産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記⑤
そもそも「ホルモン」って何? 『ホルモンバランス』がトンデモ医療チェッカーになり得る理由
こんにちは、産婦人科医やっきーです。
今回のテーマは、前回の「腟マッサージって意味あるの?」で少し触れた『ホルモンバランス』です。
この『ホルモンバランス』、一般の方が日常会話の範疇で使う限りにおいてはさほど問題にならないのですが、何らかの医療情報を発信している人間が『ホルモンバランスを整える』と言い始めたらとたんに怪しさが急上昇することでお馴染みのワードです。
私自身、他の人の医療啓発系記事やインスタグラマーの動画をチェックする際に『ホルモンバランスを整える』という言葉が出てきたが最後、心拍数が急上昇し「よし気合いを入れてこの記事の怪しいところを列挙してみるぞ!」という意識に切り替わります。
ホルモンバランスを整える記事を読んだらホルモンバランスが乱されるのだから困ったもんです。ガハハ。
ただ、『ホルモンバランス』という言葉のすべてが擁護の余地なしのトンデモ医療…とも言いがたいのが難しいところで、私自身も患者さんへの説明をする上で「ここはホルモンバランスって言った方が伝わりやすいな」と思うことも全くのゼロではありません。1年に1回くらいは使うことがあります。
今回はそんな複雑な存在『ホルモンバランス』について深掘りしていきましょう。
・ホルモンについて
そもそも「ホルモン」とは何なのでしょうか。
簡単に言えば、体中を駆け巡って他の臓器や細胞に指示を出す伝達係のような感じです。
たとえば「成長ホルモン」というホルモンがあります。これは子どもの身長などの発育を促すほか、成人でも筋肉や骨などの代謝に寄与してくれる、重要なホルモンです。
小児期に成長ホルモンが適切に分泌されていないと「成長ホルモン分泌不全性低身長症」という状態になりますし、
逆に成長ホルモンが多すぎる場合、背が伸びすぎる「巨人症」や、顔つきや手足などに変化が起きる「先端巨大症」につながるおそれがあります。
ホルモンは伝達係としてすさまじく強力な仕事ぶりを発揮します。それこそ、伝達先の臓器や細胞が働きすぎて体に何らかの不具合が出たとしてもお構いなしです。
つまり、ホルモンは多すぎても少なすぎても良くありません。他の数多あるホルモンと綱引きをしながら、ちょうどいいバランスを保ちつつ体の機能を維持してくれているのです。

ところで私のもとには、Crumii編集長の宋先生から月イチくらいの頻度で「そろそろ何か書いて~」とDMが送られてきます。このDMに対して私はすかさず「かしこまりました!」と返信し、泣きながらパソコンに向かうのです。すなわち、ホルモンの役割はちょうど宋先生からのDMに相当します。
そう考えるとホルモンが急に憎くなってきた。焼肉屋でホルモンをヤケ食いしてきます。
・なぜ『ホルモンバランス』はうさんくさいのか?
さて、『ホルモンバランス』という言葉の歴史や、トンデモ医療化してしまった経緯については私のニュースレターで詳しく説明しているので今回は割愛しますが、なぜ『ホルモンバランス』という言葉にこれほどの胡散臭さを感じてしまうのでしょうか。
大きく分けて、3つの要因が挙げられます。
①過度な単純化
血中のホルモン濃度は常に変動を繰り返しています。それこそ女性ホルモンの「エストロゲン」と「プロゲステロン」は月経周期(約一か月)の間で大きく変動しますし、血糖値を上昇させるホルモン「コルチゾール」などは一か月どころか一日の間でも大きな変化を起こします。
ホルモンの多寡というのは「バランス」などというシンプルな考え方でくくれるものではないため、「ホルモンバランスが整う or 乱れる」というのは実際のホルモン動態を単純化しすぎた考え方です。
というか女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)のバランスなんて、内分泌生理学的な観点で言えば月経が規則的に来ている状況なら「既に整っている」と言ってほぼ差し支えありません。
②客観性のなさ
そもそも「ホルモンバランスの是正」を主張する人達が具体的な診断基準を設定していることはほとんどありませんし、あったとしても医学会のコンセンサスからは大きく逸脱した内容ばかりです。
加えて、「ホルモンバランスが乱れたらどういう不調が出るのか」の定義も曖昧であるため、「なんか調子悪いのは全部ホルモンバランスのせい!」「ホルモンバランスさえ整えばすべて解決する!」と誤った主張をする発信者が後を絶ちません。
また、月経困難症や月経前症候群などの疾患は女性ホルモン濃度自体は正常であっても起き得るものですが、これらを指して「女性ホルモンの乱れのせいで起きる」と主張する人間すら居ます。もちろん医学的には間違っています。
③代替医療との親和性の高さ
