この下垂体を管理するのが脳の中の「視床下部」で、ホルモン産生における司令塔の役割を果たしています。
この3つの女性ホルモン分泌機構を総合して「視床下部-下垂体-卵巣系」という言葉で表されるわけですが、この機構に腟の存在はビタイチ関係ありません。完全なる外部機関です。
性交痛について
ここまで「腟マッサージ」をこき下ろしてきたわけですが、全部が全部ダメだというわけではなく、多少の効果があるかもしれないものも存在はします。ホルモンがどうこう言い出したらダウトですが。
そのひとつが「性交痛の軽減」です。要するに、腟や会陰を普段から揉みほぐしておくことで性交時の痛みを軽減させよう、というものですね。
一見すると眉唾感のある主張に見えますが、これまでに18名の女性を対象とした小規模なランダム化比較試験や、19本の論文を検討したシステマティックレビューなども公開されており、おおむね腟や会陰のマッサージの有効性が示されています。
もちろん、現段階でエビデンスレベルが高いとは言えませんし、子宮内膜症や萎縮性腟炎など、性交痛をきたす婦人科疾患の存在も念頭には置くべきです。
とはいえ「骨盤底筋の過緊張による性交痛への対策」ならば一定の評価をしても良さそうです。
産後の会陰裂傷予防について
もうひとつ、腟・会陰のマッサージに有効性がありそうなものが「会陰裂傷の予防」です。
太田寛先生の「会陰切開!しなくちゃいけないの?」で解説されている通りですが、出産時の会陰裂傷の予防効果がわずかながら示されています。
2022年のコクランレビューでは2497人の妊婦さんを対象とした検討が行われ、妊娠35週以降に週1~2回の会陰マッサージをすることで「分娩時の会陰切開の発生率」を有意に減少させることが示されました。
ただし、注意点もあります。
会陰マッサージによって有意差が出たのは初産婦さんだけであり経産婦さんに効果は無かったことや、会陰裂傷の発生率自体は下げられなかったことも同レビューで示されています。
要するに、過信は禁物です。
もっとも、特にリスクのない妊娠の後期であれば会陰をマッサージしてもこれといった害はありませんし、お金や手間が特別にかかるわけでもありませんので、希望に応じて試してみても悪くはないでしょう。
まとめ
以上をまとめると、腟のマッサージには「性交や出産などの物理的刺激を緩和する効果は多少あるかもしれない」「それ以外の効果は今のところ全く立証されていない」というのが結論になります。
サウザー様が産婦人科医をやっていたとしたら、おそらく「腟マッサージなどいらぬ!」と発言していたと思いますが、単なる腟の揉みほぐし効果くらいはあるかもしれません。
このたとえ話は特に要らなかったですか、そうですか。
ちなみに、「腟マッサージ」と近接領域にある、これまたインチキ健康法の「腟トレーニング(ちつトレ)」については私のニュースレターでみっちり解説しております。
よろしければ、こちらもご覧くださいませ。














