産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記⑥
88%がデマ!? 妊娠線の予防方法
妊娠線、それは「トンデモ医療」と切っても切り離せない存在。
2025年3月25日、皮膚科の医学雑誌『The Open Dermatology Journal』に掲載された論文で、このような報告が行われました。
「妊娠線対策に関するTikTokの動画トップ100の情報がほぼデマだった。」
…うん、まあ正直「知ってた」としか言いようがないのですが、
具体的な数字として、トップ100のうちの88本はインフルエンサーによる根拠のない情報で、皮膚科医による医学に基づいた啓発動画はわずか5本にとどまったといいます。
(むしろ個人的には「皮膚科医の発信が5%もあるの!?」と思うくらいですが)
とはいえこれ、「TikTokはデマばっかだなあ」と笑えるような問題でもありません。
何せ、「妊娠線予防にはお腹にクリームを塗ればいい」というごく当たり前に流布している説も、皮膚科医学的には無根拠なのですから。
本日はそんな「妊娠線」についてお話ししていきましょう。

妊娠線とは?
まずは「そもそも妊娠線って何?」というところから解説しておきましょう。
妊娠中は急激にお腹が大きくなるわけですが、それに皮膚の伸展が追い付かなくなった時に皮下組織が断裂することでできる痕です。
いわゆる「肉割れ」であり、妊娠中だけでなく、急激に太ったりむくんだりした時に起きることもあります。
海外では「Stretch mark」とか、特に妊娠が原因のものを「Striae gravidarum」などと呼んだりもします。
お腹だけでなく太ももやお尻、胸や二の腕などにも発生しやすいですね。
そんな妊娠線は、古くから女性にとっての悩みの種でした。
古代エジプトでは「妊娠線の治療にはオリーブオイルと塩を塗るのが良い」とされていたらしく、その伝承は古代ギリシャ・ローマに伝わり、紀元一世紀頃のソラノスや大プリニウスの著作にも記録が残っています。(現代医学では否定済みです)
(参考:B Farahnik et al. “Striae gravidarum: Risk factors, prevention, and management” Int J Womens Dermatol. 2016 Dec 6;3(2):77–85.)
とはいえ、当時は医術と呪術がゴチャゴチャになってた時代であり、「なんかこれが効く気がする(根拠はない)」という時代が長らく続いていました。
本格的に「エビデンスに基づいた妊娠線の予防・治療の研究」が始まるのは1987年まで待つこととなります。
妊娠線予防の研究
「EBM(根拠に基づいた医療)」の概念が整備され始めた1987年、スイスの産婦人科医、ミシェル・ド・ビュマンが一本の論文を発表しました。
それが、歴史上初めて医学的な統計に基づいて妊娠線の予防方法を検討をした論文、
"Effectiveness of Alphastria cream in the prevention of pregnancy stretch marks (striae distensae). Results of a double-blind study"です。
この研究では、
・アルファストリアクリーム(ヒアルロン酸とビタミンEを混ぜたクリーム)を塗った妊婦
・偽薬(ただのクリーム)を塗った妊婦
に分けて統計をとったところ、偽薬では70%の妊婦さんに妊娠線ができたものの、アルファストリアクリームを塗った妊婦さんには10%しか妊娠線ができなかった…という結果になりました。
素晴らしい論文ですが、この研究もまた後に検証しなおしてみると信憑性は微妙だったと報告されました。新たな治療法の発見というのは難しいものなのです。
(参考:S Ud-Din et al. "Topical management of striae distensae (stretch marks): prevention and therapy of striae rubrae and albae" J Eur Acad Dermatol Venereol. 2015 Oct 20;30(2):211–222.)
とはいえ、このビュマン先生の研究を皮切りに、世界中の産婦人科医や皮膚科医たちが我こそはと「妊娠線の予防」に乗り出し、様々な知見が蓄積していくこととなったわけです。
妊娠線の予防方法とは?
結局、それらの研究の結果として、妊娠線の予防はどうすれば良いという結論になったのか?
