気になるキーワード「不妊治療」#02
【体験談】「いつかは子どもがほしい」そう思っているうちに30代後半に…それぞれに違う不妊治療の選択(前編)
不妊治療は、人それぞれに違うもの。そこで実際に不妊治療をして妊娠出産した4人の女性に、治療を始めたきっかけから、どんなことが大変だったか、妊娠できなかったり流産したりしたときにどうやって乗り越えたかなど、お話を詳しくうかがいました。(この記事は全2回の1回目です)
※今回お話を伺った方は、全員が不妊治療の保険適用前に治療を経験しています。治療費は保険未適用となりますのでご了承ください。
【A子さんの場合】

子どもは苦手なほうだったけど
フリーランスで仕事をするA子さんが不妊治療を開始したのは、35歳のときでした。
その4年前の31歳のときに、2つ年下の男性と結婚。夫に「子どもを作るのは30歳まで待ってほしい」と言われたA子さんは自身が32歳になるまで待ち、妊活をスタートさせました。ところが、2年が過ぎても妊娠しなかったのです。
「夫は特に子どもがほしいという感じでもなかったんですが、私が『もう年も年だし、どうしようか? 不妊治療やる?』と聞いたら『うん』と。私はその返事を待っていたんです(笑)。すぐに不妊治療を開始しようと思いました」
じつは、子どもは「苦手なほうだった」というA子さん。それなのにどうして不妊治療をしようと思ったかというと、自身の両親から「子どもは2人くらいいないと」と言われていたこと、また「結婚や妊娠出産を経験したら、面白いこともありそう」と思っていたので、当然の流れだったとか。
まず、不妊治療についていろいろ調べたA子さんは、タイミング、人工授精……と段階を踏んで治療していくと、何年もかかりそうだということが分かりました。
「当時、仕事がとても忙しくて時間がなかったし、年齢的にもあまり猶予がなかったので、普通の産婦人科をすっ飛ばして、不妊治療で有名なクリニックにかかることにしたんです。そうして、すぐに体外受精することにしました」
夫は治療自体には協力的でしたが、不妊治療に関する調べものも、スケジューリングも、治療費の支払いも、すべてA子さん任せだったといいます。
「当時、私のほうが夫よりもたくさん稼いでいたし、調べものも得意だったので、まあ細かいことはいいか、と(笑)。私のスケジュールに合わせてくれましたし、特に腹立たしくは思いませんでした」
A子さんにとって、不妊治療は想像より大変ではなかったそう。というのも、通院や注射のタイミングこそ面倒ではあったものの、お腹が張るなどの体調不良はあまりなかったのです。ここは個人差がとても大きい部分だと思います。
「当時すでに会社を辞めて独立し、家で仕事をしていたから、タイミングをみての通院や注射などもしやすかったです。それに上司も同僚も、後輩もいないから、妊娠出産の話題を聞くこともなかったのも精神衛生上とてもよかったですね」
タイミング法へと切り替えて妊娠
ただ、注射で高刺激を加えても、卵子は1回につき2〜3つほどしか採れませんでした。「もしかして卵子の数が少ないのでは」と心配になったとA子さんは話します。それでも、1回目の体外受精で見事に着床。
「たまたま共通の趣味を持つ仲良しの友達と同じタイミングで妊娠したので、より嬉しくて大盛り上がりでした! ところが、その後、私は流産してしまって……。これは本当にすごくショックでした」
流産後に掻爬手術をして2〜3カ月は体を休ませ、その間に落ち込みながらも、今後どうするかをよく考えたというA子さん。ここまででかかった費用は約60万円ほど。
「心身ともに負担があり、さらに出費も大きいのはつらいので、いったん排卵日に合わせて性交をする『タイミング法』を試してみることにしました。妊娠にいいという漢方の『当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)』を飲んだり、『排卵チェッカー(排卵日予測検査薬)』を使ったりと工夫しました」
ただ、大変だったのは、夫がもともと性行為が好きではなかったことでした。
「しかも、私たちは恋愛という感じではなく、共通の趣味で盛り上がる友達夫婦という感じだったのもあって、よく妊活テクニックとして書かれているような『夫の性的な気持ちを盛り上げる』なんて難しくて。これが何よりもストレスでした」
そうこうするうちにA子さんは37歳に。そろそろ体外受精をもう一度やったほうがいいかもしれないとカウンセリングに通い始めた頃に妊娠が発覚。