ある意味、最も致命的なのがコレです。
こういうトンデモ医療全般に言えることですが、具体的な診断基準もなければ治療の根拠も特にないので、「ホルモンバランスを整える」という大義名分のもとに何の効果もない謎のサプリを買わせてきたり謎の施術を受けさせるケースが非常に多く見受けられます。
場合によっては「そうか、この体調不良はホルモンバランスの乱れだったのか」と勘違いしてしまい、受診機会を逃して診断が遅れてしまうケースもあります。こういった場合はむしろ「ホルモンバランス」という概念が有害に働きます。
また、そうした代替医療を勧める人間は「規則正しい生活」や「適度な運動」など、表面の部分では正しい主張をしているように見えることも多いのでなお厄介。

・『ホルモンバランス』が適切な言葉になり得る場合
というわけで、「ホルモンバランスがうんぬん」という主張はほとんどの場面においてデタラメと言って差し支えないのですが、
冒頭で申し上げたように私もまれに『ホルモンバランス』という言葉を使うことがあります。
たとえば「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」という病気があります。PCOSの病態は一言では語れないくらい複雑なのですが、ものすご~~~くシンプルに要約するならば「女性ホルモンのバランスが乱れる病気」…と言えないこともありません。
PCOSの治療法は多岐にわたりますが、有効なもののひとつが低用量ピルの内服です。この治療の仕組みを、これまたものすご~~~くシンプルに要約すれば「ピルによって女性ホルモンのバランスを整える」と言えなくもないのです。
よって、漠然とした体調の変化や治療に対し『ホルモンバランス』という概念を持ち出すのは非常に危険なのですが、
実際にホルモンの生理的変動を逸脱した疾患に対して使う状況においては、その限りではないわけです。
じゃあ医者が話す『ホルモンバランス』なら全て信用できるのか?というと、これもまた危険です。実際に、医者の中でさえ「ホルモンバランスを整える」と主張しながらデタラメな医療を勧める輩が少なくないという事実を報告した論文すら出されたほどです。
・『ホルモンバランス』との正しい向き合い方
結論として、『ホルモンバランス』という言葉はトンデモ医療を見抜くのに使う方が有意義と言って差し支えありません。
まず、『ホルモンバランス』という言葉が出てきた時点で98%くらいはトンデモ医療だと思うくらいで丁度良いです。
そういう人に遭遇した場合、目を合わせないようにしつつゆっくり後ずさるか、顔や頭を守ってうつ伏せの姿勢をとるのがお勧めです。野生のツキノワグマに遭遇した時と同じ対応なので覚えておくと二重に役に立ちます。(参考)
ただ、内分泌内科医や産婦人科医など、ホルモンを専門とする医者が分かりやすさ重視で『ホルモンバランス』という言葉を使うことも0ではありません。
そこで判断すべきは、医学的に妥当性の高い治療を提案してくれているかどうかです。具体的には、状況に応じてホルモン剤などを使用する「医学的な介入」、そして適度な運動・栄養バランスのとれた食事などの「生活習慣の改善」の二本柱です。ホルモン動態の変化や、それによる不具合を是正するにはこの二つが欠かせません。
これらを無視して、謎のサプリや健康食品、保険適用対象外の薬などを初手から勧めてきたら500%トンデモ医療認定でOKです。センキュー!参考になったよ!と言いながら自治体の医療安全支援センターにでも一報しておきましょう。
以上、『ホルモンバランス』との正しい向き合い方でした。
断じて、適当なインフルエンサーが言ってる「〇〇の不調はホルモンバランスの乱れのせい!?」「ホルモンバランスを整える方法はコレ!」などに踊らされてはいけません。「医者も知らない〇〇」といった謎の本も出てたりしますが、信用しないようにしましょう。
関連記事として、私が配信しているニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』の記事を2つご紹介しておきます。
「PCOSの世界一わかりやすい解説」
複雑怪奇なPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の病態を世界一わかりやすく解説しているほか、非妊活時・妊活時それぞれの治療方法や、診断基準の変化についてお話ししています。
「なぜ『ホルモンバランス』はうさんくさいのか?」
本記事の深掘り版です。『ホルモンバランス』という言葉が歴史上どのように使われてきたのかを掘り下げつつ、インチキホルモンバランス本の実名を挙げ、日本のみならず世界的に『ホルモンバランス』という言葉が不適切な使われ方をしている現状を様々な文献をもとに解説しています。
どちらも現在は無料公開中ですので、気になる方はぜひどうぞ。















