
crumii編集長・宋美玄のニュースピックアップ #14
キューピーがベビーフード撤退の衝撃 育児のインフラをどう守る?
今回ピックアップするのは「SNSでは『もう第2子ムリ』 キユーピー『育児食』販売終了へ、26年8月に生産停止」です。
キユーピーが育児食を2026年8月末で生産を終了し、販売も順次終えると発表したという衝撃的なニュースです。原材料費の高騰や販売数量の低迷などで採算が合わす、生産の継続は困難と判断したとのことです。対象となるのは、瓶詰やレトルトパウチの全72品目で、育児食市場でのシェアは10%程度と推計されています。
共働き世帯の増加で高まる需要──育児向の商品やサービスが縮小される理由とは?
販売数量の低迷というと少子化が原因かと思われますが、報道によれば、共働き世帯の増加などで市場は微増傾向にあったということです。同社は事業撤退について「出生数の減少が直接の要因ではない」としています。原材料費は高騰しているけれど、価格に転嫁するわけにもいかないという判断だったのでしょうか。このご時世、多くの事業が同様の問題に直面しているのではと思われます。
その他の子育て商品については、花王のメリーズブランドのおしりふきが2024年3月に販売終了、ネピアのGenkiブランドのおむつが2024年9月に販売終了するなど、おむつ関連の生産・販売が縮小してます。そのほかにもアップリカやコンビのベビーカーの種類が少なくなったり、主婦の友社「Baby-mo」の紙媒体の定期刊行がなくなってwebに移行したり、少子化の影響が伺われます。
ほかにも、小児科ドクターの方々がこのようにつぶやかれていました。
キューピーのベビーフードは少子化加速の序章で、今後は
— 小児科医のおじい (@nobu_pediatric) June 15, 2025
・アパレルメーカーが子ども服から撤退
・子育て世代向け物件の減少
・小児科のクリニックが閉院、総合病院から小児科や産科が撤退
・保育園や幼稚園が廃園
・学校の統廃合
などが予想されるんじゃ
少子化の負のスパイラルじゃ
小児医療の現場には子ども用にチューンされた特別な物品が山ほどあって、子どものために味をとことん工夫された内服薬はもちろん、生命維持に使うのは大人用の1/5以下の太さのカテーテルやチューブ、呼吸器だって小児用の設定ができなきゃいけない
— にゃむにょん@のんびりしょうにかい (@nyamnyam_nyooon) June 14, 2025
それらが採算の問題で姿を消す未来もあり得るのよなあ https://t.co/WDpMasL1US
マタニティ用品や育児用品、そして小児科や産科の医療アクセスなど、すでにどんどん縮小されていっています。物価高と出生数増加少子化が重なり、採算が取れなくなって、自由市場に任せていたら撤退していくのは、遅かれ早かれ避けられないことだと思います。ですが、これから子供を産む人たちのためにも、国の未来のためにも、インフラとしてなくしてはいけないものも多いのではないでしょうか。
すでに分娩施設0の自治体も
まず子供が生まれるにあたって最初に必要なものは、地域における分娩施設です。名張市(2025年1月)など、すでに分娩可能な医療施設がゼロになる自治体が出始めています。採算が取れないからと放置すれば、地方から出産が消えていくということは、こちらのコラムでも何度か書かせていただいている通りです。国の安全保障と同様、命を守るインフラとして、分娩施設は計画的な集約化と赤字を補填する仕組みが必要だと思います。
また、公的資金を投入してでも必要なものとして産後ケアも挙げられます。産後の母親や家族は、身体的にも精神的にも極限の状態なります。赤ちゃんが少しでも保護者に余裕をもって育てられるためには、宿泊型やデイサービス型の産後ケアの充実が必要です。全国の自治体の9割近くが産後ケア事業を導入しているものの、認知度や利用率はまだ十分ではありません。産後ケアは場所と物品と専門職の人手を必要とし、経費がかなりかかります。その費用を全額利用者が負担すれば、必要な人に届かなくなってしまうので、民間サービスとの連携や助成金の拡充により、誰もがアクセスできる支援体制が必要だと思います。
国や自治体のサポートが不可欠
また、保育所や認可外保育施設の運営支援も不可欠です。子どもを育てながら働ける環境がなければ、出産そのものをためらう家庭は増えてしまいます。地理的にまばらでないように質の担保された保育施設があることは子育てにおいて必要なインフラです。運営費や保育士人件費の公的支援は不可欠だと思います。
加えて、小児医療体制の維持・強化も国が責任をもって取り組むべき課題です。小児科医や小児外科医、小児救急の体制は、少子化による症例の減少、医師不足や勤務環境の厳しさなどから維持が困難になりつつあります。しかし、子どもたちが安心して育つためには、医療のバックアップが不可欠です。都市部と地方の格差をなるべくなくし、24時間体制の小児救急を含め、医療体制維持のため国かサポートする必要があると思います。
そして、教育機関や文化の基盤となる多様な習い事や地域の教育活動も、今後守るべき重要な分野です。少子化により閉鎖や統合の進む学習塾、音楽教室、スポーツクラブ、芸術系教室などは、子どもたちの人格形成と社会性の育成に不可欠な役割を果たしています。特に地方部では選択肢が減りがちです。こちらも、自由市場に任せていてはなくなってしまうものも多く、公的な補助や施設の提供などを検討してもいいのではないでしょうか。
ニュースとなったベビーフードをはじめ、おむつや粉ミルク(全員が母乳100%で育てるのは到底無理ですよね)子供服、子供用の食器、おもちゃなども、子供の数がもっと減ってしまえば、作る会社がなくなってしまうかもしれません。その際は国や自治体がクーポンを配って買い支えたり、補助金を出すなどを検討しないといけなくなる可能性もあります。

“今あるもの”を守る仕組みを
多くの産業は、それぞれの会社が営利企業として経営しているものの、社会に必要なインフラでもあります。原材料や人件費が高騰したり、需要が減って単に経済的に採算が取れないからといって、廃業していってしまえば、必要なものにアクセスできなくなっていくでしょう。少子高齢化で貧しくなってきている日本ではこれからますます問題になってくることと思います。ですが、出産や育児の環境整備は、未来への投資です。それがない地域には若い夫婦はすまず、これからあらゆる産業に影響していくでしょう。今あるものを守らなくては再起はもっと難しくなります。
少子化はこのように産業構造を変えていっています。その中で、少しでも多くの人が子供を持ちたいという願いを叶え、生まれてきた子供たちがハッピーに育てられるためには、自由市場に任せて多数の産業が撤退していくのを、指をくわえてみているわけにはいきません。
公的な補助だけでなく、需要が少なくなっても成り立つようなビジネスモデルの転換も必要になるでしょうし(そう簡単ではないかもしれませんが、サブスク型やオンライン化などできることはあるかもしれません)、地域全体での子育て支援とインフラの維持は相互にプラスの影響があると思います。
多くの人が子供を産みたいと願うような政策だけでなく、少子化に順応した社会構造を作っていくことが同時に求められるフェーズになっていることをリーダーの立場にいる人たちに認識してもらいたいです。
宋美玄
丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。
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