それを示してくれたのが、みんな大好きコクランレビューです。
コクラン(Cochrane)とは何かというと「過去の医学研究の妥当性を評価しつつ、医学の疑問に関する確かな結論を出すための組織」、
もっと簡単に言えば「あの治療はホンマに効くんか?」を世界一レベルで深く検証してくれる医学ガチ勢たちの集まりです。
WHO(世界保健機関)や各国の医学会でさえも「コクランさんがこう言うてはるで」とゴリゴリに信頼を寄せている存在です。
そんなコクランが「これは信頼できる研究だ」と太鼓判を押した6試験・計800人を対象とした2022年のレビューによると、
ヒアルロン酸やビタミンEを含むクリーム、オリーブオイル、ココアバターなどについて、何を塗ったところで妊娠線の予防には全く役立たなかったという結論に落ち着いてしまいました。
(参考:"Topical preparations for preventing stretch marks in pregnancy")
これはコクランだけでなく多くの学術団体の総意であり、
米国産科婦人科学会は2020年の時点で「妊娠線を予防したり消したりする治療法はない」とし(参考)、
米国皮膚科学会も「ほとんどの予防法は意味がない」「もしかしたら今後見つかるかも」と言及するにとどまっています(参考)。
妊娠線ができやすくなる条件
次に考えるべきは、どういう人に妊娠線ができやすいのかです。
一番知っておきたい「妊娠線ができやすくなる最大の条件」、それは遺伝です。
家族、特に母親・祖母に妊娠線があった女性は、妊娠線の発生率が有意に上昇することが明らかとなっており、その相関率は驚異の57.4%です。
次いで、「妊娠前後のBMIが高いほど妊娠線が発生しやすい」ということも判明しています。
(参考:Betül Mammadov et al. "Determination of Striae Gravidarum and its Affecting Factors During Pregnancy" Cyprus J Med Sci 2024;9(1):64-69)
他にも「若年妊娠」は妊娠線ができやすくなる条件のひとつとして知られています。ざっくり言えば、「若い方が皮膚が伸びた時に弾性繊維が断裂しやすいから」といった理屈です。
また「喫煙者」は非喫煙者に比べて妊娠線ができやすくなることも報告されていますし、
もちろん「多胎妊娠」もお腹が大きくなりやすく、妊娠線ハイリスクと言えます。
(参考:Beverly A. Mikes et al. "Striae Distensae" StatPearls.)
このあたりの条件が重なっている方は特に注意ですね。
それでも何とか対策できないのか?
以上の知識を前提とした上で、それでも何とか妊娠線の対策はできないのかを考えてみましょう。
まずは前述の通り、自身でコントロールできる妊娠線リスクは「BMI高値」ですので、妊娠前~妊娠中の適度な運動や適切な体重コントロールはおすすめできます。そうでなくとも、適切な運動・体重管理は妊娠転帰に好影響を与えますので。
(もちろん過度なダイエット・体重制限は禁物です。担当医の先生と相談しながら行いましょう)
また、保湿もひとつの手です。
コクランは妊娠線予防に関して有効性を否定しましたが、米国産科婦人科学会は「保湿によって妊娠線に伴うかゆみを和らげることは期待できる」としていますので、そういう目的で保湿剤やクリームを塗るのは大いに有りです。
(参考:ACOG “What causes stretch marks during pregnancy?”)
あとは、マッサージを考慮しても良さそうです。
皮膚のマッサージに妊娠線予防効果を裏付けるエビデンスは現状なく、マッサージしとけばOKとは口が裂けても言えませんが、タダでできてこれといった悪影響もないというのは大きなメリットですので、やるだけやってみるのは悪くありません。
寝るときやお風呂とかで思い出したときにお腹やお尻・太ももなどの皮膚をマッサージしてみるのが良いでしょう。

以上を踏まえた上で最も重要なのは、妊娠線を完璧に防ぐ方法は無いという事実を知っておくことです。
なんせ人類の歴史上少なくとも2000年以上、妊娠線に関するエビデンスに基づいた論文の初出から数えても40年近く、妊娠線の効果的な予防法・治療法は見つかっていないのですから。
妊娠線予防というのは、シンプルに見えて本当に難しいものなのです。
間違ってもTikTokやInstagramの怪しげな「妊娠線の予防法」を鵜呑みにせぬよう、ご注意くださいませ。