「もう妊娠は難しいかもしれないと思っていたのでびっくりしましたが、嬉しかったです。今思えば、ダメだったときはライブや仕事などに打ち込んで『他にも楽しいことはある』と考えるようにしたり、妊娠にいいといわれていることを調べて試したりしたのがよかったかもしれません」
【B子さんの場合】
38歳のときに体外受精をスタート
一方、ずっと「いつかは子どもがほしい」と思っていたB子さん。しかし、夫が海外に単身赴任していたりと不在がちで、まったく妊活できなかったといいます。
そうこうするうちに、いつのまにか38歳になっていました。妊娠の確率は37歳からぐんと下がることがわかっています。B子さんも、もうタイムリミットが近いことを意識するようになり、夫と話し合って不妊治療を開始することにしたそうです。
「もうあまり時間がないことはわかっていたので、インターネットでざっと調べ、タイミング法などを指導されなそうで、事務的に対処してくれそうな不妊治療で有名なクリニックを選びました。もちろん、最初から体外受精希望です」
B子さんが不妊治療を始めてみて何より大変だったのは、クリニックの受付システムが古かったこと。インターネットなどでの受付ができず、朝イチで実際にクリニックに行って受付をしないといけないシステムだったのがストレスだったそう。
「朝9時過ぎくらいまでに受付を済ませないと、午前中のうちに受診の順番がまわってきません。朝の通勤ラッシュを避けるために、電車ではなく自転車で中野から新宿まで通いましたが、到着するとクリニックが入っているビルの前の路上には、オープン前から長蛇の列が……。なかなか忘れられない光景です」
まず、自転車で通っていたのがすごいのですが、中野の住まいは駅からちょっと距離があったので、新宿くらいなら自転車で行ったほうがラクだったそう。特に通勤ラッシュ時ならそうかもしれません。
クリニックの情報が多いのも良し悪し
次に大変だったのが、情報が多すぎたこと。通院したのが有名なクリニックだったので、ブログやSNSに情報があふれかえっていて、「医師の態度が悪い」とか「拷問のように痛い処置がある」とか不安と恐怖をあおる情報が山ほどあったそうです。
「特に子宮内のポリープを除去する手術に関しては『激痛でも医師が手をとめてくれない』という情報が多数。ポリープは小さくても受精卵が着床しにくくなるという説明で、切除する手術をすすめられ、私も実際に行ったので怖かったです。あんまり口コミなどの情報がありすぎるのもよくないですね」
ただ、B子さんが後になって知ったことによると、そのクリニックでは日帰り&局部麻酔による手術しかできないので、痛みがあったのかもしれないということでした。
「痛みに弱い人は、事前にクリニックでどんな麻酔を使っているかなどを調べたほうがいいかも」とB子さん。しかし、B子さんは非常に痛みに強いタイプ。多くの人が痛みを感じる「卵管造影検査」も痛くなかったくらいだといいます。
「激痛だと恐れていたポリープ手術も、私はなんともありませんでした。手術後すぐでも元気だったので看護師さんに『帰っていいですか?』と聞いてみたら『ダメです!』と叱られたほど(笑)。激務の看護師さんのほうがよっぽどフラフラしてたと思います」
ポリープ手術後、一度目の体外受精にチャレンジしたB子さん。夫が協力したのは、このときの精子採取の1回のみ。しかも会社があるからと支払い前に帰ったそうで、とても腹立たしく思ったそう。しかし、この1回でB子さんは妊娠することができました。
「不妊治療を始める前から金額の上限を300万円と設定していて、それでもダメならあきらめると決めていたのでホッとしました。かかった費用は、体外1回(検査、採卵、移植)とポリープを切除する手術で100万弱くらいだったと思います」
B子さんは残った受精卵2個を2〜3年は数万円を払って保存してましたが、最終的に破棄したそうです。これでお金がかかるケースも結構ありそうです。

(後編に続く)
大西まお
編集者、ライター。出版社にて雑誌・PR誌・書籍の編集をしたのち、独立。現在は、WEB記事のライティングおよび編集、書籍の編集をしている。主な編集担当書は、宋美玄著『産婦人科医ママの妊娠・出産パーフェクトBOOK』、森戸やすみ著『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』、名取宏著『「ニセ医学」に騙されないために』など。特に子育て、教育、医療、エッセイなどの分野に関心がある。














